火星の大地創成—クレーターのパラテラフォーミング

構想:大林プロジェクトチーム

4 自然の循環を生み出す

過塩素酸塩を含む土壌の浄化

火星のレゴリスには、生物に有害な過塩素酸塩が高濃度で含まれる。人間が摂取すると甲状腺機能などに悪影響を及ぼすため、カリフォルニア州の飲料水基準では6ppb(Parts Per Billion=10億分の1)以下と厳しい規制値が定められている。地球上でも米国の乾燥地帯やチリのアタカマ砂漠などに存在するほか、さまざまな産業用途にも使われ、工場周辺の土壌・地下水汚染が問題となっている。

土壌浄化には、いくつかの条件が整っている必要がある。天蓋が完成して気温が微生物の増殖可能な範囲まで上昇していること、底面の遮水層が完成していること、一定の電気エネルギーが利用できること、そして過塩素酸塩をほぼ含まない水を供給できる態勢が整っていることだ。これらが満たされた段階で、本格的な浄化工程に入る。

プロジェクトチームはこの問題に対して、大林組が地球上で蓄積してきた土壌浄化技術を応用する二段階の浄化プロセスを立案した。第一段階は物理的浄化である。過塩素酸塩は水に溶けやすいため、シアノバクテリアの培養を終えた水盤に土壌を入れて、土壌の上から淡水を浸透させて底面から排水することで洗い出す。これは汚染土壌の原位置洗浄技術(※13)の原理を縦方向に応用したものである。

第二段階は生物的浄化(バイオレメディエーション)である。原位置土壌洗浄で過塩素酸塩の濃度が低下した段階で、過塩素酸塩を分解する嫌気性微生物(分解菌)を投入する。微生物の栄養源には、あらかじめ水盤の一部で培養しておいた油生産藻類から製造したバイオエタノールを用いる。油生産藻類はシアノバクテリアとは別に培養され、藻類培養プラントでエタノールに精製される。微生物が過塩素酸塩を無害な塩素と水に分解するのである。塩素は、火星に豊富に存在するナトリウムと結合させて塩化ナトリウムとして回収し、中央調整池の「海水」成分となる。こうした土壌浄化技術はすでに現在実用化されており、パラテラフォーミングの実現可能性を支えている。

※13 注水井戸と揚水井戸を使って土壌中の水の流れを制御し、汚染された土壌をその場(原位置)で浄化する工法

【浄化プロセス】

気象を創り出す

天蓋の中ではどのような天気が生まれるだろうか。プロジェクトチームは気象シミュレーションを実施し、天蓋内部の温度、風、雲、降水について検証した。

まず温度である。火星は地球の約1.5倍太陽から離れているため、届く太陽エネルギーは地球の約0.43倍、1m2当たり約590ワットである。天蓋を通過すると地表に届くのはさらにその約20%となる。

しかし、天蓋の水層が大きな熱容量を持つこと、天蓋上部の断熱・熱放散遮蔽層が内部の熱を外部へ逃がさない「毛布」としての機能を持つことから、天蓋内部は季節的な変化を含めて10〜30℃程度の温度に保たれる。シミュレーションでは、地球と同様に昼は温度が上昇し、夜は低下するという日変化パターンが再現された。火星の自転軸の傾きは地球に近い約25°で、年間を通じた季節変化も生じる。火星の1年は地球の約2年分(687地球日)に相当し、長い夏と長い冬がゆるやかに訪れる。

風も吹く。水面と陸面の温度差によって気流が発生し、天蓋内部には秒速1m前後の穏やかな風が常に流れている。これは植物の花粉を運ぶのに十分な強さである。さらに火星の自転によるコリオリの力(※14)により、北半球ではクレーターの中央から外周に向かう気流は上から見てゆるやかな時計回りの回転を伴い、逆に外周から中心に向かう気流には反時計回りの回転が伴う。

雲もできる。上昇気流のある場所では気流と一緒に上昇、冷やされて凝結し、水滴(雲粒)となることで雲が形成される。

降水もある。また地上には露もおりる。

※14 回転する物体上で動くものに働く「見かけの力」

【クレーター内の気象の三次元シミュレーション】

しかし、ここで地球とのやや大きな違いが現れる。天蓋の中では、まとまった雨が降りにくいのである。

その理由は2つある。一つは火星の重力が地球の約3分の1しかないことだ。地球では空気が1km上昇すると断熱膨張によって約10℃温度が下がるが、火星では重力が小さいため、約3.5℃しか下がらない。そのため、上昇時の温度低下による水蒸気の凝結が抑えられ、結果として雨滴へと成長できるほどの雲粒が十分な量つくられにくくなる。もう一つは、空気が上昇できる高さが天蓋の高さに制限されていることである。水蒸気を含んだ気流が上昇できる高さが十分にあれば、高度の上昇に伴って気温は低下し、雲や雨ができやすくなる。しかし、天蓋の中ではそうはいかない。地球上の入道雲のように背の高い雲が発達できる高さが足りない。そのため、雲からの凝固水滴はわずかで、天蓋からの結露水が主となる。そこで、内部の水循環を維持するために人工的な手も借りることになる。二酸化炭素や酸素、窒素分子より軽いことも手伝って天蓋に集まりやすい湿気(水蒸気)を強制除湿装置で機械的に凝結・回収し、水路ネットワークを通じて再び土壌や水盤に供給するのが一つの方法である。

