日本の森林の再生

酒井秀夫(東京大学名誉教授、日本木質バイオマスエネルギー協会会長)

世界の持続的林業政策の潮流

1992(平成4)年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議(リオサミット)」で、生物多様性と持続的発展が唱えられ、各国はそれまでの経済重視から、環境や社会の持続性もふまえた政策に大きく舵を切ることになった。しかし、地域が異なればその持続的林業も異なり、エコシステムが同じでも多様な選択がある(※3)。持続的林業の概念も時間や経済とともに変化するものである。

日本の森林の再生を考える前に、世界の林業の潮流を見てみる。

北欧の林業政策は、生物多様性の保全に重きを置き(※4)、林業現場では伐採の機械化が進んでいる(写真1)。しかし、樹木の成長が遅く、主伐するまでには100年から120年はかかる。伐採量は成長量以下とされているので、現状のペースで伐採をしていくと、いずれ環境保護などとの兼ね合いで、伐採できる現場が限られてくるのではないかと思われる。温暖化に伴う虫害の発生なども危惧される。皆伐(対象とする林地のすべての樹木を伐採する主伐の一種)跡は、天然更新(植栽によらずに森林の更新を行うこと。自然に落ちた種子の発芽や根株からの萌芽などによる方法がある)と播種(はしゅ:種子をまくこと)を組み合わせたりして更新に努めている。

写真1 スウェーデンのハーベスタ(伐木造材機)による皆伐作業

中欧は、モミやトウヒなどの針葉樹と、ブナなどの広葉樹が混じった針広混交林で、人為を加えずとも天然更新が可能であることから、択伐が主流である(※3)。択伐とは、回帰年(伐採後の森林が回復して、次の択伐を行うまでの繰り返し間隔)を設けて、例えば次の回帰年までに寿命が持たない高齢木や形質不良木などを成長量以下の伐採量で伐ることをいう。残された上層木は光を浴びて太くなり、中層木、下層木はそれぞれ上層木、中層木に進界(次の径級、階層に成長すること)し、再び元の林相に戻る。例えて言えば、元本保証で利息だけを利用していく林業である。かつて熱帯林などで行われていた、経済的に価値の高い木ばかりを伐っていく選択式略奪伐採とは異なる。

カナダ東部も同様で、針広混交林が広がり、択伐が行われている。

日本の北海道も天然林の林相は針広混交林である。東京大学北海道演習林の択伐林では、50年かけて10年ごとに5回の択伐を行ってきた。どっしりとした林相で、外からは見えないが、林内にはトラクターで集材できるように道が高密に入っている(写真2)。

写真2 東京大学北海道演習林の択伐林。
人が手を掛けて育てた天然林(天然生林)である

中欧の林業政策は、気候変動対策が森林政策の根幹となっている。森林の面積あたりの木材量の蓄積を増大させ、択伐しながら自然に近い森林の状態を維持しつつ(近自然林業)、大径材生産に誘導しようとしている(※3)。高齢大径木にして二酸化炭素をストックしようという作戦である。択伐後の伐根も土中に炭素を蓄える。極相(植物群落の発達段階の終わりの方の安定した状態のこと)状態の森林は、太陽光は林冠でフルに利用されるので、光の利用効率も高い。

一方、日本は、若い木の旺盛な成長で二酸化炭素を吸収しようという作戦であるが、太陽光は、漏れて下草の成長にも使われるという光のロスもある。アイスランドも同様の効果を期待し、平坦地の荒野に寒さに強い外来樹種を造林している(※4)。しかし、植林によるこの方法は、造林地の確保が必要である。日本は主伐をすれば、造林地ができるので、伐った木を建築用材や家具材、紙として長く使い、伐採跡地を植林すれば、二酸化炭素をストックしていくことができる。しかし、例えば60年かけて育てた木を使って建てた家を、20年くらいで建て替えていては、木に申し訳がない。リフォームなどが可能な、長持ちする住宅づくりを心掛けなければならない。

チリ、ブラジル、ニュージーランド、南アフリカなどの林業経営は、植林面積を増やし、生育期間が短い短伐期の針葉樹を丸太や製品として輸出する傾向がある(※3)。オーストラリア、ニュージーランドは、かつてはユーカリやカウリマツなどの天然林が生い茂っていたが、伐採され、そのあとに牧畜業が興った。一方、林業地には、成長の早いラジアータパインを植林して、大型機械を使って伐採する低コストの人工林経営を行っている(写真3)。これが日本の林業の強力なライバルとなっている。北米西海岸の林業も、コスト面でオーストラリアやニュージーランドに太刀打ちできなくなっている。

写真3 メルボルン郊外における北欧から持ち込んだハーベスタによる38年生ラジアータパインの皆伐作業

このような同一樹種による短期伐採の繰り返しは、地力減退や連作障害が危惧されるが、枝打ちなどして優良材生産に向けて、施業は積極的である。かつてデンマークはドイツトウヒを植えて成功したが、森林が3回り目の50年生くらいになると、青変菌などの病気が発生するとのことである。これが連作によるものかどうかはわからないが、自然に生えてきた広葉樹を残したりして、中欧と同じく「近自然林業」に誘導しようとしている。

翻って日本の森林政策は、保安林制度を設け、森林による気象改善、林地の傾斜安定化による防災、水源涵養機能の発揮など、森林の物理的な保護機能に重点が置かれてきた。江戸時代の人口急増により、燃料用や肥料用の木の森林からの収奪が激しく、明治の頃は随所に荒廃した森林が広がっていた(写真4)。これにより、さまざまな災害が発生したため、その反省も込めた森林政策と言える。ただし、吉野林業に代表されるように、日本の育林技術には高度な蓄積がある(写真5)。吉野林業地には元禄(1668~1704年)の頃に植林されたスギ林も現存する。

写真4 愛知県東春日井郡瀬戸町字東茨(現在、瀬戸市萩殿町)の1901(明治34)年度施工の砂防造林地。
遠くの方まで見渡すかぎりはげ山である(1903(明治36)年10月撮影 東京大学森林利用学研究室所蔵スライドガラス)
写真5 奈良県吉野林業地の見事なスギ人工林

酒井秀夫(東京大学名誉教授、日本木質バイオマスエネルギー協会会長)

1952年茨城県生まれ。東京大学農学部林学科卒。農学博士。東京大学農学部助手、宇都宮大学農学部助教授、東京大学農学部助教授を経て、2001年に東京大学大学院農学生命科学研究科教授に就任、現在に至る。研究テーマは、持続的森林経営における森林作業、林内路網計画、森林バイオマス資源の収穫利用など。

この記事が掲載されている冊子

No.58「森林」

現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
(2017年発行)

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