都市のデジタルツインの今と将来への期待

葉村真樹(東京都市大学総合研究所未来都市研究機構 機構長・教授)

日本における都市のデジタルツインとその展望

都市のデジタルツインに対する期待は、日本でも拡大中である。国土交通省は2019年5月、デジタルツインを活用した「国土交通データプラットフォーム(仮称)整備計画」を発表、"フィジカル(現実)空間の事象をサイバー(デジタル)空間に再現するデジタルツインを実現することによって、業務の効率化やスマートシティ等の国土交通省の施策の高度化、産学官連携によるイノベーションの創出"を目指すとした。(※3)

この取り組みはその翌年の2020年にProject"PLATEAU"(プラトー)としてリリースされた。PLATEAUは、先に紹介したヴァーチャル・シンガポールと同様、セマンティクスとなっており、都市空間に存在する建物や街路といったオブジェクトに名称や用途、建設年といった都市活動情報を付与することで、都市空間そのものを再現する3D都市空間情報プラットフォームである。ここで目指すのは「都市のデジタイズ」ではなく、3D都市モデルの活用で全体最適・市民参加型・機動的なまちづくりの実現、すなわち「まちづくりのデジタルトランスフォーメーション」である。特に、セマンティクスの3Dモデルであることの価値として、国土交通省は以下の3点を挙げている。(※4)

1 ビジュアライズ(視覚性)
都市空間が立体的に認識できることで、説期力や説得力が向上

2 シミュレーション(再現性)
立体情報を持った都市空間をサイバー上に再現することで、幅広く、精密なシミュレーションが可能

3 インタラクティブ(双方向性)
フィジカル空間とサイバー空間が相互に情報を交換し作用しあうためのプラットフォームを提供

ただし、現時点ではPLATEAUそのものがリアル空間においてリアルタイムで取得したデータと連動しているわけではない。単体としてのPLATEAUはあくまで3D都市空間情報プラットフォームであり、それらのデータと連携する「場」であるということに留意する必要がある。

つまりPLATEAUをいかにプラットフォームとして活用できるか、という「ユースケース(使用事例)」が重要となる。特に、3D都市空間モデルであることの価値として、国土交通省も第一に挙げる「ビジュアライズ」が直接的な価値につながるユースケースが有効であろう。

その一つが「防災」である。これは、都市のデジタルツインのメリットとして3つ目に挙げた都市の「保守・運用」に該当する。具体的には、いわゆるハザードマップを立体的な都市構造の把握を可能とする3D都市モデルで活用すれば、理解しやすい形で災害リスクを視覚化でき、防災意識の向上に役立つであろう。こうした仮説に基づき、国土交通省は、アジア航測株式会社、株式会社建設技術研究所、日本工営株式会社を実施事業者として東京都23区をはじめとした全国四八都市について、洪水や津波の浸水想定区域図を3D化し、3D都市モデルに重ね合わせることで、水害などによる災害リスクを分かりやすく可視化するというプロジェクトを推進した。

PLATEAUによって災害リスク情報を3D可視化したハザードマップ ©国土交通省都市局Project"PLATEAU" 出典(※4)

次に、まさにデジタルツインとしての価値が期待できるのが「都市活動モニタリング」である。これは単なる可視化ではなく、リアルタイムデータと連携することで、都市の「保守・運用段階」において、多いなるメリットをもたらす。例えば、街に配備されたカメラやセンサーで取得した人やモノの流れのデータを、3D都市モデル上で可視化した上で、混雑を避けたルートなどのサジェスト情報をリアルタイムで住民や来街者に提供するイメージである。

株式会社日立製作所などの実施事業者は、リアル空間上に配備したレーザーセンサー(3D LiDAR)を用いた人流解析データをPLATEAUで可視化する実証実験を行っている。写真や映像を取得せずに正確な人の位置情報を計測可能な3D LiDARを用いることで、プライバシーを考慮しつつ高精度かつリアルタイムに都市活動を把握することが可能な点が特徴である。この実証実験は、市街地で平面的に人流計測を行うため、地方都市の中心エリア(愛媛県松山市駅前広場)と23区内の複合市街地(東京都江束区豊洲エリア)の2カ所で実施されたが、例えば豊洲では回遊/滞留行動促進のためのキッチンカーの配置や案内サイン設置など、広場のエリアマネジメントに活用が見込まれるという。

そして、最後に都市の「企画・設計段階」あるいは「建築・開発段階」に大きなメリットをもたらす「都市開発」である。これは、国土交通省もPLATEAUが目指すべきものとして位置づける「まちづくりのデジタルトランスフォーメーション」そのものであり、デジタルツインがもたらす価値の本命とも言える。

例えば、東京の大手町・丸の内・有楽町(大丸有)地区では、三菱総合研究所と大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会が実施事業者となって、PLATEAUの3D都市モデルをプラットフォームとして、人流を計測するためのセンシング機器の設置シミュレーションを実施している。従来はこのような作業は、リアル空間にセンサーを設置して計測範囲を確認したり、新たに図面を作成したりする必要があったが、3D都市モデル上にシミュレーション結果を可視化する環境を開発したことで、センサーの仕様や設置角度による計測範囲の確認をたやすく行えるようになったという点で意義深い。センサーをリアル空間に配備して、それを3D都市モデル上に連動させる、という本当の意味でのデジタルツインの基盤を提供する上でも、今後必要となる技術であろう。

