地球の土・惑星の土
藤井一至(福島国際研究教育機構 土壌ホメオスタシス研究ユニット ユニットリーダー)
はじめに
地球科学を研究するものの弱みは地球が一つしかないことだ。実験の誤差を確かめる繰り返し(反復)がない。科学が求める再現性を検証しにくい。それでも、火星や月と比較することができれば、地球のことを客観視することも可能になる。地球では当たり前に存在する土壌(※1)だが、火星や月にはない特異な物質、空間である。それはどのような前提(地球の特異性)のもとに発達したものなのかを明らかにしたい。惑星地球化(テラフォーミング)もその延長線上にあるだろう。
※1 循環や生態系ネットワークの場とつながる三次元の存在として土壌、物質として土を考える。
火星や月には土壌がない?
土壌は、「岩石が崩壊して生成した砂や粘土と生物遺体に由来する腐植の混合物」であり、火星や月には土壌がないことになっている。火星や月の砂質堆積物をレゴリスregolith(rhegos = "blanket", lithos = "rock")と呼び、地球の土壌soilと区別する(※2)。soilは小文字でearthとも呼ぶが、earthは火星や月にはない。これは言葉遊びではなく、実際に火星や月には土壌に必要となる成分・要素が欠落している。明らかに欠乏しているのは生物活動であり、それに由来する有機物(非生物起源物質は除く)である。火星探査機が放射性炭素(14C)標識アミノ酸を添加した実験「バイキング計画」では二酸化炭素(14CO2)は発生しなかったことから、現在の火星に生物活動があるという証拠は見つかっていない(※3)。
アメリカ航空宇宙局(NASA)が火星の砂、月の砂をmartian soil、lunar soilと呼んでいるように、土壌(soil)とレゴリスとを区別せず使う分野もある(※4)。「土壌」「土」(いずれもsoil)という言葉について土壌関連学会のなわばりがあるわけではなく、学際的な取り組みが必要になる以上、惑星科学分野など他分野にも受け入れられる「土壌」の定義は重要である。地球外惑星にも適用できる土の定義を求める声が地球内で発生している。
広辞苑(※5)では、地球の土壌を「地殻の最上層。地殻表面の岩石が崩壊・分解して地表に堆積し、それに動植物の遺体が加わって生成したもの」と定義してきた。国際的に使われている土壌分類(Soil Taxonomy)(※6)でも、「土壌は有機物、鉱物、気体、液体、生物の混合物」としている。大気、水と接する土壌表面の境界区分は容易で、新鮮な植物遺体に微生物が定着して分解活動が始まったものからが土と呼ばれる。岩石圏(岩石や堆積物)と接する下限の区分は難しいが、主要な生物活動の有無で区別される。ここでは陸上の生態系、生物活動の存在を前提としている。
このような伝統的な地球表面を前提とした土壌の定義に対して、地球外惑星にも適用可能な土壌の再定義、拡張が多くの研究者によって複数案が提出されている。要約すると、土壌とは「惑星表面またはその近くにあって、一般に固結していない無機・有機物で、物理・化学・生物学的なプロセスによって影響を受けたもの。液体、気体、生物をしばしば保持し、生命を支える」となる(※7)。これを受けて、広辞苑(※8)も「陸地の表面にあって、光・温度・降水など外囲の条件が整えば植物の生育を支えることができるもの」と変化した。これまでの定義よりも制限がゆるくなり、生命活動のない粒子集合体まで拡張されている。「しばしば保持」と柔軟に表現することで植物のない砂漠や月、火星の砂も土に含められるように配慮している。ただし、母岩や固結した堆積物とは区別し、ただの岩石を被覆するごく薄い膜よりも厚みを持ち、その下の材料とは化学風化(生物学的・物理学的な風化の有無を問わず)による変質によって区別できることを条件としている。その場所の環境を反映して発達したかどうかという堆積物と土壌の境界はやや曖昧になっている点に特徴がある。
※2 藤井一至『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社、 2018年)
※3 Klein, H. P. et al. (1976). The Viking biological investigation: preliminary results. Science, 194(4260), 99-105.
※4 Certini, G., Ugolini, F. C. (2013). An updated, expanded, universal definition of soil. Geoderma, 192, 378-379.
※5 第五版(1998年、第一刷)
※6 米国農務省、2022年
※7 Van Es, H. (2017). A new definition of soil. Csa News, 62(10): 20-21.
