大林組ダム情報化施工技術「ODICT®

Obayashi-Dam Innovative Construction Technology

 

ダムをつくる人たち
千本ダム編

STAFF INTERVIEW

小塚 豊,中倉 隆,太田 親

日本初、堤体PSアンカー工法で特殊な課題を解決

松江市上下水道局 局長

小塚 豊

松江市上下水道局 技監

中倉 隆

大林組 馬越トンネル補強工事事務所 所長(当時:千本ダム工事事務所 所長)

太田 親

登録有形文化財であるダムを稼働させながらの改修工事

〈小塚〉
今回の千本ダム改修工事を実施するにあたり、私どもは河川管理者である国土交通省の指導のもと、特に国土技術政策総合研究所や中国地方整備局 出雲河川事務所といった関係機関と何度も協議を重ねてきました。やや特殊な条件下での工事ということもあり、設計、施工管理を含めて中心的な役割をダム技術センターに依頼。そのなかで私たちは、資金の調達や発注手続きを行い、入札の結果、大林組さんに工事をお任せすることとなりました。

〈太田〉
私は入社して30年来、主にダム建設に携わってきています。今回は受注が決まった直後に現場の所長を拝命し、事務所を建てるところから関わりました。グローバルに事業を展開している大林組ですが、奇跡的にも自宅がある松江市におけるダム工事の担当となり、まず「まさか家から通えるとは」と驚いたのを覚えています。
また、この工事では、日本で初めての工法を取り入れることが決まっており、とても新鮮な気持ちで取り組ませていただきました。

〈小塚〉
1918(大正7)年に竣工した千本ダムは、重機のない時代にわずか3年程度という工期でつくられ、当時の市全体、計画給水人口5万人を対象とした水源を担っていました。現在では市の4分の1ほどの住民へ向けた上水の供給元となっています。
この千本ダムは使われ始めてから約100年たっているため、独自に安全性の調査を行ったのですが、その結果、耐震化工事が必要であることが分かりました。工事を進めるにあたっては「現役の水源としてダムを利用しながら実施する」「登録有形文化財のため、形状変更はできる限り避ける」「条件的に国からの補助金が得られないため工費は小規模」といった制約があったため、一般的な増厚方式ではなく、これらの課題をすべてクリアできるアンカー工法に着目し、日本で初めて採用することとしました。

日本初の試みとなった堤体PSアンカー工法とは

〈中倉〉
堤体PSアンカー工法は、ダムの堤体の天端からPC鋼線を束ねたアンカーを挿入して基礎岩盤に定着させ、大規模地震などによって堤体が転倒するのを防止するものです。本工事では約1年半の工期中に38本のPSアンカーを設置しました。
今回は国内で初めて堤体PSアンカー工法によるダムの補強工事を行うことになりましたが、海外ではすでにいくつも例がみられるものであり、事前にこれといった不安は感じませんでしたね。それどころか、高い技術力を持つ関係各所と協議、検討を重ね、その道のプロフェッショナルたちが総力を結集して臨んでくださるので、非常に心強いものがありました。

小塚 豊
松江市上下水道局 小塚豊 局長

〈太田〉
私どもも堤体PSアンカー工法のご依頼があればいつでも対応できるよう事前に知識を蓄え、心構えはできていました。今回のお話を伺った際には、「いよいよ国内でも実用化するときが来たか」と感じたのを覚えています。 工事を受注したのは大林組ですが、実際の工事現場ではさまざまな専門会社が手を動かします。今回は、別のダムの補強工事を一緒に行ったアンカー工事に長けた会社に技術面で協力してもらったり、過去に調査工事として千本ダムにアンカーを打った経験のある設計事務所にチームに入ってもらったりと、高度なノウハウを有する協力企業に助けてもらいながら実務経験が積める貴重な機会となりました。

〈中倉〉
堤体PSアンカー工法には、ダムに水をためたまま工事ができるという運用面のメリットのほか、工期が短く、コストを抑えて目的が達成できるという長所も備えています。ダム全体に及ぶ大がかりな工事でなく、必要な部分だけポイントを絞って施工をし、ミニマムな形で進められた今回の事例は、耐震化のみならずダムのかさ上げ工事など、今後への応用が見込める意義深い工事になったと実感しています。

