本居宣長の空想都市「端原氏城下絵図」を読み解く
想定復元:大林プロジェクトチーム

読み解きを終えて
大林プロジェクトチーム
- 山﨑慎二(伝統建築)
- 荒川司(伝統建築)
- 稲葉一秀(伝統建築)
- 岩井洋(ランドスケープ)
- 西﨑真由美(ランドスケープ)
- 鈴木鴻一(都市開発)
- 小國敬太(都市開発)
- 大澤知史(歴史・城郭)
- 松下尚嗣(大林デザインパートナーズ イラスト・CG)
絵図の印象と読み解きの楽しさ
山﨑 1年かけて取り組んできた想定復元プロジェクトが公表の時を迎えました。まず、この絵図を初めて見たとき感じたことを皆で話しましょう。
大澤 城下絵図なのでまずお城を見ましたが、変な形をしていて門がやたらと多い。城主の端原氏は何をしている人なんだろうというのが気になりました。
鈴木 私はどのくらいの規模の都市なのかということが気になりました。それで、私たち開発ではまず縮尺を検討して、全体の規模感を捉えていきました。
小國 仕事で各地に行くので地図をよく見るんですが、この地図はどこの都市なのかが気になりました。整形な町割りや御所があることなどの都市の特徴から京都のような都市との印象を受けました。
西﨑 井戸があって湧水の小川が流れているとか、市街地の西側の川も上から下に流れて高低差が示されているとか、細かい部分に惹かれました。そういうものを一つひとつ発見していって、単に街の物理的な特徴だけではなく、そこでの暮らしなどが想像できる点がとても面白かったですね。
岩井 ランドスケープでは対象敷地がどのような場所であったのかを知るために、よく古地図を手掛かりにするんですが、空想地図なのに普段見ている古地図以上の精度で周辺部までしっかり描かれていたことに驚きました。
荒川 架空の都市であれば、単純にグリッド直線で切っていくほうが作りやすいのに、自然な曲線を織り交ぜて、より現実的な地図にしているというのが最初の印象でしたね。
稲葉 絵図に書いてあることが、どういう意味で書かれているかということを探ったけど、架空のものだから、いかなる解釈にも正解はないし、間違いかどうかもわからない。その前提でそれぞれ自由に意見を言えたし、専門が異なるメンバーたちの意見を聴いて想像を膨らませるのが面白かったね。
山﨑 この絵図は系図と結びついていますよね。
大澤 そうですね。長大な系図で、家臣もそれぞれつながっています。地図を読むなかで、系図に記載されている親戚は近くに配置されているかもしれないと思って調べたんですがハズレでした。よく考えられた系図なので、逆に親戚を近くに置かないなどのルールを決めて作ったのかな、とも思いました。
岩井 小説のプロットのように、ある人物のバックグラウンドを具体的に設定してストーリーを深めていくというようなやり方にかなり近いんじゃないですか。御所中のこの辺にこの人が住んでいるというようなことを、物語の背景としてこの地図を描いていたとしたら、なおさらすごいと思いますね。
大澤 物語を考えたかどうかについても議論がありますが、ちょうど軍記物や源氏物語を読んでいた時期にこの系図と絵図が書かれているので、物語も考えていたと思います。
小國 どこかを調べたら、また何かの裏紙に書かれていたというパターンもあるんじゃないですか。
西﨑 私は地図を見てパラレルワールドを題材とした村上春樹の小説の風景を思い起こしました。宣長が自分の生きている世界と別の世界を表現したのなら、物語もあったと思います。
大澤 江戸時代にはなかったはずの政所も描かれていますしね。
宣長はどういう人だったのか
山﨑 次に「宣長はどういう人だったのか」をテーマに話をしたいと思います。私は、京都への憧れが強く、好奇心旺盛で、いろいろなことを頭に詰め込みたい人だったという気はしますね。
荒川 今で言う博士ちゃんですね。知識量が豊富で、整理が得意。すごい才能だと思うんですけど、自分の把握している世界の位置づけを空間的にも時代的にも俯瞰的な視点から正確に理解しようとしていた人だと感じました。知識を拾い集めるのではなくてある程度絞って、それを思いっきり整理したというイメージです。
西﨑 細かい人だと全部直線とか筋が通った形で描きそうなのに、周縁部はすごく自由な線ばかりで、全体としてバランスが取れているから、細かいだけの人ではなく、おおらかさもある人だと思います。
岩井 城下の街はグリッドで押さえておきながら、周辺ではあたかも何かをモデルにしたとしか思えないような詳細な地形を描いている。これはなかなか作れないね。
