トンネルをつくる人たち Tunnel Construction Professionals

山岳トンネル編

トンネル技術部 部長 木梨 秀雄
トンネル建設の特徴

山岳トンネルは、山に穴を掘り、掘った岩盤をコンクリートやロックボルトなどで支えることでトンネルを造ります。切羽(きりは)(トンネルの先端部)ではまれに岩盤が崩れる恐れがあることや、山そのものが空間を保持する構造体の一部になることが、ダムや橋梁など他の土木工事と大きく違うところです。
正確かつ安全に、また現場の動植物の生態や周囲の住環境を損なわずにトンネルを建設するためには、使用する建材、火薬、重機だけではなく、工学、水質・地質学、岩盤力学など広範囲にわたる知識、技術が必要となります。

トンネル建設における技術の変遷

大林組は、1990〜1995(平成2〜7)年には岐阜県の神岡鉱山に開いた地下実験場で、計測、数値解析や各種施工方法など、さまざまな技術開発を行っていました。建設現場と同様の条件のもと、実際の岩盤に発破をかけて変位を測るなど、当時はここでしかできない大がかりな実験も多くあり、現在の技術の根幹を成す貴重な研究成果を残しています。その後は前述のトンネル建設における各分野の研究、特に不良な地質の調査・対策技術や、最終的な仕上げであり高品質が求められる覆工コンクリートなどの研究・開発を中心に行っています。さらに最近では、人手不足解消のための生産性向上に向けてAIの導入や施工機械の自動化にも注力しています。

トンネル技術部 部長 木梨 秀雄
大林組最大の強み「現場力」

こうした技術開発もさることながら、私たち大林組が何よりも大切にしているのは「現場力」です。職員は若いうちから現場作業を経験し、ことにトンネル建設においては切羽に張り付き、最前線で地質の観測や計測管理、掘削作業などを習得します。自分の体で覚えた技術は、成すべき工程を理解し、素早く正確に動ける力につながります。
私が大林組の現場力を実感したのは、上越新幹線魚沼トンネルや中央自動車道笹子トンネルなどの災害復旧工事です。どちらも重要なインフラゆえに一日も早い復旧が望まれ、無駄な作業が許されない現場でした。自らの頭で臨機応変に判断し、ベテランも若手も隔たりなく一丸となり、ワンチームで復旧を成し遂げました。その姿に職員の日々の研鑽の成果を強く感じました。

創業から現在まで受け継がれる精神

大林組は1892(明治25)年に、大阪の海産物問屋の次男、大林芳五郎が創業しました。この時代からすでに大林組は大きな仕事をいくつも請け負っていますが、その中の一つに大阪電気軌道(現・近畿日本鉄道)の生駒トンネル施工があります。これは生駒山を貫通する大規模なものでしたが、生駒山は地質が不安定で湧水も多く、工期中には岩盤崩落事故も起き、未曽有の難工事となりました。事故後、生駒トンネル建設は発注者の資金不足により窮地に追い込まれましたが、これに芳五郎は「建設費はお貸しする、それよりも将来に望みを託して努力しようではありませんか」と私財を投げ打ち、生駒トンネルを貫通させました。開通した生駒トンネルは、当時最長の複線トンネルとなり、「東洋一の複線トンネル」と称され、芳五郎晩年の大仕事となりました。
「困難な状況の中でも決して手抜きをせず、最高の資材を使い最良の施工をする」という芳五郎の意志は、今も大林組職員の一人ひとりに受け継がれています。

トンネル技術部 部長 木梨 秀雄
さらなる発展をめざして

トンネル建設の技術は常に進歩しています。AIの導入や機械の自動化、また海外から入ってくる高度な技術や新素材もあります。テクノロジーの変化は目まぐるしく、常に進歩し続けなくてはなりません。
しかし、最新の技術にアンテナを伸ばしながらも、同時に地質や岩盤など、元来から研究してきた工学分野についても重視する必要があります。なぜなら山の岩盤こそがトンネルを支える構造体の一部であり、これを熟知することでその他の技術も発展し得るからです。
山は自然のものですから、人間の都合通りにはなりません。掘った先から湧水が出る、岩盤が崩れるといった懸念は常にあり、時には厄介とも思える存在です。しかし、山を仲間にできたとき、人間は重要な社会基盤を支えるトンネルを手に入れることができるのです。
トンネル建設に関わる人間は、山への恐れと尊敬の気持ちを持って向き合わねばならないと考えます。これからも謙虚な気持ちを忘れずに、トンネル建設のさらなる発展をめざしてまいります。