第1章
2011 2014
収益基盤の多様化とグループ経営の推進
5

海外事業の拡大

海外事業の戦略的展開

2012(平成24)年7月に閣議決定された「日本再生戦略」では、2020(令和2)年度までに建設業の新規年間海外受注高2兆円以上を実現するとし、翌2013年5月に経協インフラ戦略会議が取りまとめた「インフラシステム輸出戦略」では、2020年までに30兆円のインフラシステム受注が目標に掲げられた。

こうしたなか、当社は「中期経営計画 ’12」において、収益基盤の多様化を実現するための方針として「海外へのさらなる戦略的展開」をあげ、建設事業の売上高に占める海外比率を2014年度に20%、中長期的には25%から30%にまで高めることをめざした。

経営資源の選択と集中の観点から、法制度や商慣習、社会・経済インフラが一定のレベルで整備され、比較的政治・治安リスクの少ない東南アジア、北米、中東の3地域およびオセアニアを重点地域と定め、M&Aや共同企業体(JV)などによって現地企業のノウハウを活用しつつ、各地域の特性に応じて戦略的に事業展開を進めることとした。

当社は早い段階で海外進出し、東南アジアにおいて、建築事業は現地法人を設立して各地域に根づいた活動を行い、土木事業は本社管轄による活動を展開した。また北米では豊富な経験を持つ現地企業とのパートナーシップの構築、あるいは現地企業を大林グループに取り込むことにより、事業拡大を図ってきた。

海外事業は、土木・建築別、国別(北米以外の土木はプロジェクト単位)に海外支店が統括していたが、「ドバイメトロ」建設工事などの海外大型工事で業績に大幅な影響を及ぼす損失が生じたため、ローカル化の推進、域内の情報・ノウハウ等の一元管理、採算性の向上および安定化の方策として、2010年7月、海外支店の下に北米統括事務所、アジア統括事務所を設けて担当役員を配置し、各種リスクを正確に把握し対応策を講じる体制を構築して現地でのリスク低減を図る体制とした。

公共事業の継続的な受注機会がある北米では、2012年度以降もさらにM&Aによる現地化を進め、現地の優良ゼネコンとのパートナーシップにより、施工リスクを減らしながら受注拡大を推進することとした。またアジアは、国内営業部門との連携を図り、日系企業の設備投資を取り込むとともにグローバル企業からの受注を拡大する戦略であった。

日本国内の顧客層の厚みと、情報共有のグローバルネットワークも受注獲得の武器として期待された。特に土木事業ではシールドなど世界最高水準の技術を活かせる大型公共工事、建築事業では実績のある日系企業の生産拠点建設に加えて、グローバル企業からの受注にも注力することで、事業ポートフォリオの多様化をめざした。

また、人材については、海外子会社において現地採用の社員(ナショナルスタッフ)を管理職および経営層に積極的に登用した。各国の特性に応じた人事制度・給与体系・キャリアパスを構築し、幹部候補となる人材の確保と育成に力を入れることで将来の生産性・管理レベルの向上を図った。

(参照:スペシャルコンテンツ>グローバルプレゼンス)

M&Aの推進と北米事業の伸長

米国の建築部門では、現地企業とのパートナーシップの構築によって市場への深耕を図る方針のもと、早い時期からM&Aを軸とした事業展開を推進してきた。1978(昭和53)年にJ.E.ロバーツ社との共同出資でJ.E.ロバーツ大林を設立したのをはじめ、1989(平成元)年にE.W.ハウエル社、2007年にウェブコー社を買収し、2012年10月には、サンフランシスコ湾岸エリアで低層集合住宅および小規模商業施設の建設を手がけるJSビルダーズ社を設立、出資した。

土木事業は、本社直轄でワールドワイドに高度な技術を必要とする事業を展開している。当社は1970年代に日本企業として初めて米国の公共事業であるサンフランシスコ市下水道工事を受注するなど、古くから米国を海外土木事業の重要拠点と位置づけ、公共事業を中心に事業を行ってきた。

米国の建設マーケットは公共投資の規模が大きいだけでなく、インフラの老朽化や脆弱化対策として橋梁の架け替え・修繕などが推進され、さらに高速道路や鉄道建設への新規投資も増加するなど投資が継続しており、以後もしばらく安定的に推移すると予測されていた。

そこで、当社の持つ信用力、技術力、大型工事でのマネジメント力と、地元企業のノウハウとの相乗効果により、インフラ分野でのさらなる受注拡大を図ることとし、2011年3月にカナダのケナイダン社を買収した。同社はオンタリオ州に拠点を置く土木工事を中心とした企業で以前からJVパートナーとしての実績があった。同社は将来にわたる企業存続と安定成長のための財務基盤を必要としており、一方当社は、インフラ投資意欲の高いカナダでの事業展開を見据え、特に拡大が見込まれるPPP市場への参入を図るため、同社とのM&Aを決断した。