除湿に要するエネルギーは試算では数十ギガワットに及ぶ。地球では大気により自然に行われる水循環だが、火星では何か工夫しなければ膨大な設備とエネルギーが必要になるのである。また、光合成を継続するための二酸化炭素は、人工降水プロセスにも活用する。火星大気の二酸化炭素から生成した微細粒子状のドライアイスを天蓋内に散布すると、水蒸気を含む空気が局所的に冷却され、ドライアイスの粒子が氷核となり、雨粒の成長を促進する。さらに、菌類や植物の光合成が活発化すると、それら生物が放出する胞子や花粉などが空間内を浮遊し、冷却された雲内で追加的な氷核として作用する。これにより、人工降水と生物降水サイクルが連動した循環が生じ、自然に近い降水が実現する。このドライアイスの投入量やタイミングは、数値気候モデルに基づき、ロボットおよびAI技術によって精密に制御される。その結果、生態系機能の成熟とともに、空間内の温湿度は生物の生育に適した範囲に維持される。

このような降水管理により、強制除湿装置による機械的な凝結・回収や、水路ネットワークを介した人工的な水循環に要するエネルギー需要は大幅に低減できる可能性がある。

以上述べたように、火星のパラテラフォーミングで、温度、風、雲、降水の四要素を再現することは可能である。

【天蓋内の気流・水の流れ】

物質循環とエネルギー

パラテラフォーミングに必要な物質は、すべて火星の現地で調達できることが計算によって確認されている。最も大量に必要なのは天蓋の水層に注入する水で、約270億t。仮に地下の氷を、土壌中の含水率30%として、深さ3m程度の土砂から回収できるとすると、170km四方から回収すればまかなえる。

大気に必要な窒素は約17億tだが、火星の大気中の窒素は必要量の約400倍存在する。複数のクレーターにパラテラフォーミングを展開可能な量である。二酸化炭素は火星大気の95%を占め、潤沢に確保できる。酸素の約13億tは光合成によって生成される。植物の必須栄養素であるリンやカリウムも、火星の土壌には地球より高い濃度で含まれている。

しかし閉鎖空間内で生態系を維持するためには、自然の物質循環に加えて人工的な制御が不可欠である。特に重要なのは前述した湿度制御と、炭素回収の2つだ。

動物がほとんどいない初期段階では植物に炭素が蓄積される一方であるため、例えば、余剰炭素を枯れた植物の炭化等により無機化し、外部へ排出するなどの仕組みが必要になる。

これらの設備を動かすエネルギーは膨大である。試算では植物栽培の補助光源だけで約200ギガワットが必要とされる。

プロジェクトチームが最も有望と位置づけるのは核融合発電である。火星の水に含まれる重水素を燃料とし、1gの重水素で石油8t分のエネルギーを生み出す。水の回収時に副産物として得られる重水素を蓄えれば、常時200ギガワットの電力を使用しても約1万年分以上の燃料が確保できる計算だ。核融合発電は地球でも2050年前後の実用化が目標とされており、パラテラフォーミングの時間軸には十分間に合う。

補助的には、火星の静止軌道上に太陽光発電衛星を設置してレーザーで送電する宇宙太陽光発電、太陽光を直接反射して天蓋内に送り込むミラー衛星も活用する。天蓋外部に砂塵が堆積すると発電量や光の透過率が低下するため、火星特有の砂嵐への対策も不可欠である。砂嵐の後には自律ドローン等を活用して天蓋表面の砂塵を除去し、光環境を維持する。

火星で創成できない物質や設備については、「宇宙エレベーター」を活用して地球から運搬する。

火星上での必要物質を地球から運ぶことを考えた場合、輸送コストが課題であり続ける。幸い、火星の最大のアドバンテージは、ほとんどすべての材料が現地で得られることにある。窒素や二酸化炭素を利用して大気を形成する以外にも、火星の表層物質から建材を製作したり、表層物質に含まれる物質を利用してフッ素樹脂やプラスチックを製作したりすることもできる。焼結により建材を作成したり精錬により鉄やアルミニウムを抽出して金属製品に加工したりすることも可能である。

パラテラフォーミングの時間スパンのなか、これらの作業は、AIやフィジカルAIを活用した現地製作のロボットが自律的に担うことになるだろう。パラテラフォーミングの主役をなす微生物や植物や動物も、細胞とDNAデジタルデータを持ち込むだけで、水や炭素や窒素などから増やすことができる。火星パラテラフォーミングの設計は現地資源の最大利用が基本となる。

それでも火星に輸送しなければならない最低限の人員や貨物は、輸送コストを格段に低減できる宇宙エレベーターが担うことになる。地球だけではなく火星にも設備を置くことで、双方の惑星で出発・帰還のコスト削減の恩恵を受けることが可能だ。定期的なシャトル輸送便が運航されることだろう。

【物質循環と必要資源量検討】

この記事が掲載されている冊子

No.65「大地」

生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)

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