火星の大地創成—クレーターのパラテラフォーミング

構想:大林プロジェクトチーム

2 建設計画

候補地の選定

火星には無数のクレーターが存在する。その数は直径1km以上のものだけでも数十万個に上る。しかし、パラテラフォーミングに適した候補地を選定するためには、いくつかの条件を満たす必要がある。プロジェクトチームは、NASA、SpaceX、日本火星協会などが検討してきた火星居住候補地の研究を参考にしながら、候補地を設定した。

まず重要なのは、水が得られる地域であるということだ。水は生命維持に不可欠であり、天蓋の建設にも必要となる。また、植物の光合成や生態系の維持にも大量の水を要する。

これまでの調査で、北半球の北緯40度以北には水分が多く存在することがわかっている。火星探査機の観測によると、これらの地域では地下に氷が存在し、場所によっては地表から数cmの深さで氷に到達できるという。

次に、高度が低い地域であることも重要な条件である。火星探査機は大気の抵抗を利用して減速するため、大気が濃い低地のほうがより安全に着陸できる。また、気圧も若干高くなり、天蓋内の気圧との差を小さくできる。

極端に低温でない地域であることも必要だ。極地方は冬季に-120℃以下まで冷え込む。赤道付近は比較的温暖だが、水資源が乏しい。そこで北緯40度付近という、水の調達可能性と気温の点を考慮した地域から候補地を検討した。

さらに砂嵐の影響も考慮した。火星では日常的に砂嵐が起きる。時として大規模な砂嵐により、長い間太陽光が遮られることもある(※5)。天蓋内の植物は光合成のために太陽光が必要で、砂嵐が頻発する地域は適さない。大規模なものは避けられないとしても、少しでも砂嵐の頻度が少ない緯度を選ぶ必要がある。

本プロジェクトでは、以上に述べた事項を候補地の位置の条件とした。クレーターの大きさについては、直径50km、深さ2.5kmのクレーターを標準モデルとして設定し、パラテラフォーミングの検討を進めた。これは面積にして東京湾とほぼ等しい空間である。

このモデルの策定にあたっては、過去の研究から得られたクレーターの規模と深さに関する統計的指標を準用した。クレーターの深さは、基盤となる岩盤の硬度やその後の風化の度合いに左右されるが、本プロジェクトでは風化によって底面が平坦化した個体を想定している。

本モデルと類似した形状を持つ実在クレーターの等高線図 ※NASA Mars Trekデータをもとに作成

また、クレーターの断面形状についても先行研究の知見に基づき、構造的妥当性を持った数値を設定した。なお、本モデルと類似した形状を持つ実在の地形として、北緯27度、東経12度付近、マジーニ・クレーター(Maggini Crater)に隣接するクレーターをここに挙げる。構造シミュレーションによれば、天蓋は水平に設置し、中央部の最高高度は底部から2.5kmとなる。天蓋の厚みはわずか16mで、全体の大きさと比べたときの比率からすれば、シャボン玉の膜のように非常に薄い。この空間の中に、湖や河川、森林、草原を配置し、一つの完結した生態系を構築し、人類が生活を営むことを可能にするのである。

※5 火星表面の砂(レゴリス)は微細で、弱い風でも容易に巻き上げられ、砂嵐に発展することが少なくない。また、火星にも地球と同じように偏西風があり、砂嵐の起こりやすい場所も偏西風とともに移動する。偏西風が強まりながら南下する秋から冬にかけての時期には、数週間から数カ月にわたって火星全体を覆うほどの砂嵐が発生することもある。

土木施工

天蓋を架ける前に、まずクレーター内の大気を保持できる気密な「器」に仕立てなければならない。大林組が培った土木施工技術が最も発揮される工程である。

施工環境はきわめて過酷だ。重力は地球の約3分の1、大気は二酸化炭素主体で真空に近く、地表温度は-63℃、地下数mで約-30℃である。

一方でこの極低温は、後述する凍結工法に利用できるという逆説的な利点を持つ。クレーターの地質は三層構造をなしている。最上層はレゴリスと呼ばれる未固結の砕屑物で、これは隕石の衝突で噴出した角礫、砂、粉塵が堆積したものである。その下には「衝撃溶融岩」が存在する。これは隕石の衝突エネルギーで基盤岩が溶融し、流れ出して冷却固結したもので、部分的には緻密な不透水層となる。最深部は隕石衝突による無数の亀裂を持つ基盤岩で、溶融岩が流入した亀裂も含まれる。この三層構造を理解したうえで、気密性をどう確保するかが施工計画の出発点となった。

最初に行うのはシール層の設置で、気密性を確保するため二重に構築する。

第一のシールは深部凍結シール層である。クレーター底部から数十mの深さに、地下に存在する氷を電力で加熱・融解させ水にする。ボーリング工にて一定深度まで穿孔した縦孔に断熱パイプを挿入し、これを介して岩盤の亀裂へ水を注入する。注入された水は周囲の岩盤に熱を奪われて急速に凍結する。これを繰り返すことによって連続した氷のシール層を形成する。これは地球上の建設現場で用いられる「凍結工法」や「薬液注入工法」、「岩盤グラウチング」等を応用したものだ。クレーター深部に存在する亀裂の少ない「衝撃溶融岩」も、天然不透水層として活用する。

