火星の大地創成—クレーターのパラテラフォーミング

構想:大林プロジェクトチーム

大地創成の意義—地球の奇跡を見つめ直す

約300年の歳月を経て、パラテラフォーミングは一段落する。赤茶けた岩石と砂塵に覆われていたクレーターの底に、青い湖と緑の森林が広がり、穏やかな風が草原をわたる。天蓋を透過する陽光のもと、人々は地球と同じように呼吸し、大地を踏みしめて歩くことができる。酸素分圧0.2気圧、窒素0.3気圧の大気は、地球の高地に相当する環境ではあるが、健康な成人であれば問題なく生活できる水準である。

しかし、そこは地球ではなく、火星の環境の中で独自に進化を遂げた火星である。空に雲が浮かび、わずかな降雨はあるものの、人工的な降水を除湿装置と水路を利用して循環させている。酸素を生むために200年にわたって微生物と植物を育て続ける一方、土壌をつくるために毒性物質を除去し、有機物を一から蓄積しなければならなかった。地球では当然のように存在するものの一つひとつが、火星では気の遠くなるような技術と時間をかけてようやく手に入ったのだ。火星の大地に立ったとき、人類は地球の自然環境がいかに絶妙なバランスの上に成り立っているかを、身をもって知ることになるだろう。

惑星の質量、太陽からの距離、大気の組成、磁場の存在とその強さ、液体の水の存在—さまざまな条件が重なった結果、雨が降り、川が流れ、森が育ち、動物たちが大地を駆ける。私たちが日常的に目にしている風景のすべては、こうした稀有なめぐりあわせの産物なのである。

いつの日か、火星のクレーターに緑のオアシスが生まれたとき、それは人類が培ってきた技術の結晶であると同時に、私たちが地球の環境をどれほど大切にすべきかを伝える、雄弁なメッセージとなるはずである。

画像提供:アフロ

プロジェクト総括

火星の「地球化」(テラフォーミング)への関心は世界的にも尽きることはない。無人探査で火星の素顔が明らかになるにつれ「火星地球化」の基本的な考え方も更新されている。今回、最新の科学的知見と進化する建設技術の融合により、世界にも類のない包括的な火星テラフォーミング像を描くことを目指した。

建設会社がなぜ宇宙、とりわけ火星に目を向けるのか、という質問にはいくつかの回答が考えられる。第一に、宇宙の構造物は地上と同様さまざまな分野の専門家の協力を得て完成する点だ。一つの構造物を構築するためには、宇宙でも地上でも、構造、材料、意匠、設備などの知識が必要となる。大きな違いは重力である。地球上では基本的に私たちが日ごろ体験している重力(1Gという単位で表す)に支配されるのに対し、宇宙は微小重力や低重力の環境である。火星上では約3分の1の重力(約3分の1G)で構築物を計画しなければならない。今回のプロジェクトにおいては、建設会社の特徴を十分に生かしてさまざまな分野の専門家が横断的に結集し協力しつつ、総合力・技術力・研究力を発揮し、建設会社ならではの独創性あふれる提案と論理に基づき火星の未来像をつくり上げた。

第二の観点は、月や火星という重力天体には「大地」があるという点である。地面の上に構造物をつくるので建設会社の技術を十二分に生かすことができる。特に火星には火成岩を基本として、水が流れた跡が見られるように、風化による二次鉱物が過去に形成された可能性がある。また地球上と同様に土壌を得るための材料がそろっている。本プロジェクトの目的である大地の創成には火星が最適であり、その手段としての土壌化・緑化は建設会社の得意な技術である。今回のプロジェクトでは、有害汚染土の浄化など、近年新たに建設会社が開発・獲得した技術も盛り込んだ。

第三に、地上の建設プロジェクトと同様、長期にわたって単品構造物を建設するメガプロジェクトという点である。さまざまな職種・工種を段取り良く組み合わせ、最適な工程を引き、その工程を管理しつつ建設を進めていく。まさに地上の建設プロジェクトと通底する計画論である。

今回のプロジェクトでのパラテラフォーミングの到達点は、火星での「大地創成」プロセスの完了段階とした。気密空間内で人間が初めて酸素マスクを外して自然の大気を呼吸する光景をエピローグの絵姿と想定し、その後の展開は読者の想像に任せることとする。

最後に、本プロジェクトが人類にとってどのような意味を持つかを考えておきたい。地球では、生命が生まれたのち、長い年月をかけて多様性を獲得しながら進化し、道具を使いこなす知性を獲得し、さまざまな微生物や動植物と共生する生態系を享受している。近年、文明は加速度的に進展し、一方で温暖化や核戦争などの存亡の危機も発生している。このままのスピードで人類の生産力が増加すれば、いずれ地球の資源では支え切れなくなるという予測もある。太陽系への生命圏の拡大には賛否があることは承知しながらも、私たち人類は将来も月や火星に活動の基盤を広げていくと考えたい。

今回のプロジェクトでは約300年という『季刊大林』でも稀な長期のプロセスを構想した。世代を超越するプロジェクトに疑問を抱く向きもあろう。ただし、はるか昔の先祖の一人がたまたま良い行動をとったことで現代に生きる私たちの生活が多大な影響を受けた可能性があるように、私たちが未来の世代のために実施する小さな試みが遠い将来の世代の幸せに大いに貢献するという考え方もある。

数百万年や数億年の未来にまでは論を広げないが、将来火星の大地創成を経験する人類は——それは私たちとは異なる進化を遂げた生命体となる可能性すらある——私たちの文明や技術を引き継ぎ、私たちの想いや願いを継承し続ける存在であるだろう。今回のプロジェクトは未来の世代の存続と繁栄への布石である。

なお、今回のプロジェクトを構想するにあたっては、貴重な知見とご示唆をいただいた日本火星協会理事の新井真由美博士に心からお礼を申し上げる。


大林プロジェクトチーム

  • 〈大林組技術本部〉
    石川洋二 川上好弘 大塚清敏 杉本英夫 松原隆志 新述隆太 藤井美夕紀 中田幹久
  • 〈大林組エンジニアリング本部〉
    日笠山徹巳 西川直仁
  • 〈大林組設計本部〉
    長屋圭一 大村広輝
  • 〈大林組建築事業部生産技術部〉
    堀川智哉 前田遼太 松原滉太
  • 〈大林組土木本部生産技術本部〉
    森田晃司 佐々木 徹
  • 〈大林組ロボティクス生産本部〉
    久田英貴
  • 〈大林デザインパートナーズ〉
    松下尚嗣

この記事が掲載されている冊子

No.65「大地」

生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)

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