スマート農業と日本農業のこれから

野口伸

スマート農業の普及によるイノベーション創出に向けて

スマート農業は農作業の姿を変え、農産物のブランド化を通して地域再生にも有効である。ここではスマート農業の効果的な地域実装法について考えてみたい。ICTやロボットを活用するスマート農業技術は従来の農機をはじめとした慣行の作業技術と大きく異なるため、その技術有用性を農家に理解してもらうには多大な努力が必要である。特に次世代農業の担い手として有望な若い世代、女性にスマート農業の魅力を知ってもらいたい。各地域で定期的に新技術の実演会やセミナーの開催はもちろんであるが、新しい技術や経営法を体系的に学べるスマート農業研修プログラムは必須である。そのためには生産者と産学官が参画したスマート農業協議会の設置が望まれる。

また一方、農家にはスマート農業導入効果を肌で感じてもらうために「8地方区分」に1ヵ所程度、スマート農業実証モデルの整備も検討する必要がある。農業はいうまでもなく地域産業であり、気象土壌特性、地理的条件など地域特性を十分考慮して、地域に適合したスマート農業の導入が成功のカギである。スマート農業実証モデルは、まさにその成功事例を対外的に明示するフィールドとなる。単なるスマート農業技術のショーケースにとどまらず、実際にそのモデルフィールドで営農を行い、スマート農業によって農家が"稼げる"ことを証明するにすることが、担い手に対して最も説得力のある普及促進活動になる。また地域特産品を生み出し、農商工連携や6次化に発展させるような環境整備を進めることも自治体、地域農試、地域農協などの役割であろう。

農業が地域の基幹産業の場合、農業の衰退が地域の活力を失わせ、人口減少に拍車をかけ最悪地域崩壊にもつながる。すなわち地域の活性化には農産物・食品の地域ブランド化、農商工連携、6次化を通して農家の所得が増加し、若者が就農を希望する産業に変えていく必要がある。前述したようにスマート農業がいままでの農業とは大きく異なり、日本農業を強くするうえで必須の技術であることは間違いない。ただ真のイノベーションは技術だけでは達成できない。制度・規制などを含めた社会システム全体の変革が不可欠であり、これからの日本農業は農業構造改革とスマート農業技術の両者がバランスよく共進化することが望まれる。

図3 衛星画像による玄米タンパク含量マップ
農林水産省は、2018年までに圃場内での自動走行システムの市販化、20年までに遠隔監視での無人システム実現を目標として設定している(野口研究室が研究の場として活用している北海道大学の実験農場)

野口伸(北海道大学大学院農学研究院教授)

野口伸(北海道大学大学院農学研究院教授)

1961年北海道生まれ。1990年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。同大農学部助手、助教授を経て、2004年から現職。専門は、生物環境情報学、農業ロボット工学。2016年に日本農学賞、読売農学賞を受賞。2016年から内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター。2017年から日本生物環境工学会理事長を務める。

この記事が掲載されている冊子

No.59「農」

日本の農業は、就業人口の低下、高齢化、後継者不足、不安定な収入など多くの問題を抱え、非常に厳しい状況に置かれています。その一方で、「スマート農業」「農業ビジネス」あるいは「稼ぐ農業」といった標語が現実味を帯び始めています。
現在3Kの代表格といわれる農業は、今後の取り組み方によっては最高の仕事場になるかもしれません。また、環境を破壊することもなく、人々の豊かな食生活を支える中核施設となる日が来るかもしれません。
本書では「農」にまつわる現状を解明すると共に、現在の発展のその先の姿を考えてみました。
(2019年発行)

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