大地の記憶—その成り立ちと人々の営み
大河と緑の歴史を持つサハラ砂漠(アフリカ北部)
サハラ砂漠は、アフリカ北部の大西洋岸から紅海沿岸に及ぶ世界最大級の砂漠地帯である。地域の深奥部に位置する台地状の山脈「タッシリ・ナジェール」(アルジェリア)は、「水流の多い地」を意味し、水生動物や狩猟・牧畜を営む人々の姿、舟の絵などが描かれた1万5000余の岩絵群で知られる。これらは、かつてこの地に大河が流れ、広大な森林やサバンナが広がり、人々が定住していた証である。
定期的な周期で起こる地軸の傾きの変化(※1)が日射量を変化させ、モンスーンの強弱に影響を与えることで、サハラは乾燥(砂漠化)と湿潤(緑化)を繰り返しているとされる。現在も気候変動のサイクルや気候温暖化のなか、サハラ砂漠では環境変化が続いている。
※1 地球の地軸(約23.4°)は、太陽や月の重力によって約4万年の周期で傾きが変化し、気候変動の要因となっている。また、約2万6000年周期で首振り運動をする歳差現象も気候変動に影響している。
氾濫が生んだナイル・デルタ(エジプト)
ナイル川河口域の巨大三角州。ナイル川は雨季の増水ごとに上流(エチオピア高原)から豊かな有機質やミネラルを含んだ土(シルト)を運び、長い年月をかけて堆積させていった。
古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの言葉「エジプトはナイルの賜物」のとおり、その肥沃な土壌が雨の少ないエジプトでの農耕を可能なものとし、紀元前5000年ごろから灌漑農業が発展した。
古代エジプトでは、ナイル川の定期的な氾濫が農業の生命線であった。そして、連年繰り返される氾濫への対応のなかで、人々はシリウスが日の出と同時に東の地平線から上がるのが見えるとナイルの氾濫が始まることを発見。1年を365日とするシリウス暦を考案した。この暦は、氾濫(洪水期)、播種(種まき期)、収穫(収穫期)という農耕サイクルと密接に結びついており、太陽暦の基礎となった。
巨石文化のソールズベリー平原(イギリス)
白亜紀に海底で形成されたチョーク層(石灰岩)が隆起してできた高原。高原の中央部には、新石器時代から青銅器時代(紀元前3000〜1500年ごろ)にかけて建設された巨石建造物ストーンヘンジが佇む。一説によると、古代の人々が石灰岩の白い大地を儀礼空間に見立てたことが建設のはじまりとされる。
ストーンヘンジの軸線は、夏至の日の出と冬至の日没の方向に正確に合わせられており、暦として機能していたと考えられている。なお、最新の研究により、遺跡の中心にある「祭壇石」(約6t)は、720km以上離れたスコットランドから運ばれてきたことが明らかになっている。
大地と人間の博物館ドロミテ(イタリア)
中生代(約2億5000万年前)に珊瑚礁が隆起し、氷河に覆われたのち最終氷期に氷河によって削られ、侵食作用が加わって形成された山塊。ドロマイト(苦灰石)という特殊な鉱物を含む石灰岩を主体とし、灰色の岩肌を持つ。ドロミテでは、地殻変動、海洋生物の化石、初期の恐竜の痕跡などが地層の断面として露出し、地球の大地の歴史を見ることができる。また、たび重なる地滑りや雪崩などによってつくりだされたダイナミックな景観は「世界で最も美しい山岳景観」の一つとされる。
第一次世界大戦の際にはイタリア軍とオーストリア=ハンガリー帝国軍の主戦場となり、この地で戦いに加えて雪崩などでも多くの命が失われた。現在では塹壕やトンネルなどの戦跡が屋外博物館として公開されている。
なお、「アルピニズム発祥の地」としても知られ、2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピック・パラリンピックは、ドロミテ山脈の中心に位置するコルティナ・ダンペッツォを主要会場の一つとして開催された。
洞窟都市カッパドキア(トルコ)
約1100万年前に始まった大規模な火山活動によって、溶岩や火山灰が堆積して100~200mの凝灰岩の地層となり、長い年月をかけて風雨に侵食され、「妖精の煙突」と呼ばれる奇岩群や洞窟が形成された。紀元前3000年ごろから人々がこの洞窟に暮らすようになり、のちにキリスト教徒などが岩窟教会や地下都市を築いた。自然遺産と文化遺産の性質を兼ね備えた、世界でも珍しい複合遺産としてユネスコに登録されている。
