森林の社会的評価と木材の未来

涌井史郎(東京都市大学特別教授)

森林の社会的価値

今、相対的に森林の社会的価値が増大している。理由は幾つもあるが、とりわけ次の4つの論点に集約できよう。

その第1は、CO2の吸収源としての森林への期待である。地球環境の悪化に拍車が掛かり、日々事態は一層深刻になってきている。自然災害の激甚化は「環境ストレスは弱者にしわ寄せ」という原則そのままに、脆弱な途上国が圧倒的な人的・財的損害を被る事態となっている。そのような状況の下で、2015年にパリで開催された「COP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)」では、京都議定書以来18年ぶりとなる法的拘束力を持つ強い協定として、「パリ協定」を採択するに至った。196ヵ国による歴史的合意であった。木材を利用し炭素の固定化を図ると共に、植林による若木を増やすことにより、CO2の吸収量の増大効果が大きく期待されている。

第2に、森林の持つ多面的公益性の1つ「防災・減災機能」の再評価だ。気候変動枠組条約とともに、持続的未来を担保するためのもう1つの戦略的合意が1992年の「生物多様性の保全と再生」である。ここでは、自然災害の激甚化現象を抑制する手立てとして、多大な投資を要する工学的な営造物による防災・減災などの災害対応を図る「緩和」と称される環境問題への対応策とは別に、「グリーン・インフラストラクチャー(GI)」の概念を掲げている。この概念のもと、自然を資本財としてみなし、土地に適した伝統的ライフスタイルや自然生態系を活用した「適応」策こそが合理的と考える方向に進んでいる。

第3の論点は、生物資源量であるバイオマスの評価と、森林内に賦存する薬剤や食料としての資源の潜在力への期待である。地下資源の埋蔵限界(ピークアウト)が近い中、新たなエネルギー資源を森林に求めている。

こうした多面的公益性を持つ林地を健全に保つために大きな役割を果たす山村社会は、著しい衰亡に晒されつつある。4つ目の論点は、林地を健全に保全し、収益が得られる林業の可能性を模索する山村社会の生き残りを図るための方向を顕在化させるという地方創成と絡めた論点である。

涌井史郎(東京都市大学特別教授)

1945年神奈川県生まれ。東京農業大学出身。造園・ランドスケープアーキテクトとして「景観10年、風景100年、風土1000年」と唱え、人と自然の空間的共存をテーマに多くの作品や計画に携わる。代表的な仕事には「ハウステンボス」のランドスケーププランニングや「愛・地球博」における会場演出総合プロデューサーがある。現在は東京都市大学特別教授、岐阜県立森林文化アカデミー学長を務めるとともに、TBS「サンデーモーニング」でコメンテーターとしても活躍中。

この記事が掲載されている冊子

No.58「森林」

現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)

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