宇宙の土地は誰のもの?—惑星「地球化」の倫理を考える

元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)

倫理の視点から見た宇宙開発

火星移住計画の急先鋒であるスペースXの創業者、イーロン・マスク氏は「人類を多惑星種(multi-planetary species)にする必要がある」と語っている。地球が快適に住めない星になった時に備えて、「プランB惑星」を用意しておくということだろう。

高度なテクノロジーを総動員し、カネと多少の犠牲を惜しまなければ実現可能かもしれないが、いまやるべきは、そのコストを地球環境の回復に投じることではないか。努力を放棄して新たな「第二の地球」を用意することが、倫理的に許されるだろうか。

科学技術が文明を高みに押し上げてきたことは間違いない。ただし、その倫理的判断はもっぱら「多くの人にとって有益だから」という功利主義の考え方に基づいていた。これからの科学技術は、別の倫理基準も考慮して進めなければならない。

生身の人間が、地球とは全く異なる環境で生活することの長期的な影響は未知数だ。訓練を重ねた職業宇宙飛行士でさえ、骨量や筋肉の減少、視力の低下、閉鎖環境でのストレスに苦しむ。地上400kmのISSならば緊急帰還も可能だが、地球から4億km離れた火星となれば絶望的だ。

百歩譲って火星進出を是とするなら、宇宙という過酷な環境に適応できるヒトの改良に踏み込まなければならない。受精卵へのゲノム編集によって、強い放射線と低重力に耐え、ストレスにも強い「ポスト・ヒューマン」を新たに作り、片道切符で火星に行ってもらう。

今度はそこに、生命への介入という新たな倫理的課題が立ち現れる。科学技術によって「神の視点」を手に入れ、太陽系の外まで俯瞰できるようになった人類は、ついに自らが神として振る舞うことになる。もはや功利主義だけでは片付けられない問題だ。

自然とどう向き合うか

人は何かに憧れて不可能を可能にしてきた。その営み自体は尊いものだ。

アポロ計画は、ケネディ米大統領が1961年、「10年以内に人を月へ送り、安全に帰還させる」と宣言したことに始まり、実現をみた。一見突拍子もない高い目標は、これ以降「ムーンショット」と呼ばれるようになる。

2000年にはクリントン大統領が「米議会図書館にあるすべての蔵書を角砂糖大のデバイスに収める」と宣言し、ナノテクノロジーを推し進めた。人工知能搭載のヒト型ロボット(フィジカルAI)の進歩も、「2050年までにヒト型ロボットによるサッカーのワールドカップを開催する」という研究者たちの無邪気な夢に支えられ、急速な進歩を遂げている。

ただしこうした、カネと勢いにモノを言わせるような進め方は、専門家でない人々にとって受け入れがたいものになりつつあることも事実だ。国立統計数理研究所が5年ごとに数千人規模で実施する「日本人の国民性調査」での、幸福になるために自然とどのような関係を保つのがよいか、との問いを紹介しよう。

注目すべきは、2018年の調査で最多だった「自然に従わなければならない」と考える人の推移である。1973年に「自然を征服してゆかなければならない」を抜き、1993年には「利用しなければならない」をも上回った。「征服すべきだ」のピークは1968年。日本が科学技術を推し進めて高度経済成長をかなえた時期と重なる。他の世論調査などでも、国民が科学技術に抱く万能感や信頼は、この時期を境に下降線をたどる。

自然と人間との関係
出典:統計数理研究所 「国民性調査」
世界経済フォーラム(WEF)年次総会開催中にスイス・ダボスの街路を歩く Unitree G1 ロボットヒューマノイドモデル(2026年) 画像提供:アフロ

「人新世」に求められる賢明さとは

目下、人類が直面する地球規模の課題の多くは、科学技術の急速な進展や行き過ぎた資本主義によって産み出されたものだ。地球温暖化、核軍拡、気候変動に起因する貧困や難民、AIによる偽情報の氾濫と人々の分断、サイバー攻撃。人類はこうした有り様を自ら招いておきながら、その扱いに困り立ちすくんでいる。先端技術をもってしても自然災害の制御すらままならないという現実も見えてきた。

今の時代を地質年代の「人新世」と名付けるべきだ、との議論がある。核実験の生成物や化石燃料由来のすす、マイクロプラスチックなどの人工物が地質から出土する時代という意味だ。

「地球史カレンダー」で大晦日の深夜に登場した人類が、地球を簒奪し消尽した末に、次なる居住地として他の惑星に踏み込み改変する。その行いの意味を、単なる技術的な実現可能性とは異なる視点でとらえ、再検討する必要がある。

考えれば考えるほど、私たちがいくつもの奇跡の重なりの上に生きているかを知り、この地球を守り続けることの尊さに気づくはずだ。惑星の地球化という壮大なテーマの検討は、その意味においてこそ価値を持つ。

元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)

1966年生。九州大学教育学部卒業。毎日新聞科学環境部長、論説副委員長、科学ジャーナリスト賞選考委員長、宇宙開発利用大賞(内閣府主催)選考委員を歴任。著書に『科学のトリセツ』『カガク力を強くする!』『理系白書 この国を静かに支える人たち』など。

この記事が掲載されている冊子

No.65「大地」

生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)

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OBAYASHI PROJECT

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構想:大林プロジェクトチーム

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