都市の中世―その原型と謎

伊藤毅(青山学院大学総合文化政策学部客員教授、東京大学名誉教授)

中世都市のロマンと現実

わが国でさまざまな分野から中世都市に注目が集中した時期があった。それは1970~80年代のことだったと思う。理由はたくさんあるが、最大のきっかけは都市の再開発が進むなかで、それまで謎であった中世都市の遺構が数多く発見されたことが大きい。瀬戸内海の中世港町・草戸千軒町、越前朝倉氏の戦国期の居城を中心とした一乗谷、そして本号で取り上げられる東北の一大湊町・十三湊。おりしも時代は60年代後半の高度経済成長が終わり、70年代の停滞期を経て、ふたたび右肩上がりの都市の経済発展が始まろうとしていた。中世都市への注目は、近代化のアンチテーゼとして浮上してきた中世ブームやロマンティシズムが下敷きとなっていたことは確実である。

このようにして始まった中世都市への関心は、その後順調に継承されていったのだろうか。研究面では、考古学的な知見が蓄積されるとともに、文献史や建築史との学際的な共同研究も進み、格段の発展を遂げたということができる。中世都市の多くの謎もかなり明らかになった。しかしその一方で、発掘にともなって白日に晒されていくわが国の中世都市は、ヨーロッパのそれと比べると、圧倒的に小規模かつ脆弱なものであった。はたしてこれを「都市」と呼んでいいものか、一抹の不安を残すものも少なくなかった。実際、わが国の場合、中世都市というよりは「都市的な場」という語を好んで使う研究者が一定数存在することは、このような事情を反映している。かつてわれわれを魅了した中世都市への憧憬は徐々に退潮していったのである。

都市史のなかの中世

日本の都市史を通観してみると、そこには日本独自の展開があったとみられる。ここでは時代区分の問題(これは重要ではあるが)をひとまず措くと、古代都市=都城、近世都市=城下町という明瞭な都市類型が存在したことには、ほとんど疑問を差し挟む余地はない。日本の古代都城には都市を取り囲む市壁=羅城がなかったり、都市の規模そのものが中国の長安などと比べると3分の1ぐらいの大きさしかないなどの違いはあるものの、これは明らかに中国の都城をモデルにした都市であった。

一方、中世を飛び越して近世に入ると大名権力による城郭を中心とした城下町が日本全国にあまねく建設される。こちらは世界の近世都市と比べてかなりユニークな存在であり、城郭―武家地―町人地―寺社地という同心円的な位相構造の類型性は世界史的にも珍しい。わが国の近代以前の都市史では都城と城下町が二大類型としてしっかり存在しているので、そのあいだに挟まれた中世の都市は、より一層不明瞭で、小さくて頼りなげである。このことが中世都市へのロマンと、やがて幻滅を生んだのかもしれない。

伊藤毅(青山学院大学総合文化政策学部客員教授、東京大学名誉教授)

1952年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。工学博士。東京大学大学院工学系研究科教授、建築史学会会長、青山学院大学総合文化政策学部教授、都市史学会会長を歴任。専攻は都市建築史。国内外の建築から都市領域に至る空間の歴史をさまざまな観点から研究。主な著書に『都市の空間史』(吉川弘文館)、『バスティード―フランス中世新都市と建築』(中央公論美術出版)、『イタリアの中世都市―アゾロの建築から領域まで』(鹿島出版会)など。

この記事が掲載されている冊子

No.62「中世の湊町」

日本史における「中世」は、「古代(大和朝廷から平安朝まで)」と「近世(江戸時代以降)」の間にある、武家の台頭による混迷の時代です。その一方で、海を介しての流通が盛んになり、全国各地にローカルな経済活動が進み、無数の小規模な湊、宿、市が形成された、と言われています。ただし、その時代の建築と都市については、まだよく分からない点が多いのが実情です。
本号では、当時はまだ辺境の地と位置付けられていた東北エリアを中心に、中世日本の姿をひもときます。大林組プロジェクトでは、北の玄関口と位置付けられた湊町「十三湊(とさみなと)」の想定復元に挑戦しました。
(2023年発行)

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監修:伊藤毅

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