東西の文化交流を担ったユーラシア・ステップ(モンゴル高原)
モンゴル高原は、地球上で最も広大な温帯草原地帯ユーラシア・ステップ(ユーラシア大草原)の一部。ユーラシア・ステップは、中国東北部からモンゴル、中央アジア、そしてロシア南部を経てハンガリーに至るまで、東西約1万kmにわたる。砂漠化しやすい乾燥地帯に位置しているが、地下深くの巨大な水脈(永久凍土の融解による伏流水)と、北部の山脈から流れ出る豊富な雪解け水が結びつくことで、奇跡的に大河の蛇行する広大な草原が誕生した。
先史時代から遊牧が行われ、ヒツジ、ヤギ、ウシ(ヤク)、ウマ、ラクダの五畜を飼育し、移動式住居「ゲル」を拠点に、季節ごとに放牧地を移動しながら暮らしている。紀元前2世紀から15世紀ごろにかけて、ヨーロッパとアジアを結ぶ重要な交易路(シルクロード)として文化・宗教・技術の東西交流が行われた。
悠久の凍土の眠るツンドラ地帯(シベリア、アラスカなど)
ツンドラは凍結した荒原。夏には地表の雪や氷がとけてコケ類や地衣類が生育する。近年、温暖化によって永久凍土の融解が進行し、土壌中のメタンや二酸化炭素の放出による温暖化の加速が懸念されている。また、ツンドラ地帯は北緯65度付近のオーロラベルトと重複している。
ツンドラ地帯に住む人々は、移動式住居で季節ごとに移動を繰り返し、食料(トナカイ、アザラシ、魚介類、地衣類など)、衣服(トナカイの毛皮、アザラシの皮)、住居(雪、アザラシの皮など)など生存に必要な資源の多くを直接自然から得るなど、土地の自然と深く結びついた暮らしを営んでいる。
アイヌの城が築かれた釧路湿原(日本)
北海道は、アイヌの人々にとって「アイヌモシリ(人間の暮らす大地)」の中心地である。道東部に位置する釧路湿原は、約6000年前に海が後退して陸地化し、その後砂州で閉ざされて形成された日本最大の湿原で、「クシベツ(通り抜ける川)」と呼ばれた。アイヌの人々は、この湿原に生息するタンチョウを「サルルンカムイ(湿原の神)」として崇め、また一方で湿原の魚や動植物を獲って暮らしを立てた。この地に暮らす人々にとって、湿原は神聖な場であるとともに、暮らしにかかわる資源を豊富に得ることのできる恵みの場であった。
アイヌの人々は北海道各地に「チャシ」を築き、城や砦、祭祀の場としていた。釧路湿原の中央を流れる釧路川の流域にも多くのチャシ跡が伝わる。
天孫降臨の高千穂峡(日本)
数万年前、阿蘇山の大噴火によって膨大な量の火砕流が五ヶ瀬川沿いに流れ込み、川で冷やされる過程で収縮し、五角形や六角形の柱状の割れ目(柱状節理)を形成。その後、長い年月をかけて五ヶ瀬川がこの岩を削り取り、平均80mの断崖が東西に約7kmにわたって続く、深く切り立った峡谷となった。
高千穂は、アマテラスの孫であるニニギノミコトが地上に降り立った「天孫降臨の地」とされる。峡谷の名瀑「真名井の滝」は、天孫降臨の際、水のなかったこの地に、天村雲命(アメノムラクモノミコト)が天から水種を移した「天真名井(あまのまない)」を水源とする滝だと伝えられている。
No.65「大地」
生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)
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藤井一至(福島国際研究教育機構 土壌ホメオスタシス研究ユニット ユニットリーダー)
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元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)
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OBAYASHI PROJECT
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構想:大林プロジェクトチーム
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竹内 薫(サイエンス作家、ZEN大学知能情報社会学部教授)
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