中倉 隆
松江市上下水道局 中倉隆 技監

ほかのダム改修工事とは違った特殊な事情

〈太田〉
予算規模を考えると1年という工期内に納めるのは厳守であり、さらにダムの機能を止めずに工事を進める都合上、基準をクリアする水質を常に確保するという点には非常に気を使いましたね。
まず工程の確保という点では、ダムから水が流れ出る越流部について23本のアンカーを打つ必要があったのですが、この箇所は10月~6月の非出水期ワンシーズンで行わねばならず、今回の工事における最大の頑張りどころとなりました。
また、水を供給しながら工事を行うという点については、水道水と隣り合わせということで、絶対に濁水を貯水池側に出さないよう非常に神経を使いました。毎日行う貯水池のpHの測定も私自身が担当し、自分の目で厳しくチェックしていました。
そのような特殊な条件をしっかりとクリアできたこともあって、松江市から優良工事施工業者として表彰いただけたことは非常に誇らしく感じています。

余談にはなりますが、アンカーを打つ箇所が水を貯めている堤体の上流面からわずか70cm程度しか離れておらず、さらに100年以上も前につくられた石積コンクリートダムであることから、万が一工事によって壊れてしまっては大変だと、地域に住む一市民としても心配していました。しかし、実際に掘ってみると想像以上に頑丈であり、補修工事関係者一同、先人の技術力に感心させられましたね。

100年先を見据えて

〈中倉〉
工事が始まって間もなく、特に多くの方々が作業に関わるタイミングで新型コロナウィルスの感染拡大が始まりました。新型コロナウィルスがどんなものかということもわからない不安のなか、日本初の工法に取り組む現場での管理や気遣いはどれほど大変だったか想像もつきません。
特殊な工法が多く県外から駆けつけてくださった技術者も多くいらっしゃいましたが、大型連休中でも自宅に帰らずに松江にとどまり、私生活を犠牲にして工事を成し遂げていただいたことについても、ただ感謝しかありません。

〈太田〉
本工事では日本初の試みということで堤体PSアンカー工法にばかり目が行きがちですが、実はほかにも大変だった部分があります。
越流部にアンカーを打つ際、ワイヤーソーイングという方法で上部のコンクリートを80cmほど切り取って平らにしてから削孔したのですが、堤体の表面が谷積みという様式で石組みしてあったため、アンカーを打った後、その部分を元通りにするのに特別な技術が必要でした。
ダム工事でここまで本格的な石積みを求められるケースは今までにありません。この点については松江城の修復にも携わっている石材業者に力添えしてもらうことで短い工期内で元通りに戻すことができ、100年以上前からあるダムをそのままの姿でさらに100年長生きさせる工事ができたと自負しています。

〈中倉〉
登録有形文化財を工事前後で姿を変えることなく耐震化ができたという点で、第27回しまね景観賞の特別賞にも選出されましたね。

〈小塚〉
現在、老朽化したインフラを次の世代にどう引き渡していくかということが、コスト面も含めて大きな課題となっています。市議会では、県営の施設から受水している水量もあるので千本ダムの改修はしなくてもよいのではないかという意見もありましたが、激甚災害などの緊急時に備えることも考えて、最終的に補強工事へと舵を切りました。
私自身も生まれたときからこの水を飲んで育ちましたし、太田さんがおっしゃるように約100年も前からあるダムをさらに100年長生きさせる工事に携われたというのは非常に光栄です。
ダムの銘板には中国の古典「孟子」の一節にある「放乎四海(しかいにいたる)」という言葉が記されています。まさに水が天下を循環しているさまを示しているもので、水の大切さや自然の営みを象徴する言葉だといえるでしょう。この言葉に込めたように、市民生活にはなくてはならない上水、下水を大切に使っていくという想いを後世に伝えるべく、ぜひ勉強する機会を設けることで、こういった施設を守っていく人材が育つ環境をつくっていきたいと考えています。

太田 親
大林組馬越トンネル補強工事事務所 所長(当時:千本ダム工事事務所 所長)太田親
太田 親
「放乎四海(しかいにいたる)」
水源の水が昼夜を問わずこんこんと湧き出し天下中を潤しやがて海に至ること。
100年を経た松江市水道事業を象徴する言葉。