稲葉 京都や松坂の地形を見ているからね。碁盤の目だけの地図だったら面白くなかったはずで、みんながその奥にあるものを感じ取ったところが面白いね。建築の目線で見ると、植栽は細かく描き分けているのに、建物は門と塔くらいしか描いていない。建築にはそんなに興味がなかったのかな。
ところで、系図から読み取れることはあるんですか。
大澤 宣長の「宣」は戦国時代の公家の清原宣賢(きよはらののぶかた)からとったんですけど、君主の名前「宣政」にも「宣」を入れているので、多分その人のことはすでに知っていたと思います。
山﨑 憧れが入っているのかもしれないですね。
岩井 この街は町人地の面積比率がすごく高い。武家屋敷の面積が圧倒的な時代なので、やはり商人の息子だという感じはするね。
なぜここまで精緻に描いたのか
山﨑 宣長がなぜここまで精緻な架空地図を作ったのかという謎についてはどう考えていますか。
鈴木 こういう都市に住んでみたいという思いや理想があって、そこに置きたいものをいっぱい詰め込んだ。例えば人口でも長屋の人数を参考にしてそのエッセンスを詰め込もうとすると、より緻密にならざるを得なかったんだと思います。
小國 僕は、宣長が自分の世界観を表現する舞台としてこの地図を描いたんだと思います。単なる都市の地図ではなく、人物も想定されているので、都市で生まれるアクティビティや物語も含めて自分の理想の世界観を表現したいと考えていたのではないでしょうか。
あと、遊びの要素もあったのかな。都市計画を専門とする人でもなかなか自分の理想都市は描かないですし、描いたとしてもあまり高低差とかも考えないですが、階段や坂道も細かく描いていますし、右上の「谷町大路」周辺には、直線ではなく、わざわざ尾根道のような高さを表現した道もあります。
稲葉 生きている時代や将来にすごく不安や心配があったんじゃないかな。そのため、人々が幸せに暮らしている理想の世界を思い描いてそれを絵図や系図にしたんだと思った。
岩井 世界的に人口密度の高い江戸に行って、松坂とはまったく違う世界を見ているはずだよね。当時は蘭学などの西洋文明が入り始めるころだから、新たな試みとして、縮尺にこだわったり距離を書き込んだり、自分が得た知識をふんだんに盛り込んだ。それまで読んできたものより、いいものができるという自信があったんじゃないかな。
西﨑 いろんな場所が設定されていて、情景が浮かぶような感じじゃないですか。物語が頭に浮かびそうです。
岩井 現代の映画でも、監督や脚本家が登場人物のバックグラウンドや、その物語の始まる前の時代のことから設定するじゃないですか。そういうものに通じますね。
稲葉 絵図と系図をここまで作り込んだのは、誰かに見せたかったんじゃないかな。
荒川 作る楽しみというのもあるよね。自分たち設計屋もそうだけど、純粋にうまくできたら嬉しいという感覚があったんじゃないですか。
岩井 僕らは建設会社としてそれぞれの専門分野を生かしてこの地図を読み解いたけど、違う読み解きのやり方もあったはずだね。より科学的に、例えば画像解析によってどの線を最初に書いたとか、何らかの重なり、下書きの有無を確認するとか。
大澤 目視でも、例えば御所中で二重のポイントがあったりするんですよね。
あと、お寺が非常にたくさん描かれていて、名前もよく考えてつけられているので、最初にリストアップして宗派などを分析しようとしましたが、結局何もわからなかった。そういうのがわかる人もいるかもしれない。
小國 町人地では、商業地と工業地とか、今の都市計画の用途地域みたいに分けられたらいいなと思っていましたけど、分類する根拠がなく、結局できませんでした。
稲葉 もっと系図が読み解けていればまた見方が変わったかもしれない。われわれが絵図から入ったということにも意味があるとは思うんですけどね。
山﨑 読者の方からのご意見等を期待したいと思います。
【「端原氏城下絵図」読み解きマップ】

No.64「地図」
地図は、人を未知の世界へと誘い、人はその一枚にワクワクさせられます。
私たちは、古くは岩に掘られた地図や歴史上の古地図、現代では衛星によるデジタル地図まで、様々な地図によって世界を認知してきました。世界の形や全体像が視覚化されるだけでなく、時には空想の世界が地図上に構築されることもあります。
本号では、様々な地図を題材に、人々がどのように世界を観ようとしてきたか、何を観ようとしているのかなどを考察します。大林プロジェクトでは、国学者、本居宣長が19歳のときに描いた架空の都市図「端原(はしはら)氏城下絵図」の読み解き、立体復元に挑戦しました。
(2025年発行)
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