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特集 心に響く良い音

 

ベートーベン(Ludwig van Beethoven ドイツの作曲家)の第九(交響曲第9番)は日本人にとって最も身近なクラシック音楽の一つで、その演奏は年末の風物詩となっています。第4楽章の「歓喜の歌」は迎える年に希望を抱かせ、人々の絆をつなぎたい今、演奏されるにふさわしい名曲です。名曲と演奏者、演奏者と聴衆をつないでいるのが、コンサートホールにより生み出される“良い音”です。

 

コンサートホールで素晴らしい演奏に出合ったときに感じる会場での一体感は、どんなに高性能なオーディオシステムにも代え難いものです。コンサートホールの良い音は、「響き」と「反射の仕方」が関係しているといわれています。では良い音はどのように作られるのでしょうか。今回はその仕組みをご紹介します。

 

良い音の研究(世界三大ホール)響きの設計反射する音のデザイン音響障害と対策大林組の取り組み

音の体験 1 音の体験 2

 

 

良い音の研究(世界三大ホール)

オーストリア ウィーンの楽友協会大ホール(1,680席、1870年)、オランダ アムステルダムのコンセルトヘボウ (2,037席、1888年)、米国 マサチューセッツ州ボストンのシンフォニーホール(2,625席、1900年)が世界三大ホールといわれています。これら世界三大ホールで体験する良い音は「どのように形作られているのか」、また良い音の「コンサートホールを造るためにはどうすればよいのか」など、さまざまな研究が行われてきました。そこでまず注目されたのが、音の響きの長さ(残響時間)(※1)でした。

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響きの設計

世界三大ホールは、共通して豊かな響きを持っています。しかし、響き過ぎると洞窟の中で音楽を聞いているようで好ましくありません。

図1 コンサートホールの最適残響時間

図1 コンサートホールの最適残響時間

約2万m3(約2,000人規模)の大きなコンサートホールの残響時間は2秒前後になるように設計されています。(参考文献:「建築音響と騒音防止計画」、木村翔、彰国社)


どのような残響時間が適切なのか多くの研究が行われ、最適な残響時間は室容積によって変化することが分かりました。(図1)

コンサートホールの設計では、適切な残響時間を得るために、まず適切な室容積を確保し、次いで内装などの仕上げ材、吸音材の配置に配慮しながら選定して残響時間を制御しています。

ちなみに、世界三大ホールの中では唯一、ボストンのシンフォニーホールにおいて残響時間に関する音響設計(※2)が行われました。

残響時間だけで良い音は生まれるのでしょうか

シンフォニーホールの成功により、残響時間だけで音響設計が完結すると思われていましたが、現在では同じ残響時間でも良い音のホールとそうでないホールがあることが分かってきました。

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反射する音のデザイン

壁や天井に反射して届く音

残響時間以外に何が良い音のために必要なのか、さまざまな研究や試みが行われてきました。その結果、演奏者から直接聴衆に届く音に続いて、壁や天井などから反射して届く音が、良い音のためには大切であることが分かってきました。

 

平面形状のデザイン

特に室内の平面形状が反射音(※3)に与える影響は大きく、反射音の音響設計はまず基本的な室内形状の検討から始まります。大きな平面形状の変化だけではなく、壁の形が少し変わっただけでも客席へ伝わる音は大きく変化します(図2)。
 

出口に向かって狭くしたパターン
中央が膨らんでいるパターン
左右の壁が平行なパターン

図2  平面形状の違いによる客席での音の大きさの変化

ホールの上から客席面を見ています。図の上側に見える壁の形状だけが変化しています。それだけで客席での音の大きさの分布が大きく変わっている様子が分かります。赤い部分は音が大きく、黄色、緑、青になるほど音が小さいことを表しています。

 

 

音の体験 1 「ホール形状の比較」 ※ヘッドホンでお聴きください

細長い長方形のホールと扇形のホールでの音を聴き、平面形状による音の違いを体験できます。

※ホール中央付近での音の様子を再現しています。

※音声は一つずつお聴き比べください。

(楽曲:バッハ(Johann Sebastian Bach ドイツの作曲家)の無伴奏バイオリンパルティータ第3番より「ガボット」)

 


長方形の場合(約23秒)


扇形の場合(約23秒)

世界三大ホールは、すべて細長い長方形をしており、良い音が得られやすい平面形状として知られています。長方形の平面形状に比べて、扇形の平面形状では音に包まれたような感じが少なく、少し寂しい感じがしますが、扇形の平面形状でも壁面や天井の形状を工夫することで良い音のコンサートホールにできます。

