都市のデジタルツインの今と将来への期待
葉村真樹
デジタルツインとは?
デジタルツイン(digital twin)とは、リアル空間に存在するモノ(製品、建築物、機械など)や発生しているコト(製造工程、天候や人流、稼働状況など)の情報を収集、これをリアルタイムに、リアル空間とデジタル空間の間で連携させたシステム・概念を意味する。リアル空間から取得した情報をもとに、デジタル空間にリアル空間の双子(ツイン)を再現する技術ということで、「デジタルツイン(デジタルの双子)」と呼ばれている。
デジタルツインの概念を理解するよい例は、映画『アポロ13』(1995年のトム・ハンクス主演のアメリカ映画)で詳しく描かれている。1970年4月13日、地球から33万キロ離れた宇宙空間で、アポロ13号の酸素タンクが爆発、3名の乗組員の生命が脅かされた。彼らを救うべく、NASAのエンジニアチームは地球上でアポロ13号のツインのようなレプリカを用意。そのレプリカの宇宙船内で問題解決のシミュレーションを行い、結果を宇宙のアポロ13号にただちに送ることで、乗組員は危機に対処でき、無事地球へ帰還したという実話に基づいている。
現在、これと同じようなアプローチを、地球上のレプリカではなく、デジタル空間上のツインで行うことを、まさにデジタルツインと呼んでいる。アポロ13号の例で分かるように、デジタルツインの最大の価値は、デジタル空間にリアル空間を再現することによって、事前のシミュレーション・分析・最適化を行い、それを物理空間にフィードバックすることにある。
デジタルツインは単なるデジタル空間におけるシミュレーションと大きく異なる。単なるデジタル空間上におけるシミュレーションは、リアル空間で発生した事象を観察・記録した上で、事後的にデジタル空間上で解析、再現するだけであるが、デジタルツインは、デジタル空間上にリアル空間と連動した環境が再現されており、そこで将来予測を行うため、リアルタイム性が高いものとなっている。
これを可能とした背景には、リアルタイムで発生しているコトに関する情報を取得するIoT(Internet of Things=モノのインターネット)技術、取得したデータを伝達する超高速・大容量かつ超低遅延、同時接続可能な5G(第五世代通信規格)技術、そしてそれらのデータを分析・処理するAI(Artificial Intelligence=人工知能)技術の進化がある。これらの技術の飛躍的な進化は、リアル空間でこれから起きるであろう事象をリアルタイムにデジタル空間上で予測することを可能とし、今後発生する問題を回避するために、リアル空間へ適切なタイミングでアプローチすることさえも、実現可能なものへと変えたのである。
デジタルツインの活用例
デジタルツインの実用化は、まず工場や製造現場で始まった。例えば、製品の状況をリアルタイムでチェックしデータを取得して製造開発に役立てる企業もあれば、製造プロセスや制御システムを、デジタルツインの活用によって連携させ生産性の向上をはかる企業もある。
デジタルツインという言葉の普及に大きな貢献を果たした企業としてゼネラルエレクトリック(GE)が挙げられる。GEの航空機製造部門であるGEアビエーションでは、ジェットエンジンに数多くのセンサーを設置して、飛行中も含めてエンジンの稼働状態をリアルタイムでチェックしている。嵐や雨といった気象状況だけでなく、燃料の特性や外気温、砂埃といった吸い込み粒子の量、さらにはバードストライク時にどのようなことが内部で起こっているかといったフライトごとに収集したデータを分析。デジタル空間のモデルに反映していくことで、どのパーツの交換がどのくらいの期間で必要かを把握し、保守・メンテナンスの効率化につなげ、故障の予見、さらにはより安全性の高いエンジン開発に役立てている。そして、このような自社製品で培ったデジタルツイン技術を、Predixと呼ぶIoTプラットフォームに組み込み、他業界へ応用したサービスを展開した。(※1)
GE同様に早くからデジタルツインに着目していたのが、ドイツのシーメンス社である。シーメンス社によると、3つのデジタルツインを考えているという。
一つ目は、製品のデジタルツインである。これは、製品の開発や設計の段階において、シミュレーションモデルと実験データを使って製品リリースまでの時間を短縮することに活用できる。
2つ目は、生産のデジタルツインである。これは、工場のデジタルツインとIoTデータでリアル空間とデジタル空間が互いに連携し、データをフィードバック・ループすることで生産性改善に役立つ。
そして、3つ目は、性能のデジタルツインである。これは、市場に出回っている製品からの使用状況などのデータを活用することで、次に販売する新製品の品質改善を行うものである。(※2)
シーメンス社は、これら3つのデジタルツインを製造現場で実現すべく、MindSphereと呼ぶIoTプラットフォームを多くの企業へ提供することを事業として推進している。
都市のデジタルツイン
デジタルツインの都市への応用ということでは、2014年からシンガポールが推進する「ヴァーチャル・シンガポール」が最も有名であろう。シンガポールの地形や景観、建築物、交通網といった全てを3Dモデル化し、都市と人口動態などがどのように変化していくのかを可視化することを第一の目的としている。さらには災害に対する影響や日照時間までシミュレーションできるように想定されているといい、街中のセンサーや公的機関のデータ、個人のスマートフォンのGPS情報など、あらゆるデータを集約することで、さまざまなシミュレーションを実行することも想定された一大事業であった。
ヴァーチャル・シンガポールにはフランスのソフトウェア企業ダッソー・システムズの3D Experiencityというプラットフォームが利用されている。この3Dマップの操作は、3D化されたGoogle Earth上を飛び回り、ある場所をクリックしてその場所のデータを取得する状況を想像すると分かりやすいだろう。