※8 第七版(2018年、第一刷)
月、火星の"土"の成り立ち
月や火星の砂の生成は、岩石の機械的風化によって起こる。岩石は複数の鉱物(造岩鉱物(※9)または一次鉱物(※10)の集合体であり、熱を受けた時の膨張・収縮の仕方が鉱物種によって異なる。そのずれによって生じたすき間(亀裂)が大きくなることで、岩石は鉱物粒子ごとにバラバラと崩壊する。もしも水があれば、乾燥・湿潤によっても膨張・収縮が生じ、機械的風化が起きやすくなる。
月では粒子を侵食する水と風がないため、尖った粒子が多い(※11)。月の地殻は明るい高地(ウサギの背景)が斜長岩、暗い海(ウサギがモチをついているように見える部分)が玄武岩という二種類の岩石からなっている。月のレゴリスの平均粒径は数十μm程度であり、粘土鉱物は見つかっていない。俗に月の砂と呼ばれるものは、粒径分布に基づいて分類すれば、主にシルト、細砂にあたる。単一ピークしか含まない点で地球の土とは異なる。
月のレゴリスのデータはRyu et al.(2018)を基に再解析した。
火星の表面を構成する岩石は主に玄武岩と安山岩であり、赤色の鉄酸化物はゲータイト(※12)(針鉄鉱α-FeOOH)やヘマタイト(※13)(赤鉄鉱)からなる。粘土鉱物であるカオリナイトは水を含む環境で生成するため、数十億年前の地形面におけるカオリナイトの存在は、かつて火星に湿潤環境があったという仮説の根拠となってきた。しかし、これは暗い太陽(太陽の光度が現在の70%しかなかった)のもとで火星が凍結していたことと矛盾する(※14)。議論の末、地下の熱水の働きによってカオリナイトが生成したという説が現在は有力である。侵食が小さくプレートテクトニクスの証拠がない火星の古い地形面。いずれにせよ、火星のレゴリスの粒径は粘土を含むのが月との違いだが、粒径分布では数十μm程度のものが多く単一ピークからなる点では月と共通している。
発生した粒子が化学的に岩石と異なっていることを調べると、主に粒径による選別(重い粒子が下に行く過程)によって元素組成に変化が起きていることが分かり、火星のレゴリスも広義の土と呼ぶことができる。繰り返しになるが、地球の現行の定義では生物活動がない点で土壌ではない。
※9 花崗岩や玄武岩などの主要な岩石を構成する鉱物。長石、石英、黒雲母、角閃石、輝石、カンラン石などがある。
※10 マグマの冷却などによって岩石が形成される際に結晶化してできた鉱物。なお、風化や土壌化の過程で変質して形成される粘土鉱物などを二次鉱物という。
※11 Bohle, S. et al. (2016). Evolution of soil on Mars. Astronomy & Geophysics, 57, 2-18.
※12 鉱物好きだった詩人ゲーテにちなむ
※13 ヘムは血に由来する
※14 Ehlmann, B. L. et al. (2011). Subsurface water and clay mineral formation during the early history of Mars. Nature, 479(7371), 53-60.
月、火星のレゴリスと地球の土の違いとは
地球では花崗岩が地殻を構成する。地球内部中心のコアは、鉄を主成分としているが、地殻の表層である土壌の組成は、ケイ素とアルミニウムの酸化物を主体としている。ケイ素だけの組成からなる石英、ケイ素とアルミニウムからなる長石や雲母などが主要な造岩鉱物である。アルミノケイ酸塩が多く、鉄が主成分の火星、月のレゴリスとは異なる。粘土鉱物ではカオリナイト、スメクタイト、イライト、バーミキュライトなどの結晶性粘土鉱物が存在する。これに対して結晶構造の連続性が短い微細な短秩序粘土鉱物としてアロフェン、イモゴライトがある(日本のような火山灰土壌に多い)。また、鉄酸化物では火星にもあるゲータイト、ヘマタイトに加え、水和鉄酸化物であるフェリハイドライト(水和鉄酸化物5Fe2O3・9H2O)、レピドクロサイト(鱗鉄鉱γ-FeOOH)が存在するのが水の惑星、地球の特徴である。粒径分布は、砂、シルト、粘土という3つのピークがある点に特徴がある。
月の引力では大気を保持できなかったために月には気体、液体がほとんどない。月のレゴリスはほぼ真空の孔隙と固体(固相(※15))からなる。固体からなる固相が100%とみなすことができる。火星には気体があり、水5%の孔隙(気体からなる気相と液体からなる液相の合計)、固相95%からなる(※16)。地球の土壌では幅があるが、一例として孔隙50%(気体30%、液体20%)、固相50%程度とすると、火星、月のレゴリス、地球の土の三相(固相、液相、気相)分布には大きな違いがあることが分かる(※17)。
月のレゴリスのデータはRyu et al.(2018)を基に再解析した。
※15 相:その物質のどの部分を取っても物理的・化学的に均質である領域
※16 Mitrofanov, I. et al. (2002). Maps of subsurface hydrogen from the high energy neutron detector, Mars Odyssey. Science, 297(5578), 78-81.
※17 Fujii, K., Hayakawa, C., Kosaki, T., Frouz, J., Sukartiningsih. (2025). Critical roles of short‐range‐order minerals in shaping soil water retention curves in volcanic regions. Vadose Zone Journal, 24(5), e70036.
藤井一至(福島国際研究教育機構 土壌ホメオスタシス研究ユニット ユニットリーダー)
1981年生。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。日本学術振興会、森林研究・整備機構森林総合研究所等を経て現職。第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。著書に『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』『土 地球最後のナゾ』『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』など。
No.65「大地」
生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)
-
大地の色と表情
- 全編を読む
-
地球の土・惑星の土
藤井一至(福島国際研究教育機構 土壌ホメオスタシス研究ユニット ユニットリーダー)
- 全編を読む
-
宇宙の土地は誰のもの?—惑星「地球化」の倫理を考える
元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)
- 全編を読む
-
テラフォーミング―火星における生態系の創成と復元
クリストファー・P・マッケイ(惑星科学者、NASAエイムズ研究センターシニアサイエンティスト) 訳:竹内 薫
- 全編を読む
-
OBAYASHI PROJECT
火星の大地創成—クレーターのパラテラフォーミング
構想:大林プロジェクトチーム
- 全編を読む
-
赤い大地の夢—火星移民の500年
竹内 薫(サイエンス作家、ZEN大学知能情報社会学部教授)
- 全編を読む
-
アイスランドの"土の家"
藤森照信(建築史家・建築家、東京都江戸東京博物館館長、東京大学名誉教授)
- 全編を読む
-
大地の記憶—その成り立ちと人々の営み
- 全編を読む