スマート農業と日本農業のこれから
野口伸
農業のスマート化によるSociety 5.0の実現
SIP農業では農業版Society 5.0を目指しており、具体的には「スマート水田農業」と「スマート施設園芸」の実現にある。水田を対象にしている理由は日本の耕地面積(450万ha)のうち54%が水田であり、日本農業にイノベーションを起こすには、水田農業は避けて通れないとの判断からである。この「スマート水田農業」(図1)ではロボットなど高性能機械や水管理の自動化によって労働生産性の格段の向上を目指している。①全国1kmメッシュの気温、降水量、日射量、湿度、風速などの予値を含んだ農業気象データの提供と気象対応型の栽培技術、②人工衛星やドローンによるリモートセンシングを利用した空間情報の効率的収集と活用技術、③水田の自動給排水システムによる水管理の省力化技術のロボットトラクター、ロボット田植え機、ロボットコンバインなど自動化・知能化された機械による圃場(ほじょう:田、畑、果樹園など農産物を育てる場所)作業の超省力化技術の開発を進めている。これがスマート水田農業の全体像だ。
これらSIP技術の開発目標はコメの生産コストを50%削減することである。前述のように日本政府の目標は2023年までに40%削減であるが、SIP農業では、さらに高い削減目標を設定して取り組んでいる。すでに実用化した技術も多々ある。1kmメッシュ気象データ提供、水田自動水管理システム、スマート田植機、収量コンバインなどは実用化済みで、ロボットトラクターは2018年中に市販される。その他の技術も2020年までには実用化が予定されている。
また、行政組織、公的研究機関、農業ITベンダー、農機メーカーなどが保有する農業に有用なデータの連携を可能にする「農業データ連携基盤」の構築にも取り組んでいる(図2)。この「農業データ連携基盤」は、散在しているさまざまなデータを整理して使いやすくし、それぞれのシステム間でデータ連携やデータ共用できる環境を整備することで、営農にさらに有効な情報を低コストに提供できるようにすることを狙いとしている。すなわち、農業ロボットや機械などはSociety 5.0のフィジカル空間の構成要素であり、この農業データ連携基盤はSociety 5.0のサイバー空間のコア技術になる。これがSIP農業の技術パッケージを農業版Society 5.0と呼ぶ所以(ゆえん)である。
他方、「スマート施設園芸」はトマトを対象にして研究開発を進めている。我が国のトマトは糖度は高いが収量は低い。生産性に関しては、10a当たりの我が国のトマト平均収量は10tであり、オランダの平均収量50tと比べるとわずか20%である。施設園芸において、国際競争力の点でも生産者の所得の点でも、生産性の向上が喫緊の課題である。そこでSIP農業ではトマトの生産性を従来の50%向上(糖度5度の場合、10a当たり55t)を目指して研究開発を進めている。
この目標達成するためにオミクス情報(ゲノムなど生体分子の情報)を網羅的に解析している。植物体内の遺伝子や代謝産物等の動態を網羅的に把握して、生物統計学的解析によって高生産性や高品質の鍵となる生体内の内在性因子を決定し、これを指標とした栽培管理技術の構築が狙いである。従来の「経験」と「勘」によるトマト栽培を、生体のミクロな情報に基づいて最適化することを試みるもので、オランダにもない世界的に画期的な技術開発である。具体的には生産性を向上させることができる「育苗システム」および「栽培管理支援システム」と呼ぶソフトウェアの開発に成功している。すでに生産性50%増の目標達成のめどは立っており、2018年度は開発したシステムの大規模実証を3ヵ所の生産法人で行うとともに、「スマート施設園芸」の事業モデルの策定と客観的·専門的な経営評価を行っている。
野口伸(北海道大学大学院農学研究院教授)
野口伸(北海道大学大学院農学研究院教授)
1961年北海道生まれ。1990年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。同大農学部助手、助教授を経て、2004年から現職。専門は、生物環境情報学、農業ロボット工学。2016年に日本農学賞、読売農学賞を受賞。2016年から内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター。2017年から日本生物環境工学会理事長を務める。
No.59「農」
日本の農業は、就業人口の低下、高齢化、後継者不足、不安定な収入など多くの問題を抱え、非常に厳しい状況に置かれています。その一方で、「スマート農業」「農業ビジネス」あるいは「稼ぐ農業」といった標語が現実味を帯び始めています。
現在3Kの代表格といわれる農業は、今後の取り組み方によっては最高の仕事場になるかもしれません。また、環境を破壊することもなく、人々の豊かな食生活を支える中核施設となる日が来るかもしれません。
本書では「農」にまつわる現状を解明すると共に、現在の発展のその先の姿を考えてみました。
(2019年発行)