ただし、ヴァーチャル・シンガポールには、Google Earthとは異なる重要な点が―つある。Google Earthなどは「目に見える形」を再現した地図でしかないが、ヴァーチャル・シンガポールの3D都市モデルは、セマンティクス(意味を持つモデル)となっている。一つのビルでも外壁や屋上などそれぞれの面が分割されており、そのビルがオフィスなのか商業施設なのかという属性情報も持っている。視覚的な再現だけでなく、人にとっての役割も含めた「都市空間そのもの」をデジタル上に再現したデータとなっているため、例えば自動車道路と歩道を区別して情報を重ね合わせて確認することが可能なのである。
そして、そのメリットは、「このような建物を造るとこのエリアの風通しがこれだけ変わる」とか、「このような道路をここに通すと、渋滞が〇〇%緩和される」「このような区画割りをすれば、これらのビルの壁面と屋根に設置した太陽光パネルの効率が〇〇%向上する」など、実際に都市開発を行う前に、開発による経済的、社会的なインパクトをシミュレートすることができることにある。
現時点ではヴァーチャル・シンガポールの整備は遅れており、このような都市のデジタルツイン化によるメリットはまだまだ依然として構想の段階にある。しかし、都市開発に関わるあらゆる情報、すなわち都市計画、設計、資金調達、開発、運営に関する情報を、リアル空間で実行する前にデジタル上で可視化、予測、検知することは、下図に示すような都市開発に関わる利害関係者にとっての「ペイン(痛み)」の解消につながるだろう。
工場などの製造現場におけるデジタルツインは、既に製造現場が抱えるさまざまな場面で「ペイン」を解消することで、多くのメリットをもたらしているが、都市においても同様なメリットを提供するのではないか、と大きな期待をもてるのである。
製造現場において既に確認されているデジタルツインのメリットの中でも都市においても期待されるものについて、シーメンス社の3つのデジタルツイン同様に、企画・設計→建築・開発→保守・運用の三段階別にみると、以下のように整理できよう。
1 企画・設計段階でのメリット
・コスト削滅
製造現場においては、デジタル空間上でヴァーチャル試作が可能となったことで、試作にかかるコストを大幅に削減することができている。都市においても事前シミュレーションをデジタル上で検証できれば、同様のメリットをもたらすことにつながろう。また、デジタル上でのシミュレーションには、製造・開発に必要な人員や期間などのコストの予測も含まれるため、精度の高いコスト試算も可能となり、結果的にコスト削減につなげることができる。
・リスク回避と品質向上
多くの試作や、あらゆる条件下における品質検証がデジタル上で可能になることで、リアル空間で実施した場合には見出すことのできない設計・製造・開発上のリスクを洗い出すことができる。それとともに、最終的な製品や建築・都市空間について設計者が企図した機能を発揮できるかどうかの検証も可能となるため、品質向上につなげることができる。
2 建設・開発段階でのメリット
・迅述なトラブルシューティング
設備や機器に由来するトラブルについてリアルタイムで把握することができる製造現場では、その原因究明までの時間が大幅に短縮されている。また、トラブル発生前に異常検知ができれば、トラブルを未然に防ぐことも可能となる。これと同様のメリットが建設・開発現場でも期待できる。
・工期や人員配置の最適化
人員の稼働状況や在庫の状況をリアルタイムに把握できる製造現場では、人員や在庫の最適化が可能になり、リードタイムの短縮や製造コストの削減につなげている。これと同様に建設・開発現場でも、人員の稼働状況や開発進捗に合わせてエ期や人員配置を最適化することが可能となる。
3 保守・運用段階でのメリット
顧客に販売した製品がネットワーク上でつながっている場合には、その製品の状況をリアルタイムで把握することができるため、適切なタイミングで、適切な内容のアフターサービスを顧客に提供することができる。これと同様に施主やテナントに引き渡された施設の設備などの状況が把握できれば、同様のアフターサービスを提供することが可能となり、建設・開発した施設などの価値向上とともに、アフターサービスによる開発収益向上も期待できる。
- ※1 GE Reports『デジタル・ツイン:データを分析して将来を予測する』
https://www.gereports.jp/digital-twin-technology/ - ※2 IoT NEWS『製造業の「Closed-Loopのデジタルツイン」を実現するーシーメンス泉氏』
https://iotnews.jp/archives/156683
葉村真樹(東京都市大学総合研究所未来都市研究機構 機構長・教授)
葉村真樹(東京都市大学総合研究所未来都市研究機構 機構長・教授)
1968年生まれ。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、博士(学術)。コロンピア大学建築・都市計画大学修士課程修了、M.Sc.。Google日本法人経営企画室 兼 営業戦略企画部統括部長、ソフトバンクiPhone事業推進室長、Twitter日本法人ブランド戦略部門・日本及び東アジア統括、LINE執行役貝(法人事業戦略担当)等を歴任。東京都市大学では、都市のデジタルトランスフォメーションをテーマに産官学共同研究をリードし、メディア戦略・イノベーション論・スマート社会創生論などの教鞭を執る。
No.61「デジタルツイン」
「デジタルツイン(Digital Twin)」は、現実の世界にあるさまざまな情報をセンサーやカメラを使い、デジタル空間上に双子(ツイン)のようなコピーを再現する仕組みのことです。
製造分野においては早くからこの仕組みを活用し、デジタル空間で事前のシミュレーション・分析・最適化を行い、それを現実空間にフィードバックする試みが行われてきました。現在では、IoTやAI、画像解析等の技術の進化により、さまざまな分野にその活用が広がりつつあります。
本書では、デジタルツインの全体像をとらえるとともに、今後の可能性を紹介します。また、大林組技術陣による誌上構想OBAYASHI IDEAでは、デジタルツインを活用したあらたな街づくりの在り方を描いてみました。
(2021年発行)