日本の森林の再生

酒井秀夫(東京大学名誉教授、日本木質バイオマスエネルギー協会会長)

自伐林家の魅力―兼業林家を育てる―

しかし、これだけでは前述の年間伐採量4,000万m3を達成できない。森林所有者の所有山林への関心を高め、自伐林家(兼業林家)の自発的木材生産を支援するために、小規模林地をある程度の規模のロットとしてまとめていき(団地化)、計画的安定供給化に向けて流通に乗せていく必要がある。

自伐林家は、自家労働で伐り出した分は自分の収入になり、毎年収入が期待できなくても、間伐や主伐などで得られる臨時収入が醍醐味となる。多様な経営形態、製品づくりが可能であり、山に手を掛けた分、価値を生み、収入は自分の才覚次第である。また、自伐林家の機械は大型である必要はない。共同所有やレンタルの活用でもよい。安全第一、能率第二で、無理がない能率で、怪我をしないことが重要である。

団地化などを契機に、自伐林業が可能になるように幹線林道の整備をし、自伐林家への安全講習も必要である。

カナダで出版された「フォレストライフ」という本を見ると(※6)、空き地の植林、成長量の測定、狩猟、山菜やキノコ採り、散策など、森林所有者としてのそれぞれの楽しみ方が紹介されている。木材収入だけが自伐林業のすべてではなく、所有山林に所有者自身が自分なりの価値を見出しており、豊かなライフスタイルを実現している。

おわりに―これからの日本の森林と林業―

各国林業を概観してきたが、林業の形態や理想とする森林は異なる。例えば、今は公園になっているが、デンマークのかつての王室林。王侯貴族にとって理想の森林とは、シカなどの狩猟ができる森林であった(写真6)。ちなみにForest(森林)のforとは、Foreign(外国)のforと同じであり、外という意味がある。何の外かというとPark(公園)の外であり、Parkとは狩猟場を意味していた(※7)。また、津軽海峡を動植物の分布境界線としたブラキストンが幕末に北海道に上陸したときの森林の第一印象は、ツル植物がやたら多いということであった(写真7)(※8)。当時、北海道は文明国にあって唯一残された密林の島であった。ヤマブドウやサルナシのツルが生い茂る森林は、動物たちの天国であり、動物たちにとっては理想の森林であった。

写真6 デンマークのかつての王室狩猟場
写真7 北海道の原風景に近いと思われるツルの多い森林(東京大学北海道演習林)

今ある森林のこれから何年後かの望ましい姿というものは語ることができるが、理想の森林というものは実は存在しない。何をもって理想とするかは、理想という言葉に人間のエゴが含まれるからである。理想は1つではなく、ベストでもない。北海道の写真2と写真7では受ける印象は全く異なるが、共通点がある。それはどちらも見事に調和し、バランスがとれていることである。森林には生きとし生けるものすべてがあり、石ころひとつとっても無駄なものはない。森林はひとつの有機体である(※9)。林業という人間活動の中でこの有機体を恒続的に次世代に残し、伝えていかなければならない。

大事なことは、多くの人が森林に関心を持ち、日本の森林再生の姿を大いに議論することである。そのことが今の森林ばなれ、木材ばなれから、森林や木材に寄り添うようになる。森林の再生にとって林業を通じた人間の足跡が肥やしとなる。森林に親しみ、木材を生活に多用し、木味(きあじ)を楽しんでほしい。何しろ国土の68.5%が森林なのだから。

参考文献

  • ※1 「森林の歴史」M・ドヴェーズ著(猪俣禮二訳)白水社 1973
  • ※2 「林材業の復権」貝本冨之輔著 林材新聞社 1986
  • ※3 「持続的林業における森林作業」酒井秀夫(抄訳)森林利用学会誌19(2):147頁―152頁 2004
  • ※4 「北欧各国の持続的森林経営の取り組み」酒井秀夫(抄訳)森林利用学会誌20(1):29頁―33頁 2005
  • ※5 「日本木材輸出産業の船出」椎野潤・酒井秀夫・堀川保幸共著 メディアポート 2017
  • ※6 「フォレスト ライフ」W・テウィンケル著Federation of BC Woodlot Associations. 2009
  • ※7 「森と人間 2000年」川崎寿彦著 日本林業技術協会 1987
  • ※8 「蝦夷地の中の日本」トーマス・W・ブラキストン著(高倉新一郎校訂、近藤唯一訳)八木書店 1979
  • ※9 「恒続林思想」A・メーラー著(山畑一善訳)都市文化社 1984
  • 酒井秀夫(東京大学名誉教授、日本木質バイオマスエネルギー協会会長)

    1952年茨城県生まれ。東京大学農学部林学科卒。農学博士。東京大学農学部助手、宇都宮大学農学部助教授、東京大学農学部助教授を経て、2001年に東京大学大学院農学生命科学研究科教授に就任、現在に至る。研究テーマは、持続的森林経営における森林作業、林内路網計画、森林バイオマス資源の収穫利用など。

    この記事が掲載されている冊子

    No.58「森林」

    現在では、わが国伝統の材料である木材を、高度な集成木材(エンジニアリングウッド)のみならず、鋼鉄より軽くて強い植物繊維由来の素材であるセルロースナノファイバーなど、最先端材料に変貌させることができるようになってきました。国土の約7割が森林に覆われ、木材という豊富な資源を持つ日本で、私たちは森林とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
    本号では「森林」の現状を解明するとともに、この豊かな資源の活用をあらためて考察しました。
    (2017年発行)

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