森林の魔法

C.W.ニコル(作家)

こうして森づくりをはじめたのは1986年のことです。それ以降、隣接する土地を少しずつ継続的に買い取り、2002年には「C・W・ニコル・アファンの森財団」を立ち上げて森を土地ごと財団へ寄付しました。財団はさらに支援者とその活動の幅を広げ、アファンの森を育てながら調査も行っています。これまでにたくさんの植物や動物などが森へ戻って来ました。その中から50種類以上の絶滅危惧種を登録して、保護しています。光栄なことに、2016年6月には天皇皇后両陛下の行幸啓を賜りました。

この間、森の環境を良くするだけではなく、森の恵みとして木々を暮らしに活かすことを試みてきました。薪を取り、炭を焼き、丸太を使ってシイタケやナメコなどのキノコも育てて増やしています。自然に生えている食用の植物やキノコも大切に集めます。アファンの森の中にある財団の建物で使っている家具は、森から伐り出された広葉樹の木材を使って製作したものです。森の中の散歩道も手作りです。ウッドチップを敷いて森の柔らかな地面を守り、気持ち良く歩けるようにしました。

整備後のアファンの森
整備後のアファンの森

アファンの森の効用

当初から財団では森を学びの場だと考えてきました。野生動植物のアセスメント調査や管理、森林を保護する方法について研究を進めています。また、財団は当初から、子どもたちのためのさまざまなプログラムを実施しています。

この国でまだあまり一般的ではありませんが、自然に触れ合う時間が不足した結果として、子どもたちに「集中できない、我慢できない、人とコミュニケーションが取れない」などの傾向が現れ、それらは「自然欠乏症候群」と呼ばれ、海外で話題になっています。

アファンの森では、ネグレクトなどの虐待を受けた子どもたち、視覚など身体に障害がある子どもたち、そして最近は東日本大震災の影響を受けてほとんど自然の中で遊ぶチャンスがない福島の子どもたちを受け入れています。

子どもたちは、太陽の光を浴びながら美しい森や小川で遊ぶことを、心の底から必要としています。それが子どもたちの身体の成長だけでなく、脳や精神の発達のために欠かせない体験なのです。これらの体験の不足が日本の深刻な問題のひとつとして社会に潜んでいるのではないかと、わたしは考えています。

ホースセラピーも行っている
ホースセラピーも行っている

日本は、さまざまな森が豊かに分布している森林国家です。にもかかわらず現在まで何10年にもわたって、森林、天然林、材木のための針葉樹のプランテーションが、いずれも人々からは見向きもされない時期が続いていて、まるでネグレクトされてきたようなものです。

森づくりを始めてから31年の間にわたしが学んできたことは、人々の汗と愛情、そして未来を信じる心が、森の木々や森の中の生き物たち、さらに森を取り巻く世界も豊かにするということでした。そして森を育て、探求しつづけるほどに、森林の生産力や人間への効用が明らかになり、森の価値がさらに引き出されてくるという手応えも得てきました。

健やかな森には、人々の心を癒やす力があります。そして、森は未来のある子どもたちのためだけの場所ではありません。心が暗く覆われ、自分の気持ちを見失い、深い悲しみに苦しんでいる現代の大人こそ、「森の魔法」を必要としているのだと、わたしは強く信じています。

(翻訳:biblioscape 津久井 文)

C.W.ニコル(作家)

1940年英国南ウェールズ生まれ。カナダ水産調査局北極生物研究所の技官、同環境局の環境問題緊急対策官、エチオピア シミエン山岳国立公園の公園長など世界各地で環境保護活動に従事。1980年長野県黒姫に移住。1984年から荒れ果てた里山を購入し森の再生活動を始め、2002年にアファンの森財団を設立。2005年、その活動が認められ英国エリザベス女王から名誉大英勲章を授与。著書に『マザーツリー 母なる樹の物語』『勇魚』『裸のダルシン』など。

この記事が掲載されている冊子

No.58「森林」

現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)

グラビア:Made of WOOD

森林の魔法

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藤森照信(東京大学名誉教授、東京都江戸東京博物館館長、建築史家・建築家)

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