第二のシールは地表面の遮水・気密シートである。クレーター側面の急峻な斜面を階段状に段切りし、気密シートや盛土のずり落ち防止を図ったうえに、天蓋の材料としても使われるETFE(エチレンテトラフルオロエチレン)素材のシートを全面に敷設する。このシートの上に、底部・斜面部にシートを敷設するための基盤整備として、あらかじめ掘削して仮置きしておいたレゴリスを10m程度の厚さで被覆する。この被覆土が、将来植物を育てるための土壌の基盤となる。

こうして深部凍結シール層と地表面の遮水・気密シートによる二重構造で、天蓋内部の大気が地下に漏れ出ることを防ぐ。

【土木施工プロセス】

天蓋の施工

天蓋の材料には、前述のETFEというフッ素樹脂を使用する。ETFEは透明性、可撓性(しなやかさ)、耐候性、難燃性に優れ、紫外線にも強い。何より最大の利点は、材料のフッ素や炭素が火星の地表資源から調達可能で、現地で3Dプリンターを用いて製造できることである。また、ETFEペレットを溶融し、熱融着で膜を形成する際、気温が非常に低いため水を使わずに自然冷却でき、大気が真空に近いことから地球より透明度の高い膜になる。

天蓋は二重膜構造の水層と断熱・熱放散遮蔽層からなり、全体の厚さは16mである。上下2枚のETFE膜(各約10mm厚)の間に14mの水層を注入する。この水層が3つの重要な役割を果たす。第一が宇宙放射線の遮蔽で、内部の人間や生物を守る。第二が天蓋の重量調節で、内圧と自重を釣り合わせるための重しとして水が機能する。また、水層の厚さを場所によって変えることで、膜各部の重量バランスを微調整する。クレーターの形状に沿ってつくられた凹型の天蓋は、力を一様にかけても水平にはならない。水深を場所ごとに変え、天蓋にかかる力の分布を調整することで、凹型の形から最終的に水平な形へと変化させている。第三が静電気の抑制で、樹脂膜は静電気を帯びやすいが、水が接触することでこれを防ぐ。

【天蓋断面図】

ETFE膜にはガラスファイバーがメッシュ状に内蔵される。ETFEの弱点である引き裂き強度を補うためだが、透明なので光の透過を妨げず、さらに内部に光を通して点灯することで補光として植物の光合成にも寄与する。天蓋の最上部には断熱・熱放散遮蔽層として空気層を二段設ける。夜間や冬季に内部の熱が外部に逃げるのを防ぎ、水層の凍結防止の役割も果たす。天蓋の内面にはガスバリア膜(100μm)を施し、内部の酸素が外に漏れるのを防ぐ。天蓋に破損が生じた場合は、ETFE膜を当てて熱融着すれば容易に補修できる。

水層の二重膜は仕切り壁によって複数のユニットに分割される。各ユニットは六角柱の形状を持ち、上部から眺めると各辺25mのハニカム構造を構成している。ユニット間を仕切ることで、万一の破損時にも被害は当該ユニットのみですむ。

天蓋の製造は6つの工程を経る。まずクレーター底部の地盤上に型枠を設置し、3Dプリンターで屋内側のETFE膜を成形する。型枠にガスバリア膜を先に吹き付けた後、ETFEペレットを溶融押出し、熱融着でつなぎ合わせて膜を形成する。屋内側、垂直面、屋外側の順に二重膜を組み立て、水の注入孔を残しておく。続いて天蓋の最上部に3Dプリンターで断熱・熱放散遮蔽層を積層する。

天蓋ユニットの製造が完了すると、リフトアップ工程に入る。まずクレーター底部の地形に合わせた形状で天蓋を地組みする。次に火星大気の二酸化炭素を天蓋の下に導入して加圧し、天蓋を鉛直上方向にリフトアップする。この段階では二酸化炭素の圧力はわずか0.007気圧程度だが、水を注入する前の天蓋自重は非常に小さいため、その圧力によって生じる上向きの力だけでも天蓋を浮き上がらせることができる。天蓋がほぼ水平になった段階で二重膜の各区画に水を注入し、水の重量と内圧のバランスを取りながら、内部を0.5気圧まで徐々に高めて密閉空間を完成させる。最後に、注入孔をETFE膜の熱融着で塞ぐ。

クレーター形状を有する地表面から天蓋全体をほぼ水平な形状まで膨らませるためには、天蓋の重量分布を一律には設定できず、地形条件に応じて場所ごとに最適化する必要がある。クレーターが必ずしも同心円状でなく、最深部が偏芯した形状である場合においても、注入水の分布を調整することで、地形の違いに対して一定の対応が可能と考えられる。

一方で、天蓋は外周部を固定しないため、端部の伸縮に対する対策が重要な技術課題となる。天蓋を地表面からリフトアップしていくと、中央部は最大で約2.5km持ち上がる一方、端部は水平方向におよそ200m外側へ広がる。さらに、構築後においても、温度変化の影響により数十m規模の変位差が生じる。天蓋端部については、地表面をあらかじめ整形し、端部の曲率をできるだけ緩やかにすることで、天蓋の外周部全体がすべり支承(※6)的に機能し、水平方向の変形を過度に拘束しない仕組みを構成する。

シミュレーションの結果、土木施工も含めて天蓋の構築に約100年かかると想定している。

※6 地震時にすべり材を滑らせることで建物への揺れを低減する装置

【天蓋ユニット製造プロセス】
【天蓋ユニットリフトアップ工程】

この記事が掲載されている冊子

No.65「大地」

生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)

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