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大林組
源氏物語
 

4. 東南の町における「寝殿造り」の構造

六条院の寝殿造りは、どのような建築だったのだろうか。主として東南の町の建物を検討し、次のように想定するとともに、図面による復元を試みた。

(1)平面規模
(a)主要建造物
  ・寝殿   7間4面(母屋7間、4周に庇がつく)+北孫庇
  ・対屋 (東西) 5間4面+広庇
  ・渡殿 (北側) 母屋+北庇
    (南側) 透渡殿(すきわたどの)(単廊)
澤田名垂の『家屋雑考』には「寝殿の造り方は、大抵7間4面を常法とす。或は五間、或は十二間などもなきにあらず」とあり、7間4面を標準としていた。実在した上級貴族の邸宅の研究や、京都御所の紫宸殿(江戸期)との比較からいっても、光源氏の寝殿としては7間4面 が妥当と考えた。
7間4面とは、正面7間の母屋(もや)を中心に、その4周に庇の間がつく規模である。さらにその周囲には、高欄をめぐらせた5尺幅の簀子縁がついている。
対屋は、5間4面に広庇をもつ規模としたが、東南の町の東の対に東孫庇のつくことは、すでに述べた通りである。
渡殿のうち、北側は女房たちの局を設けられる母屋のある形式とした。また、南側の渡殿はいわゆる渡り廊下の形式で、西対寄りは反(そ)り橋とした。これは「乙女」巻に、秋好中宮のお使いの童が、「廊、渡殿の反り橋を」渡って、紫の上のいる寝殿にやって来たとの記述からである。
こうした渡殿の反り橋は、『年中行事絵巻』にもみることができる。

(b)柱間(柱と柱の間隔)
  ・寝殿 母屋2.7m 庇3.6m
  ・対屋 母屋2.4m 庇3.0m
  ・その他 2.4m
  ・おおきなる対(西北の町)3.0m
寝殿造りの邸宅には、柱間の寸法に一定の基準がなかった。そのため、建物によって少しずつ大きさが異なっていたと思われる。母屋と庇の間でも、1間の幅に違いがある場合もよくある。それだけに柱間寸法を決めるのは、きわめて困難な作業である。
今回は、平安京のわずかな邸宅遺構である右京一条三坊九町(平城京の貴族の住宅様式の延長にあるとされる住宅)、及び右京六条一坊五町(9世紀中頃の邸宅、現・京都リサーチパーク)などの発掘調査報告の資料を基に、各寸法を推定した。
また西北の町の「おほきなる対」については、御所の紫宸殿の柱間が桁行10尺(約3m)であることから、それを超えない程度を想定した。

(2)立面規模  
(a)床  
  ・総板敷
  ・床のレベル 母屋と庇の間は同レベル
簀子縁は庇の間より一段低い
孫庇は庇の間より一段低い

 


屋根伏図「東南の町」

 

 

今回、非常に興味深かったのは、六条院・東南の町の寝殿における、床のレベルである。有職故実では、母屋は庇の間より一段高いものとされてきた。澤田名垂の『家屋雑考』でも、「母屋は廂(ひさし)より少し高し」としている。
ところが『源氏物語絵巻・柏木』第三段に描かれた柱と床、畳との関係を詳細にみていくと、意外にも母屋と庇の間の床が同レベルなのである。この場面は、光源氏が五十の祝(いかのいわい)(誕生後50日めの祝い)を迎えた薫を抱く有名なものだが、場所は東南の町の寝殿で、母屋、庇、簀子縁と連続した空間がみられる。その絵の中には、母屋と庇の間との床の段差が描かれていない。
その直前の「柏木」第二段には、病に伏す柏木があきらかに一段高い母屋に臥せっているので、柏木の邸宅では母屋と庇の間の床に段差があったことになる。反対に「鈴虫」第二段で、光源氏や夕霧が冷泉院を訪れて月見の宴を開く場面をみると、母屋と庇の間の床は同レベルとなっている。つまり、『源氏物語絵巻』の絵師は、はっきりとその違いを描き分けているのである。

絵巻のほかに、実在の建物などを検討していくと、御所の紫宸殿や清涼殿もやはり母屋から庇の間へと続く床が同レベルであった。現在の紫宸殿と清涼殿は、有職故実に精通した公家の裏松固禅(うらまつこぜん)が著わした『大内裏図考証』に基づいて、江戸時代に再建された建築である。光源氏の時代とは相当の開きはあるが、江戸期に内裏の復元を指導した人たちは、母屋と庇の間の床が同レベルだと考えていたことになる(建築史の面からは、母屋と庇の間の床を同レベルとする説もあるが、『源氏物語絵巻』を見るかぎり、床のレベルには段差がある場合とない場合とがあったことになる)。

いずれにせよ1000年を経た『源氏物語絵巻』の中に、有職故実の常識を覆す可能性を発見したことは1つの驚きであった。そこで今回の六条院の復元では、『源氏物語絵巻』の表現にしたがい、母屋と庇の間の床については同レベルと想定した。
また北の対は、建物の床が土間形式であった可能性もある。光源氏の六条院の時代がどうであったかは不明だが、一方、里内裏として使われた堀河殿の北の対について、女房曹司(女房たちの部屋)にあてたとする文献もあることから、ここでは北の対もほかと同様に板敷を採用した。