さらに2014年11月には、クレマー社を買収した。同社は米国中西部を拠点とした建設会社で、橋梁、道路、鉄道工事を中心に事業展開を行い、特に橋梁分野ではその実績と高い技術力に定評があった。同社の買収では、高い優位性のあるトンネル技術と、クレマー社の橋梁技術、地元企業としてのノウハウとの相乗効果により、インフラ分野でのさらなる受注拡大を見込んだ。また、ウェブコー社やケナイダン社などとの連携によって、北米地域における大林グループの事業規模拡大が期待された。

(参照:スペシャルコンテンツ>グローバルプレゼンス>海外事業所のご紹介 北米)

アジアでのローカル化の推進

当社の東南アジアにおける建築の事業展開は、タイ、インドネシア、ベトナムなどでは、現地に根ざしたグループ会社(タイ大林、ジャヤ大林、大林ベトナム)が、国内営業部門と連携を図りながら、日系企業の現地進出をサポートすることで工事受注につなげるとともに、グローバル企業などからの受注獲得にも注力してきた。一方でシンガポール、マレーシアなどでは、当社の海外事務所が直轄で事業展開を行っており、日系企業以外からのグローバル企業や現地資本による不動産開発投資などの受注が多かった。

当社は海外での事業展開において、従来から「ローカル化」が重要と認識していたが、「中期経営計画 ’12」における海外事業戦略で東南アジアが重点地域となったことで、同地域におけるローカル化のさらなる推進を図った。

ローカル企業からの受注割合をさらに拡大していくほか、現地のナショナルスタッフだけで施工管理を行う案件も増やした。特に直轄で行う土木工事は、その地域の気候や政治などを深く理解していることが重要となるため、地元の事情に精通した優良なローカルパートナーと連携し、そのノウハウに当社の経験と技術をプラスして事業展開を行う方針で取り組んだ。

こうしたなか、急速に民主化が進んでいたミャンマーではODA(政府開発援助)の再開や民間企業の進出、社会インフラ整備需要による長期的な建設投資が見込まれていたことから、2013(平成25)年4月にミャンマー事務所を設置し、同国内での本格的な事業展開を図った。2014年1月には、シンガポールでの建築事業を現地法人の大林シンガポールに移行し、これにより建築部門はアジアにおける重点マーケットの大部分を子会社が所管する体制となった。

2013年10月、当社は現地企業PT. JAYA KONSTRUKSI社などとのJVで、インドネシアの「ジャカルタ都市高速鉄道プロジェクト(第1期)」のうち地上部CP103工区(約3.8Km)をスポンサー(幹事会社)として受注した。

同プロジェクトは、ジャカルタ首都圏の深刻な交通渋滞緩和のために、ジャカルタ市南部郊外と市中心部(約15.7Km)を結ぶ、同国初の地下鉄を含む都市高速鉄道システム(MRT)で、日本の円借款により建設するものだった。

当社は、これより前の同年5月に同プロジェクトのうち地下部CP104工区(約1.8Km)とCP105工区(約2.1Km)の2工区をJVのサブとして受注しており、これで3工区目の受注となった。

なお、中国については、2003年9月に中国に現地法人、大林組(上海)建設有限公司を設立して営業活動を行ってきたが、法制度の違いによる制約に加え、中国では海外法人への規制が厳しく中規模のビルなどを建設できる2級ライセンスしか取得できなかったこともあり、2011年3月に同社を清算し中国市場から撤退した。

(参照:スペシャルコンテンツ>グローバルプレゼンス>海外事業所のご紹介 アジア・その他)

オーストラリアでの再スタートとオセアニアでの展開

当社は、1986(昭和61)年にオーストラリアで建設事業を開始し、2000(平成12)年に開催されたシドニー五輪のメイン会場であるスタジアム・オーストラリアなど多数の物件を手がけた。その後現地の市場縮小に伴い2003年以降は事業活動を一時中断していたが、近年になりオセアニア地域は、道路や地下鉄工事など旺盛なインフラ投資によって建設市場が拡大し、高度な技術力や施工実績など当社の優位性が発揮できる有望市場となった。オーストラリア政府が公共投資に積極的な姿勢を示していたこともあり、建設市場は引き続き拡大傾向が続くと予測されたため、2012年5月、シドニーの豪州事務所を再開し、下水道事業などを受注した。

