ナノテクノロジーが描く未来社会

「FUWWAT(ふわっと)2050」建設構想

構想:大林組プロジェクトチーム

1ナノメートル(nm)は100万分の1ミリメートル(mm)という想像を超える小さなスケールだ。この極微の世界で生み出されているナノテクノロジーは、さまざまな製品のスタイルや内容、さらに製造方法を一変させた。かつて大重量だったコンピューターが手のひらサイズにまで進化を遂げたのは典型的な例だ。未来の建築空間も、ナノテクノロジーの洗礼を受けると、現在では思いもよらない姿かたちをとり、かつて経験したことのない施工方法が誕生するかもしれない。

新しい未来空間を考察する上で注目されるのが、超軽量・高強度のナノマテリアルの存在だ。私たちは、その典型といえるカーボンナノチューブとセルロースナノファイバーという繊維素材に注目。この2つの材料の機能を最大限に活用し、新しい建築概念と構造システムを持つ未来の空間を描いてみた。それが空中に浮かぶ都市空間『FUWWAT2050』だ。

基本計画

日本では多くの都市が沿岸部にあり、人口の2割が標高5m以下の地域で暮らしている。本構想では、空中に浮くという利点を活かす場所として、都市に隣接した沿岸部上空を想定。浮かすことで、地球温暖化による海面上昇や高潮、地震と連動した津波への対策としている。

建物形状は、風の影響などを考慮し紡錘形(葉巻型)とした。風の抵抗は高度が上昇するほど高くなるため、設置高さは、高さ300mの超高層ビルの最上部と比較すると風の抵抗が半分程度になる、地上30m~50mを想定した。

なおFUWWAT2050は「業務・商業施設棟」「病院・公共サービス棟」「住宅棟」の3棟(それぞれ就業人口2,800人、2,000人、居住人口1,700人)で一つの街を構成する。各棟とも内部の移動は徒歩で移動。既存市街地とのアクセスは緩やかなスロープとブリッジでつなぎ、緊急時の避難場所としても活用される。

長さ600mの建物が沿岸部の地上30mの高さに浮かぶ。『FUWWAT2050』は海岸沿いでも安全に暮らせる街を実現する
建物を上空に設置することで、防波堤や消波ブロックなど施設の縮減を促進し、自然の砂浜の再生にもつなががっていく

構造計画

本体をセルロースナノファイバーの空気膜とカーボンナノチューブの構造体(フレーム)で構築し、カーボンナノファイバーのワイヤーで吊り、空中に設置安定させる、特殊構造=膜構造+吊り構造を想定した。

空気膜に想定したセルロースナノファイバーは、植物から採取、製造できる豊富な持続型資源だ。超軽量(鋼鉄の5分の1)、高強度(鋼鉄の5倍)、低熱膨張性(ガラスの50分の1)などの特徴をもち、透明性が高く、耐久性もあるので、巨大な生活空間を構築する空気膜には最適だ。

構造材となるカーボンナノチューブは炭素繊維のナノマテリアルであり、超軽量(鋼鉄の6分の1)、高強度(引張強度は鋼鉄の375倍)、高剛性(ヤング率は鋼鉄の4.3倍)などの特徴をもつ。本構想では、空気膜の外側をカーボンナノチューブ製のハニカム状のフレームで覆う構造とした。

総重量(積載重量を除く)を試算すると、最大規模の業務・商業施設棟で3,840tとなる(現代の同規模のビルでは約3万tに及ぶ)。

建物本体を空中に設置するための支持については、鉛直荷重と水平荷重を明確に分離して検討を行った。その結果、建物の支持には、一つの棟に対して、カーボンナノチューブ製の直径3cmの3本のワイヤーで吊り、それぞれを直径1mの3本の支持マスト接続、マストからワイヤーで地面に接続することとした。ちなみに、現代の吊り構造の長大橋に使用するメインケーブルは、ワイヤーを数万本束ねた構造で直径は1m超。ワイヤーは図では便宜上示してあるが、実際には遠方からは見えず、FUWWATは空中に浮かんで見えるはずだ。

建築計画

ナノマテリアルの特性の一つは、多機能かつ高機能という点だ。その特性を活かすと、構造や設備などの機能をフィルム状に積層し、建物本体で使用するセルロースナノファイバーを芯材とした多層空気膜として一体化することが可能になる。

現代の空間では、設備や装置は構造材とは別物だが、ナノテクノロジーによる未来空間では天井や壁、床そのものが発電し、呼吸し、温度を調整し、情報のやり取りをし、映像や音楽を提供することができるようになる。

施工計画

ナノテクノロジーは、施工方法にも大きな影響を及ぼす。まず、ナノマテリアルの組み立てには、ナノレベルでの精度を確保するため、クリーンな環境下の工場内での自動施工が必要となる。施工現場においては、部材の軽量化により、クレーンによる部材運搬が減少し、仮設足場も最小限のものとなる。また、ナノセンサーの導入により、重機の動きはソフトになり、かつ小型化し、低騒音施工も可能となる。その効果で24時間施工が可能となり、周辺への影響の軽減や工期の短縮化も進むだろう。

では、本構想の場合はどうだろうか。部材は軽量だが波打ち際での空中施工は困難が伴う。これらの点を総合的に検討した結果、FUWWAT2050においては、本体主要部分は厳重に管理された工場内で自動施工し、その後現地まで空中搬送して所定の位置に設置し、構造補強や内装、設備関係などの仕上げ工事を行う方法とした。これにより、ナノレベルの施工精度を維持するだけではなく、現地での工程も大幅に簡略化することができる。

ナノテクノロジーと建設の出会いは始まったばかりだ。ナノマテリアルの具体的な性質や機能、さらに接合・接着技術などについては未知の部分も多くあり、今すぐに『FUWWAT2050』を実現させるには技術の進化が必要だ。しかし、医療分野ではiPS細胞の発見により、人類に希望をもたらしたことは記憶に新しい。建設分野においても、ブレークスルーとなるナノマテリアルや活用技術が開発され、新たな可能性を拓くことに期待したい。

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この記事が掲載されている冊子

No.54「ナノテクノロジー」

1ナノメートル(nm)は100万分の1ミリメートル(mm)という想像を超える小さなスケールだ。この極微の世界で生みだされているナノテクノロジーは、コンピュータや携帯電話に使われる半導体や遺伝子治療に使われるDNAなど、今や、私たちの生活を様々な場面で支えている。そしてあらゆる分野で、新たな可能性を拓く「ブレークスルーの技術」として期待されているのである。
本号では、ナノテクノロジーの全体像をとらえると共に、今後の可能性を紹介する。また、当社技術陣による誌上構想OBAYASHI IDEAでは、ナノテクノロジーを駆使した空中に浮かぶ建築の建設計画に挑戦してみた。
(2014年発行)

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藤森照信

ナノテクノロジー関連年表

監修:丸山瑛一