3D LiDARによる都市活動モニタリングの例(東京都江東区) ©国土交通省都市局Project"PLATEAU" 出典(※4)
PLATEAUによるセンサー配置シミュレーション ©国土交通省都市局Project"PLATEAU" 出典(※4)

「都市開発」における活用ということでは、新たに創造する都市が人にとって心地よい空間になっているかどうかを可視化して検証できるというのも、価値のあるユースケースと言える。3D都市モデルというと、本稿に掲載した多くの図と同様、Google Earthなどで見慣れた俯瞰した都市をイメージする人が多いだろう。しかし、3D都市モデル上では、あたかもGoogle Street Viewのように人の視点で実際に見た景観を体験することができる。「都市開発」領域において、人による感性評価の検証という観点では、3D都市モデルの意義は、俯瞰よりもむしろ人の視点で、まだ見ぬ都市の姿を自由に体験できることは、見過ごされやすい価値だが、非常に重要だと言える。

2020年1月に米国ネバダ州ラスベガスで開催された世界最大規模のテクノロジー見本市CES(Consumer Technology Association Tech Event)2020で大々的に発表されたトヨタ自動車株式会社のWoven Cityもこのデジタルツインを活用することを宣言している。すなわち、都市の企画・設計段階で、人や車の流れ、都市機能が正常に動作するか、デジタル空間上でシミュレーションを重ね、実証検証を行うとしている。(※5)

Woven City構想のうち、極めてユニークなものとして、街を通る道を3つに分類し、それらの道を網の目のように織り込む、というものがある。一つ目はスピードが速い車両専用の道。2つ目は歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道。そして3つ目は歩行者専用の公園内歩道のような道である。

中でも2つ目の歩行者とパーソナルモビリティが共存する道は、現時点では世の中には存在しない。そのため、パーソナルモビリティがどれくらいの大きさやスピードで、形や挙動がどのようなものであれば人が恐怖心などネガティブな感情を抱かないか? というのは、分からない。しかし、これをまさしく人の視点から3D都市モデル上で体験できれば、企画・設計の段階で検証することが可能となろう。

トヨタがWoven City開発におけるデジタルツインの活用について最も強調するのが、「ソフトウェアファースト」。すなわち、ソフトウェアから「モノ」づくりをしていくというアプローチである。従来、都市というのは技術や文化の発展に伴い、少しずつ姿を変えながら現在の形に最適化されてきたが、圧倒的なスピードで技術進化が続く現在、都市の変化はテクノロジーの発達に追いつけなくなっている。どんな道路をどのくらい造ればいいのか。どんな住居が暮らしやすいのか。モビリティの姿はどうあるべきか。都市の上で行われるさまざまな活動のあり方についてのアイデアにはさまざまな選択肢がある。そしてそうした活動を支える「ソフトウェア」に従って、都市という「モノ」をつくっていくということである。(※6)

そして、デジタルツインを利用することで、リアルでつくる前に、デジタル上でさまざまなアイデアを試すことが可能となる。デジタルツインで、Woven Cityはかつてないほどの速度で進化していく可能性を秘めているというのである。

このように、都市のデジタルツインは、現在非常に大きな期待が寄せられているが、まだまだ実証研究段階のものも多く、実際の現場で大々的に活用されるまでには至っていないのが現実である。

ヴァーチャル・シンガポールは、その壮大なビジョンにもかかわらず、現在は停滞しているように聞く。国土交通省のPLATEAUについても、官民問わず、より多くのニーズを掘り起こし、具体的な商用利用や、市場創出に向けた取り組みを進めているが、これもまだ道半ばである。

国土交通省が提唱する「まちづくりのデジタルトランスフォーメーション」は、まさにトヨタがWoven Cityで志向するデジタルツインそのものであるが、どんなユースケースがあるか? という堂々巡りの議諭ではなく、実際にまちづくりの現場で不完全でもまずは使ってみる、そして改善して、より使えるものにしていく、というスタンスが必要なのかもしれない。

葉村真樹(東京都市大学総合研究所未来都市研究機構 機構長・教授)

1968年生まれ。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、博士(学術)。コロンピア大学建築・都市計画大学修士課程修了、M.Sc.。Google日本法人経営企画室 兼 営業戦略企画部統括部長、ソフトバンクiPhone事業推進室長、Twitter日本法人ブランド戦略部門・日本及び東アジア統括、LINE執行役貝(法人事業戦略担当)等を歴任。東京都市大学では、都市のデジタルトランスフォメーションをテーマに産官学共同研究をリードし、メディア戦略・イノベーション論・スマート社会創生論などの教鞭を執る。

この記事が掲載されている冊子

No.61「デジタルツイン」

「デジタルツイン(Digital Twin)」は、現実の世界にあるさまざまな情報をセンサーやカメラを使い、デジタル空間上に双子(ツイン)のようなコピーを再現する仕組みのことです。
製造分野においては早くからこの仕組みを活用し、デジタル空間で事前のシミュレーション・分析・最適化を行い、それを現実空間にフィードバックする試みが行われてきました。現在では、IoTやAI、画像解析等の技術の進化により、さまざまな分野にその活用が広がりつつあります。
本書では、デジタルツインの全体像をとらえるとともに、今後の可能性を紹介します。また、大林組技術陣による誌上構想OBAYASHI IDEAでは、デジタルツインを活用したあらたな街づくりの在り方を描いてみました。
(2021年発行)

都市のデジタルツインの今と将来への期待

葉村真樹(東京都市大学総合研究所未来都市研究機構 機構長・教授)

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