クローン人格
田丸雅智
「アナタノ、ナマエヲ、オシエテクダサイ」
部屋に響いてきた電子的なその声に、徹二はうんざりしてしまう。
人工的な印象は、やっぱり拭えないな、と。
しばらくすると同じ音声がまた流れ、徹二は仕方なく自分の名前を口にした。
「テツジ、デスネ。ワタシハ、トオル。ヨロシク、オネガイシマス」
スピーカーから流れる声には返事をせずに、徹二はため息をついてソファーに座る―。
そもそもは、突然やってきた娘がこんなことを言ったのがはじまりだった。
「お父さん、クローン人格って知ってる?」
徹二が首を横に振ると、娘はつづけた。
「その人の人格をデジタル上に再現したものでさ。日頃の発言とか発信とかをAIに学習させてって、声とか話し方だけじゃなくて、性格も考え方も本人そっくりの人格をつくりあげるの。最後は本当に本人と話してるのと区別がつかないくらいになるらしくって。それでさ、お父さん、そのクローン人格つくらない?」
途中まで適当に聞いていた徹二は、ぎょっとなった。
「おれの? というか、そんなおもちゃが何になるんだ?」
「おもちゃじゃなくて効果はいろいろあって。一番は、もし本人に何かあったときにクローン人格が本人みたいに代わりに答えてくれることだよ」
それを聞いて、徹二は鼻でふんと笑った。
「おれが死んだあとに、クローンがごちゃごちゃおまえたちに説教でもするっていうのか?」
「ううん、倫理的な問題もあるから、クローン人格は本人が亡くなって少ししたら消されることになってて。活躍するのは、基本的には本人が生きてるあいだ。ほら、脳梗塞とか認知症とかが原因で、意思疎通ができなくなったり正常な判断が難しくなることってあるでしょ? そういうときって、これまでは家族なんかが『この人ならこう考えるんじゃないか』って推測して判断してたわけだけど、それってすごく曖昧だし、悪意がなくても思いこみで歪んじゃうかもしれないじゃない? でも、クローン人格をつくっておけば、いざってときに本人に限りなく近い人格が代わりに判断してくれるから安心なわけ」
もちろん、と娘はつづける。
「ほかにもいろいろ使えるよ。病気の早期発見につながることとか。忘れっぽくなってたり、ろれつが回ってなかったり、そういう異常があったらアラートが鳴って、検査に行くように教えてくれるの。実際、それで軽症ですんだ人も多いんだって。あと、単純に話し相手になってくれるのも大きいと思う。お父さんさ、お母さんが亡くなってから一人暮らしで人と話す機会が減ったでしょ? だから、いい話し相手になると思うの」
徹二は少し考えてから、こう言った。
「AIは抜け目がないから、そうやってデータを抜いて監視でもするつもりなんじゃないのか?」
「なに言ってんの。そんなわけないじゃない」
「そもそも、AIには人間味がないから好きじゃないんだ」
「そんなこと言ってないでさー。もうデバイスも買ってきたことなんだし」
「は?」
困惑する徹二をよそに、娘は小型のスピーカーを取りだして部屋の隅に設置した。
「はい、あとはこれがウェアラブルのセンサーね。つけておいたら勝手に声を拾って解析してくれるから、なるべくいつも首にかけておいて。そうそう、AIはお父さんの名前から字をとって『トオル』って名前にしておいたから、ちゃんと呼んであげてね」
娘は一方的にそう話し、それじゃあ、と言って帰っていった。
娘の強引さに呆れつつも、徹二はクローン人格のトオルを起動してみたわけだった。
田丸雅智(ショートショート作家)
田丸雅智(ショートショート作家)
1987年愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、坊っちゃん文学賞などで審査員長を務めるほか、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動。国語教科書に、2020年度からショートショート書き方講座の内容が(小4向け教育出版)、また2021年度から小説作品が(中1向け教育出版)それぞれ掲載。「情熱大陸」、「SWITCHインタピュー達人達」などメディア出演多数。
No.61「デジタルツイン」
「デジタルツイン(Digital Twin)」は、現実の世界にあるさまざまな情報をセンサーやカメラを使い、デジタル空間上に双子(ツイン)のようなコピーを再現する仕組みのことです。
製造分野においては早くからこの仕組みを活用し、デジタル空間で事前のシミュレーション・分析・最適化を行い、それを現実空間にフィードバックする試みが行われてきました。現在では、IoTやAI、画像解析等の技術の進化により、さまざまな分野にその活用が広がりつつあります。
本書では、デジタルツインの全体像をとらえるとともに、今後の可能性を紹介します。また、大林組技術陣による誌上構想OBAYASHI IDEAでは、デジタルツインを活用したあらたな街づくりの在り方を描いてみました。
(2021年発行)