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数値シミュレーションによる確認

各部の形状や傾きなどを、計算による数値シミュレーション技術により検討します。シミュレーションでは幾何音響(※4)に基づいた音の伝搬経路などの情報を求め、室内形状との対応を明確にしていきます。

 

まず、強い音が反射する舞台周囲の壁面の傾きや形状から始まり(図3)、コンサートホールで反射を繰り返しながら伝搬する複雑な反射音の伝搬経路(図4)を把握したうえで、影響の大きな部位(図5)や客席全体への効果(図6)も考慮しながら、徐々にデザインを詰めていきます。

 

舞台周囲の壁面での反射

舞台上の天井が特に高い場合は、演奏者に自分の演奏音を確認しやすくし、舞台周囲の聴衆に有効な反射音を供給するために反射板をつるすことがあります。演奏者からの音が反射板で反射して緑色の経路をたどり床面に到達します。また、各伝搬経路の概略の影響範囲を黄色の円で示しています。この情報を基に反射板の設置位置、角度などを決定していきます。

反射板角度と反射音の到達範囲の関係
図3 反射板の角度と反射音到達範囲の関係

反射音の伝搬経路

演奏者からの音が壁面などで幾何的に反射しながら複雑な経路をたどって聴衆に届いています。相互に影響し合う壁面の関係を計算結果から特定し、室形状全体にわたる、より詳細な音響設計を行います。

演奏者(赤丸)からの音の伝搬経路図4 演奏者(赤丸)からの音の伝搬経路

聴衆への影響

聴衆位置に対して、壁面からの影響の大きさを色で表しています。どの部分を変更すれば効果的かが分かり、このような情報に基づき効率的に音響設計を進めます。
この計算では、幾何音響に音の散乱や回り込みなどの波動性(※5)を考慮した手法を用いています。壁や天井の赤い部分が客席への強い反射音があることを示し、弱くなるにつれて黄色、緑、青に変化しています。

図5 聴衆の位置への影響が大きい部位
図5 聴衆の位置への影響が大きい部位

客席全体への効果

赤い球が演奏者の位置で客席での音量感を表す指標値の分布を示しています。ホール全体としてねらったような音響特性が得られるかを予測計算から確認し、必要があると判断すれば、良い音の実現のために再度各部の検討に戻るという作業を繰り返します。赤い部分が音量感が強く、黄色、緑、青になるほど弱くなります。

図6 音量感を表す指標値の分布(世界三大ホールの1つ「楽友協会大ホール」)図6 音量感を表す指標値の分布(世界三大ホールの1つ「楽友協会大ホール」)

 

実際の音の再現による確認

物理的な情報だけではカバーしきれない主観的な効果に関しては、必要に応じて図面段階のコンサートホールの音を数値シミュレーションから立体的に合成して作り出します。作り出した音を聴く「聴感」による確認を行い、音響設計にフィードバックします。(図7)

 

また、数値シミュレーションによらず縮尺音響模型によって、実際のコンサートホールでの現象をシミュレートする手法を用いることがあります。縮尺模型実験においては、模型の製作から実験までさまざまなノウハウが必要です。(図8)

 

AUVISによる立体的な音の体験の様子(大林組技術研究所無響室)

図7 AUVISによる音の体験(大林組技術研究所
音の波動性(※5)を考慮した数値シミュレーションから図面段階のコンサートホールの音を聞いて聴感を検討します。各種の信号処理の組み合わせにより、前後左右に空間が広がる立体的な音として体験できます。

10分の1縮尺音響模型による音響検討事例(杉並公会堂)

図8 10分の1縮尺模型による検討(杉並公会堂)
音響模型の中で実際のホールと同じ物理現象を再現するために、内部の仕上げ材まで10分の1相当の音響特性となる材料を選定して用います。

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音響障害と対策

音響の不具合を音響障害といいます。特に注意が必要な音響障害にフラッターエコー、ロングパスエコーと呼ばれるものがあります。フラッターエコーは、平行した壁面間を往復する反射音によって生じます。日光東照宮・日光山輪王寺の鳴竜のような特異な音となって聞こえるのが特徴です。ロングパスエコーは、強い反射音が遅れて届き、音と分離して聞こえる障害です。

 

 

音の体験 2 「音響障害とその対策」 ※ヘッドホンでお聴きください

円弧状にカーブしたホール後方壁からの反射音により、ロングパスエコーが生じた場合と、後方の壁を屏風(びょうぶ)折りにして反射音を拡散させる対策を行った場合の音を体験します。

※音声は一つずつお聴き比べください。

 


音響障害が生じた場合(約35秒)


音響対策後(約35秒)

