都市の中世―その原型と謎

伊藤毅(青山学院大学総合文化政策学部客員教授、東京大学名誉教授)

湊の魅力と可能性

日本の中世都市には、さまざまなタイプがあるが、そのなかでも代表格となるのが湊(港)町である。本号ではいままで十分に検討されてこなかった青森の中世湊町・十三湊の復元がチャレンジされている。十三湊もまたかつては日本海の北端に位置する重要湊として殷賑を極めたが、砂州と潟湖という変化しやすい地形条件のなかで徐々に港湾機能を失い、衰退していくことになる。ある意味で、都市のよろこびとかなしみを併せ持つ存在であり、現在堅固なインフラによって防備されているかに見える都市に居住するわれわれにとって、都市が本来的に内包する危機を示唆的に呼び起こす好個の事例かもしれない。その魅力には次のようなことが挙げられる。

①湊の開明性と文化
国内外の貿易品の流通・集散(陶磁器・銭・工芸品)があって、十三湊には平泉と並ぶ洗練された文化が形成された。それはたとえば祭礼や行事にもあらわれたし、砂州と潟湖の美しい風景は京都の天橋立などとも比肩できるようなものであった。

②湊の生態環境
十三湊には江戸時代、「人家三百軒斗。一條の街をなし農戸漁擔商家の交わりにして繁花の処なり」(『東奥沿海日誌』)とあって、漁業も盛んであった。砂州と潟湖の複雑な環境が生み出す生物多様性は現在的な観点からみれば注目に値する。近代以降の港湾都市は、強いインフラ整備によってこの生物多様性を破壊する方向に進んだが、日本の「湊」は河川との関係が深く、したがって砂の堆積によって港湾機能が失われる宿命をもっていた。

③湊の都市比較
日本の中世湊としては、この十三湊と並んで、越前三国湊、草戸千軒町、兵庫津、博多、敦賀などがあり、一方世界に広げれば無数の湊(港)町が存在する。消滅した湊町もあれば、健在のものもある。今後の水際に位置する都市の比較研究のために十三湊の事例は貴重である。

④湊の普遍性と複合性
湊・港は普遍的な存在であるが、けっして孤立した存在ではない。つねにその後背地の条件、権力の領域支配、物資の集散と近傍・広域におけるネットワークによって織り上げられた複合的存在である。このことは都市の本質を見直すうえで重要な素材を提供してくれる。

⑤都市のかなしみ
都市はつねに華やかで賑わっているわけではない。時として感染症に席捲されることもあれば、戦禍や災害に見舞われて瓦礫の街へと一変することもけっして非現実的な出来事として片付けられない。都市は生きながらえてきたものも数多く存在する一方で、あとかたもなく消えていった都市も少なくない。そして都市にはどこか、かなしみが付きまとう。太宰治の一文を最後に引いておきたい。

・・・やがて、十三湖が冷え冷えと白く目前に展開する。浅い真珠貝に水を盛ったような、気品はあるがはかない感じの湖である。波―つない。船も浮んでいない。ひっそりしていて、そうして、なかなかひろい。人に捨てられた孤独の水たまりである。(太宰治『津軽』)。

伊藤毅(青山学院大学総合文化政策学部客員教授、東京大学名誉教授)

1952年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。工学博士。東京大学大学院工学系研究科教授、建築史学会会長、青山学院大学総合文化政策学部教授、都市史学会会長を歴任。専攻は都市建築史。国内外の建築から都市領域に至る空間の歴史をさまざまな観点から研究。主な著書に『都市の空間史』(吉川弘文館)、『バスティード―フランス中世新都市と建築』(中央公論美術出版)、『イタリアの中世都市―アゾロの建築から領域まで』(鹿島出版会)など。

この記事が掲載されている冊子

No.62「中世の湊町」

日本史における「中世」は、「古代(大和朝廷から平安朝まで)」と「近世(江戸時代以降)」の間にある、武家の台頭による混迷の時代です。その一方で、海を介しての流通が盛んになり、全国各地にローカルな経済活動が進み、無数の小規模な湊、宿、市が形成された、と言われています。ただし、その時代の建築と都市については、まだよく分からない点が多いのが実情です。
本号では、当時はまだ辺境の地と位置付けられていた東北エリアを中心に、中世日本の姿をひもときます。大林組プロジェクトでは、北の玄関口と位置付けられた湊町「十三湊(とさみなと)」の想定復元に挑戦しました。
(2023年発行)

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監修:伊藤毅

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