三代社長大林芳郎は、昭和16年(1941)3月、東京帝国大学工学部建築科を卒業して、その4月大林組に入社し、本店設計部に配属。同17年、呉の海軍工事の勤務中に召集をうけ、この応召中のまま二代社長義雄の急逝により、新社長に就任した。
この際、社長不在のため取締役会長制を設け、白杉嘉明三がこれに就いた。やがて終戦を迎え、建設業者にも深刻な事態となる。当社の同20年の施工実積はなお業界第1位であったが、それでも同年1〜8月施工高2億3,370万円、9〜12月同9,400万円と、異常な推移をたどる。このようにほとんどの産業が停止状態の中、大林芳郎が社業に就く。それは、明治維新におとらない大変動の時節であったのである。しかし、時代が移り、戦後の国土再建の波と歩調を同じくして業容も徐々に拡大していった。それは都市化と産業の革新と発展、同時に建設業の近代化と技術革新の激しく長い道程であった。そして平成元年(1989)6月、大林芳郎は会長職に専任することになる。平成15年(2003)6月、60年以上にわたって大林組の第一線に立ち続けた大林芳郎は名誉会長職に退くが、同年7月19日に逝去する。