純木造耐火建築物では国内最高の自社研修施設Port Plus®(横浜市)や、オーストラリアで建設中の木造ハイブリッド構造としては世界最高のアトラシアン・セントラルビル(シドニー)など、中高層木造建築に次々と挑み続ける大林組。建築を通して森林資源の循環利用にどのように向き合っているのか。Port Plusの施工管理を担当した石坂ゆい氏、森林の循環利用や林業の高度化技術に取り組む赤松伯英氏に聞いた。
――大林組が提唱する「サーキュラー・ティンバー・コンストラクション」について教えてください。
石坂大林組では中高層建築の木材活用に力を入れています。私はPort Plusの木躯体(くたい)の施工管理を担当していましたが、その経験で気づいたことは、供給網の非効率性です。これまで大規模木造向けの木材需要はさほど大きくなかったため、対応できる製材所・加工所は全国にわずかしかありません。そのため、木材は生産地や消費地から遠く離れた場所で加工されることが多く、長距離輸送による二酸化炭素(CO2)の排出やコスト増などが問題だと感じました。そうしたことも含め、サステナブルな社会の実現には、木造木質化建築におけるサプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)して最適化を図り、新しい循環型ビジネスモデルを構築することが不可欠です。木材の利活用は、川上(植林・育林)から川中(加工・調達)、川下(建設、発電、リユース・リサイクル)のフェーズに分けて考えます。サーキュラー・ティンバー・コンストラクションは、大林グループ全体で様々な木材利用や森林関連のノウハウや知見を蓄積してきた強みを生かし、この各フェーズのありようを一から構築し直そうという試みです。
赤松生産地に目を向けてみると国産材の需要低下や担い手不足による林業の衰退により、各地の森林荒廃が深刻です。豊かな森林資源を守るためには、森の成長度合いに応じた適度な伐採、活用、植栽が欠かせません。そのためには木材の安定的な需給が必要です。国が掲げるデジタル田園都市国家構想の地域ビジョン「SDGs未来都市」や林野庁の森林・林業基本計画の目標数値設定などからも、一般住宅での木材利用だけでは十分とはいえません。非住宅分野の中高層や大型建築における木材利用の普及、さらには都市開発全体で木材の利用を増やす必要があります。その理念を一つの都市開発の形に落とし込んだのが「LOOP50」構想です。
――森林との共生を目指す「LOOP50」とはどのような構想でしょうか。
石坂日本の森林資源を持続可能な形で最大限に有効利用するために提案した中山間地域における複合都市構想です。街は純木造の居住棟とドーム型のエネルギー棟で構成されています。毎年50区画ある居住棟の一区画を増築し、一番古い区画を解体していき、50年をかけて全てが建て替わります。新築に使用する木材は、周辺の森林の年間成長量だけを伐採し、その分だけ苗木を植林します。CO2吸収量が下がる樹齢の高い木を伐採することで新陳代謝させ、森林全体の樹齢構成を一定に保ちます。
赤松木材は、建材としての利用だけでなく、エネルギーにも利用されます。居住棟の区画解体時に発生した木材をはじめ、伐採・製材・加工などの処理過程で発生する木質バイオマスは、エネルギー棟のバイオマスプラントで、電気と熱に変えられ、居住棟に供給されます。50年で居住棟はゆっくりと建て替わり、森林もおおよそ入れ替わります。建材とエネルギーの地産地消、建物と森林の循環はLOOP50における重要なコンセプトです。また、よく目につくところにエネルギー棟があることで、エネルギーの地産地消の流れを住まう人々に意識していただけます。どんなに豊かな森林資源も、人の実感に寄り添わなければ、生活の中でその恩恵を感じることは難しいと思います。木材を使った大規模開発にはそうした木材活用の良さが十全な形で表現されていることが求められると思っています。
