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2009.12.07

神戸ポートタワー

震災復興の希望の灯

阪神・淡路大震災の災禍に耐え、その優美な姿で神戸市民を勇気づけた神戸のシンボル、神戸ポートタワー。港に美しくそびえるタワーの建設には、難工事に挑んだメンバーたちの人知れない努力があった。

神戸ポートタワー

世界初となるパイプ構造の「鼓型タワー」

港町・神戸において、国際港湾都市の表玄関としての役割を担う中突堤。そこに、六甲山の緑や海と空の青に映える、真っ赤な塔が建っている。

一見して分かるとおり、日本古来の楽器「鼓」を縦に引き伸ばしたようなデザインは、他のタワーには例を見ない独特なもの。高さは108mで、タワーとしては世界初のパイプ構造による建造物でもある。

籠状に編まれたパイプ鋼管は、上部にいくに従ってねじれているように見える。しかし、32本のパイプはそれぞれが一直線に斜め上部へと伸び、タワーのくびれ部で交差することで、なだらかなフォルムを見せているのだ。

難工事を乗り越え、美しいシルエットのタワーが姿を現す

建設中の神戸ポートタワー

工事が進むにつれて独特なデザインが姿を現し始めた

着工する3年前の1959(昭和34)年、当時の神戸市長・原口忠次郎氏が、オランダのロッテルダム港を視察した。そのとき、港を一望できるタワーを見て、「ぜひ神戸にもこれに勝る魅力あるタワーを建て、訪れる人に繁栄する神戸港を見てもらいたい」と願い、建設計画が具体化されていく。
そして1962(昭和37)年8月、神戸港の開港90周年を記念する事業として工事がスタート。施工は大林組が進めることとなった。

着工間もなく、基礎工事に取り掛かったときのことだった。現場の担当者が驚きの声を上げた。掘削を進めていた地下から、かつて港湾を築造したときの裏込石が大量に出てきたのである。土留めと止水のために打ち込んだシートパイルが損傷を受け、たちまち水があふれ出てきたのだ。しかも、現場の脇に絶え間なく接岸する客船のスクリューの振動や台風シーズンとも重なり、押し寄せる水は工事の進捗に大きな影を落とした。

現場は、この想定外の事態に知恵を絞って立ち向かった。湧き水の水位が潮の干満と連動していることに目を付け、排水路を設けるとともに、わずかな干潮時を見計らって止水工事を行った。その結果、ようやく水との戦いに打ち勝つことができたのだ。

この難局を乗り越えた後、工事は順調に進み、翌年11月には当初の予定どおり竣工を迎えることができた。東京タワーの開場から遅れること5年、美しいシルエットを誇るタワーが神戸の港に姿を現した。

神戸市民を勇気づけるシンボルとして

神戸ポートタワー

1995(平成7)年1月、この地を襲った阪神・淡路大震災により岸壁は崩れ、路面は波打ち、周囲のビルも大きな損害を受けた。そのようななか、神戸ポートタワーはほとんど損傷を受けることがなかった。建設当時、トラブルに真正面から取り組み、発注者の信頼に綿密な施工で応えた現場メンバーの努力が功を奏したのである。

震災から間もない2月14日、赤と白の鮮やかなタワーの姿が夜空に浮かび上がった。「復興に立ち上がる神戸市民の希望の灯に」という願いを込め、ライトアップが再開されたのである。この再点灯を喜ぶ市民からは、とても大きな反響が寄せられたという。

時を経ても変わらぬ「もの造り」への心意気

神戸ポートタワー

神戸の観光スポットとして、今なお多くの人に親しまれている

建設工事を率いた大林組の北村所長は、工事に臨む心境を1963(昭和38)年の社内報にこう寄せている。
「この工事の前途には次々と大きな困難が待ち構えている。しかし我われは短い一生のなかで、めったに手掛けることができないであろう特殊な構造物、それも世界でも稀なものを建設しているという喜びと誇りをもって全員鋭意工事に奮闘している」。

 北村所長が語った“もの造りにかけるスピリッツ”は、現在においても「東京スカイツリー」をはじめ、大林組のすべての現場に脈々と受け継がれている。

取材協力/神戸港振興協会、神戸ポートタワー

神戸ポートタワー

竣工:1963(昭和38)年
住所:神戸市中央区波止場町5-5
行き方:JR・阪神「元町」駅下車、徒歩15分