森林の社会的評価と木材の未来

涌井史郎(東京都市大学特別教授)

木材の未来を考える

これまで多岐にわたり、森林の絶対的・社会的価値、それに対する我が国の林地・林家の現状と課題を述べてきた。通底して俯瞰できるのは、ようやく我が国において、未来の国のありようと地球環境への貢献の両面から、森林に対する再評価の眼差しが次第に膨らみつつあるという事実であろう。

「伐って植えて育てる」そして「手入れを怠らない」という原則の下、森林の資産を経済活動としても活性化することが重要であると理解し、国産材の積極利用を図り、手を入れてこそ価値が生じるという原点に立ち返るための方策が次々と打ち出されている。

その第1は、公民両分野での木材利用の拡大策である。政府は2011年「公共建築物における木材の利用促進に関する法律」を施行させた。筆者が審査員を務めた「新国立競技場」への提案者が、再提案の2案が共に木材利用を掲げ応募されたことは誠に嬉しい限りであった。

そうした施策の浸透を支える新技術も登場している。その代表例が、1900年代の終わりに欧州で開発された「直交集成板CLT(Cross Laminated Timber)」という新しい木質材料である。その性能は極めて高い評価を得ている。木材は、直立して生存している木から生まれる資材であるため、縦方向の力に強く、それは横方向のおよそ10倍と言われている。そこでCLTは縦横の材を直行してパネル状(CLTパネル)に仕上げるため、極めて大きな耐力を生むこととなる。すでにカナダではエレベーターシャフトのみRC造として、あとはすべてCLTを活用した18階建ての学生寮が供用されている。その他にも「LVL(Laminated Veneer Lumber)」といった新たな素材活用工法が汎用化している。

筆者は、数多くの文化財に指定された木造建築物の解体修理を見てきたが、1,000年を経てもなお堅牢な木造軸組み工法の建築物に感動を覚えることしきりであった。しかも瓦屋根の重さから、歳月を経るにつれ屋根の軒が下方にへたるのを防ぐ、隅木や垂木など梃の原理を応用した工法などに触れるにつれ、あらためて先人の知恵に驚かされることが多かった。このような木造建築物の再生力は、CO2を固定化する効果とあいまって改めて着目するに値する。

2016年、トヨタ自動車が「SETSUNA」と名付けた自動車を発表した。運行機器を除いて、外装もシートなどの内装もすべて木材である。しかも使用する針葉樹材を新技術で見事に曲げ加工し、自動車部材とすることに成功している。なぜ木材なのかという問いへの答えは、いつでも傷ついた部分を補修できるからということであり、大いに得心した。

一方、材にならぬ木材を活用して新たなエネルギー源として利活用する「木質バイオマス」への着目と稼働が、全国に広がろうとしている事実も見逃せない。

このように多方面に木材の利活用が進めば、CO2の固定化が進み、かつ伐って植えて育てる正の循環が進むことにより、活力あるCO2の吸収源が機能し、災害防備や生物多様性に大きな貢献をもたらすことにつながる。

森は、人類の祖型を形作った場であったが、あらためて人類は、この祖型としての森に依拠してこそ、持続的未来を維持できるのかも知れない。

涌井史郎(東京都市大学特別教授)

1945年神奈川県生まれ。東京農業大学出身。造園・ランドスケープアーキテクトとして「景観10年、風景100年、風土1000年」と唱え、人と自然の空間的共存をテーマに多くの作品や計画に携わる。代表的な仕事には「ハウステンボス」のランドスケーププランニングや「愛・地球博」における会場演出総合プロデューサーがある。現在は東京都市大学特別教授、岐阜県立森林文化アカデミー学長を務めるとともに、TBS「サンデーモーニング」でコメンテーターとしても活躍中。

この記事が掲載されている冊子

No.58「森林」

現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)

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