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音の集中による音響障害例 ※アニメーションで再現

楕円(だえん)などの平面形状では、焦点に音が集中して強い反射音となり、ロングパスエコーと同様な音響障害となった事例を示しています。反射音が一気に集中している様子(図10)が分かります。

 

 

 

音源からさまざまな方向に広がっていく音の先端位置を表しています。どこにも反射していない音が赤、反射する回数が増えていくと、赤から次第に黄色、緑へと変化します。

計算結果から音響障害の要因を特定できれば、壁面を屏風折りの拡散形状に変更するなどの対策によって解消できます。

図10 音の集中位置図10 音の集中位置

 

エコー対策

音響障害を引き起こす恐れのある音の伝搬経路を数値シミュレーションから特定し、伝搬経路の壁面で吸音したり、音が拡散しやすい形状に変更したりします。

 

屏風折りの拡散形状による音響障害の防止

屏風折りの拡散形状による音響障害の防止

図9 音響障害の対策例

音響的に課題の大きな丸い平面形状の会議場で、音の集中による音響障害を防ぐために外周の壁面を屏風折りによる拡散形状とした事例です。会議の声が明瞭に聞こえるようにしました。

 

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大林組の取り組み

大林組ではコンサートホールで培った音響設計や空間デザイン、数値シミュレーション、模型実験などの技術に加え、多くの実績の中で蓄えてきたノウハウにより、ホールだけでなく各種の建築空間で快適な音の実現に貢献しています。

 

大林組の室内音響予測技術

室内音響予測技術「HARP(ハープ)」

HARP(ハープ)は、音の波動性(※5)を考慮しながらホールの音響を精度良く予測するソフトです。ホールのような大きな空間において、音の拡散や回り込みという波動性を考慮して計算するには、非常に長い計算時間を要しますが、HARP(ハープ)では独自のプログラムの開発により、実用的な時間内での予測を可能としています。この特集で紹介している数値シミュレーションの図はHARP(ハープ)で計算した結果を用いています。

 

立体音場合成技術「AUVIS(オーヴィズ)」
AUVIS(オーヴィズ)は両耳に入る音を正確に制御する仕組みで、図は右耳についての模式図です。

立体音場合成技術「AUVIS(オーヴィズ)

AUVIS(オーヴィズ)は、HARP(ハープ)などの予測計算結果から、図面段階のホールの音を立体的な音場として体験できる技術です。この技術は、聞く人の両耳に入る音を正確に制御して、2つのスピーカーだけで立体的な音場を体験できる点に特徴があります。この特集で紹介している音は、AUVIS(オーヴィズ)の機能を使って作製しています

 

事例紹介

杉並公会堂(設計:佐藤総合計画、音響設計:永田音響設計)

杉並公会堂大ホール
大ホール

杉並公会堂グランサロンと練習室
グランサロンと練習室

コンサートを主体として使われる大ホールは、さまざまな用途に対応するために残響可変装置が組み込まれています。大ホールの音は、10分の1縮尺の音響模型実験を通して検討しました。実験では波長も10分の1とするため、実際の10倍の周波数の音を用い、さらに内部の空気を全部窒素に置換して媒質の音響特性にも配慮しました。

 

グランサロンと練習室は、大音量で練習した際にほかの部屋への影響を抑えるため、高い遮音性能を確保しました。また、施工途中で遮音性能を測定し、適切に施工されていることを確認しながら工事を進め、最終的に所期の遮音性能を確保しました。

 


国立代々木競技場(設計:丹下健三)

国立代々木競技場第二体育館
国立代々木競技場(第二体育館)

世界的に有名な現代建築の一つです。リニューアル工事にあたり、室内音響において大切な働きをしている天井面の吸音特性の維持が課題となりました。実験室での試験を通して仕様の検討を進め、所期の性能を確保しました。

 

 

辻久子記念弦楽アンサンブルホール(設計:大林組)

辻久子記念弦楽アンサンブルホール

辻久子記念弦楽アンサンブルホール

バイオリン演奏を主体とした小規模なホールです。小さな空間で、バイオリンを豊かに響かせるため、壁の一つひとつの角度、大きさを詳細に検討して、演奏者や聴衆を包み込むような響きを得るようにしました。
 

 

六花亭真駒内店(設計:古市徹雄)

六花亭真駒内店

六花亭真駒内店

通常は店舗として、コンサートのときには音楽ホールとして使われる空間です。それぞれの用途に対して適切な響きを得るために、側壁のルーバーが開閉して残響時間を変化させる機構を備え、デザインを損なわずに残響可変機構を調整できるようにしました。

 

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