一方、これに先だつ2011年11月、当社はニュージーランドで「ウォータービュー高速道路」建設プロジェクトの契約を締結し、発注者、現地コントラクター、デザイナーとともにアライアンスメンバーとして参加することになった。同国の法令により現地で事業所登録が必要であり、オークランドにニュージーランド事務所を設置した。

2016年11月には、オーストラリアのBuilt社と業務協力協定を締結した。シドニーに本社を置くBuilt社は1998年に設立され、オーストラリアの主要都市を中心に建築事業を手がけていた。この協定締結を契機に、当社の技術力と財務力、Built社の経験と知見などを相互に活かすことで、同国における競争力の強化と事業規模の拡大をめざした。

(参照:スペシャルコンテンツ>グローバルプレゼンス>海外事業所のご紹介 アジア・その他)

中東地域での大規模プロジェクト

中東地域では、政情が比較的安定し資源が豊富なカタールやアラブ首長国連邦(UAE)等で行われている大規模な建設投資を中心に、受注活動を展開した。

UAEのドバイでは、当社は5社コンソーシアムの一員として、高架橋・トンネル(駅舎45カ所、操車場、立体駐車場を含む)からなる総延長75kmの都市交通システム「ドバイメトロ」の建設を進めてきた。2009(平成21)年9月に先行開業していたレッドライン(第1期工事)に続き、2011年9月にグリーンライン(第2期工事)が完成して営業運転を開始し、「ドバイメトロ」は世界最長の全自動無人運転鉄道システムとなったが、設計責任を含む契約上の責任範囲等について発注者との間で見解が相違したことなどにより、工事原価の増加に見合う請負金の増額が認められず、2010年3月決算において、多額の損失を計上した。2007年に設立されたドバイ総合事務所は、「ドバイメトロ」建設工事に関する交渉やJV構成会社間の調整、損益管理を担ってきたが、同工事終了に伴いその役割を終えた。しかし、その後も当社は中東を重点地域として海外事業拡大を図ることになったため、2011年7月にドバイ総合事務所を改組して、中東事務所を設置した。

2012年5月には大林カタールを設立、2013年5月に、HBK Contracting Company社とのJVで、カタールの首都ドーハの大規模再開発工事「ムシェレブ ダウンタウン ドーハ プロジェクト」の第3期工事を受注した。当社にとってカタールでの初受注であるこのプロジェクトは、カタール財団出資の不動産開発子会社Msheireb Properties社が事業者となり、ドーハ中心部の旧市街地を再開発するもので、第3期工事では、オフィス、集合住宅、ホテル、商業施設、モスクなどの建設が行われた。

(参照:スペシャルコンテンツ>グローバルプレゼンス>海外事業所のご紹介 アジア・その他)

グローバル人材とナショナルスタッフの育成

建設業は地域密着型の産業であり、国内外問わず、パートナー企業、発注者、設計者、協力会社、現地スタッフなどと確固たるネットワークを構築できるか否かが現地での事業の成否を決める。なかでも海外建築事業では、将来の幹部候補となるナショナルスタッフ(現地で採用した社員)を育成し、海外現地法人のさらなるローカル化を推進して日系とローカル系の両方を手がけるビジネスモデルを目標としているため、海外に駐在する日本人社員だけではなく現地法人のスタッフ育成が重要である。

グローバル人材には、各国の法制度や商習慣、さらには生活習慣や考え方、価値観まで理解することが求められる。当社が求めるのは、海外戦略を推し進めていくうえで必要なスキルを有し、リーダーシップを発揮して組織を牽引することのできる「グローバルリーダー」である。「グローバルリーダーシップ研修」は、入社410年程度の実務層から選抜した人材を対象に、グローバルビジネスに必要な基礎知識を習得させるとともに、自身の課題を自覚させるプログラムを用意している。

また、海外子会社からは、毎年各会社数名の若手スタッフを選抜し、現地で日本語研修を終えたのちに13年の期間で日本に派遣している。ナショナルスタッフが日本の施工技術を学び、日本で人的ネットワークを構築することが目的で、この研修を修了した者は、その後子会社の幹部として登用されることが多く、モチベーションアップにつながっている。

例えば、当社バンコク駐在員事務所を前身として1974(昭和49)年に設立されたタイ大林では、1977年から継続的にナショナルスタッフを日本に送り出し、大林組のDNAを定着させている。2003(平成15)年には現地法人で初めての非日系社長として、日本の現場等での勤務を経験したタイ人のソンポン社長が就任した。タイ大林は、大林組との協働によりタイの建設業界をリードする企業に成長し、近年では売上高の8割を非日系が占める。目標とするビジネスモデルの具体的な成功事例といえるだろう。

ナショナルスタッフの日本国内での実務研修
ナショナルスタッフの日本国内での実務研修