「LOOP50」構想でも取り入れられている木質バイオマス。大林組では、太陽光発電、風力発電に次ぐ再生可能エネルギーとして、木質バイオマス発電事業(国内産バイオマス、輸入バイオマス)に取り組んでいる。2018年12月には国内産木質バイオマスを活用する「大月バイオマス発電所」(山梨県大月市)を稼働。また、22年2月には、海外から輸入した木質ペレットやパームオイルの搾油過程で発生する椰子殻(PKS)で発電する「大林神栖バイオマス発電所」(茨城県神栖市)が稼働している。木質バイオマスを使ったエネルギー創出により、サステナブルなエネルギー社会の構築を目指している。
――森林資源の活用、循環モデルの構築は新たなフェーズに入っているのですね。
石坂様々な企業や行政機関とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。近年の取り組みとしては、木材製品の製造販売を手掛けるサイプレス・スナダヤとの資本提携によるグループ会社化が挙げられます。同社は、エンジニアリングウッドとして注目されるCLT(※)の国内最大級の製造設備を有しており、Port Plusや仙台梅田寮など大林組が施工した建築物のほか、他社にも多数供給しています。今回の提携で、大林組の木造建築で得た知見や技術を生かし、さらなる木材供給の効率化・安定化に取り組んでいます。
赤松また、大林組はグループ会社とともに、農林水産省・経済産業省・環境省と木材利用促進協定を結びました。協定は木材利用を促進する様々な取り組みについてグループでできることを網羅的に抽出し、その取り組みに対して中央省庁からの助言など協力を得るものです。Port Plusで使用した材木を産出した埼玉県飯能市との間では、地元産木材である西川材の需要拡大や木材コンビナートなどの6項目で連携・協力する包括協定を締結。循環型森林利用ビジネスモデル(飯能モデル)の実現に向け、ICT(情報通信技術)の活用による資源量・樹種の把握や林業関係者との木材ニーズの共有など大林組ならではのノウハウを生かしたアプローチを行っています。このほかにも、日本各地の森林資源の豊富な都市と様々な形で連携し、それぞれの特性に合わせた幅広いビジネスモデルを模索しています。森林や木材の持続的な利用に欠かせない植林を推進するため、中高層木造建築の構造部材として利用可能なカラマツをはじめとした苗木を、人工光を使って室内で育てる「人工光苗木育成技術」も開発しました。成長段階に応じた適切な環境制御を行うことで、気候変動などに左右されずに種まきから出荷まで生産管理を行うことができます。露地栽培では生育が難しい冬季でも育成可能で、育苗期間の短縮や安定した出荷数の確保が可能です。木材循環利用を積極的に推し進め、脱炭素化や、自然との共生を構築することは私たち建設事業者の次世代に対する責務だと思っています。「地球・社会・人」のサステナビリティーの実現を目指し、大林組はグループを挙げて全力で取り組んでいきます。
(※)Cross Laminated Timber(クロス・ラミネイティド・ティンバー)の略。板の層を各層で互いに直交するように積層接着した厚型パネルのことをいい直交集成板ともいう。1990年代にオーストリアで開発。比較的新しい木質建材で欧米を中心に普及が進んでいる。
大林組では、二酸化炭素排出量の削減に向けてソフト開発にも力を注ぐ。アプリ開発を手掛けるGELとの共同開発で生まれたのが、ハイブリッド木造建築物のデザインイメージやCO2削減量をその場で提示する「WOODX®(ウッドエックス)」だ。従来、木造建築を顧客に提案する際には、多面的な検討が必要なことから、建築イメージや諸条件の提示に、多くの人員と時間を要していた。「WOODX」は、タブレット上で敷地を指定し、外形や階数、木材の構造への適応範囲などを設定することで、ハイブリッド木造建築物の外観・内観を3Dビューや360度パノラマ画像で表示することができる。各部材の数量を自動計算し、推定される木材使用量からCO2発生量と固定量を算出することも可能で、鉄骨造と比較したCO2削減率や概算コストの差もその場で提示できる。今後は営業担当者のタブレットに標準ソフトとして導入し、顧客の木造建築に対する問い合わせや要望にタイムリーに回答に役立てる。