(b)軒高、床高
  ・軒高 寝殿 約4.63m
  ・床高 寝殿 約1.2m
寝殿造りの殿舎は、一般に軒高があまり高くなく、屋根勾配も緩やかであったとされている。法隆寺の聖徳太子絵伝(11世紀半ば)に残る平安期の建物をみても、そうした印象を受ける。
床高については、『家屋雑考』に「正面に階あり。五級階(ごしなのかい)の左右にも欄(てすり)あり」とあり、通常は寝殿の正面に五段の階段が付いていたとされており、これを推察の1つの手掛かりとした。
貴族の邸宅は、奈良期には大陸風の椅子とベッドの生活も行なわれていたが、平安期になると座る様式へと変化し、それに伴って軒高が低く、屋根勾配も緩やかになってきたとする建築史の見方もある。しかし、寝殿造りの軒高、床高などについては、正確な規範となりうる資料がまだ発見されていない。ここでは文献、絵巻物のほか、法隆寺聖徳太子絵伝、平安期の面影を残すと伝えられる宇治上神社拝殿、春日大社着到殿などを参考にしつつ、建築的にみて安定感のある全体のプロポーションを想定した。

(3)材質と仕様
(a)柱
  ・材質 桧(ひのき)(雑舎は杉)
  ・寸法 直径30cm程度の丸柱
  ・様式 素木の掘立柱
右京六条一坊五町の発掘調査現場では、径1尺の桧の丸柱の柱根(掘立柱)が発見されている。また主要な建物には桧、そのほかは杉材を使用していたと推定されている。この発掘調査を担当された杉山信三氏(京都市埋蔵文化財研究所所長)からご助言を戴き、また絵巻関係を調査し、上記のように想定した。

(b)屋根
  ・寝殿 桧皮葺(ひかわぶき) 入母屋(いりもや)造り
  ・対屋 桧皮葺 切妻(きりづま)造り、縋破風(すがるはふ)
  ・雑舎 板葺 切妻造り
屋根の部材については、『家屋雑考』その他の資料から、寝殿や対屋は桧皮葺とし、屋根頂部にノシ瓦を載せる形態とした。
桧皮葺とは、桧の樹皮を1尺5寸から2尺の長さに切ったものを、葺き足(重ね目)1寸5分ほどで重ね、竹針で留めながら下から葺く方法である。また、雑舎については、「蓬生(よもぎふ)」巻にみられる故常陸(ひたち)の宮邸が、「下の屋どものはかなき板ぶきなりしなどは」とあり、板葺であったことから、ここでも同様とした。

・その他
(構造部分)
寝殿造りの建物には、天井はなく、化粧屋根裏である。下から見上げると、屋根の垂木(たるき)と野地板(のじいた)がそのまま見える構造であった。
小屋組は、梁の上に豕扠首(いのこさす)を組み、斗(ます)と舟肘木(ふなひじき)を載せ、棟を受ける構造とした。建築史家・福山敏男氏の「寝殿造邸宅に関する造営文書」(『日本建築史研究・続編』)には、寝殿造りの建築の際の発注書と思われる貴重な文書がみられるが、同文書に梁、桁、宇立、豕扠首、斗などの建築用語がすでにみられるほか、各部材の発注寸法を知ることができる。

(建具類について)
寝殿造りの建物では、建具類が重要な役目を果たした。それだけに、蔀戸(しとみど)、格子戸、舞良戸(まいらど)、障子など、さまざまな形態のものがみられる。なかでも特徴的な建具は、『源氏物語』の中で「格子」と呼ばれている蔀戸であろう。これは庇の間と簀子縁との境界に吊る戸で、たとえば「野分」巻で光源氏が「いとうたて、あわただしき風なめり。御格子おろしてよ」という場面がある。風が強くなり、御簾が捲れて中が見えてしまうので格子を降ろせと、命じているのである。
蔀戸は、4周に框(かまち)を組んだ中に、前面に格子状の桟を組み、その裏に薄い横板を打ち付けた戸である。一枚格子(柱と柱の間に1枚の大きな蔀戸を入れたもの)の場合は内側に引き上げ、二枚格子の場合は上半分は外側に跳ね上げ、下半分はそのままにするか、取り外す。『源氏物語絵巻』では、御簾を外に掛けている例が多いので、その場合は一枚格子を内側に跳ね上げていると考えられる。今回の復元では、京都御所の紫宸殿、清涼殿、『紫式部日記絵詞(えことば)』にみられる二枚格子などを参考として、寝殿と対屋の南庇は一枚格子、そのほかは二枚格子とした。

また庇の間の四隅には、両開きの妻戸を立てて、出入り口としていた。「幻」巻には、七夕の夜、「まだ夜深う、一所起き給ひて、妻戸押しあけ」、光源氏が亡き紫の上を偲ぶ場面がある。
妻戸(はしばみ戸)は、2枚の板を継ぎ合わせ、扉の上下に「端喰」という細長い横板を入れて固定したものである。
『源氏物語絵巻』では「竹河」第一段に、うららかな春の日に玉鬘邸の妻戸が開け放たれた様子がみられるが、現存する最古のものでは宇治上神社本殿の扉が知られている。


東南の町立面図



寝殿矩計図

 
 
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