第3章
2017 2021
ESG経営と技術革新――持続可能な未来を拓く
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経営体制の一新とコンプライアンス体制の再構築

リニア中央新幹線建設工事における談合事件の発生

2017(平成29)年12月、当社は東海旅客鉄道株式会社(JR東海)が発注したリニア中央新幹線の建設工事について、競争見積に関する偽計業務妨害および独占禁止法違反の疑いで、東京地方検察庁特別捜査部(東京地検特捜部)と公正取引委員会による強制捜査・調査を受けた。

リニア中央新幹線は、東京から大阪に至る新幹線の整備計画路線である。建設・営業主体はJR東海で、新幹線で初となる超電導磁気浮上式リニアモーターカーを採用し、最高設計速度は時速505km、起点の品川駅から名古屋駅間を最速40分、品川駅から終点の新大阪駅間を最速67分で結ぶと試算されている。全線開業は2037年以降の予定だが、東京-名古屋間については2027年の先行開業をめざしており、2014年12月に同区間の起工式が行われ、建設工事が進められていた。

これらの工事のうち、地下開削工法による品川駅および名古屋駅の新設工事に関して、当社と清水建設、大成建設、鹿島建設の4社が事前に情報交換を行って受注予定事業者を決めたうえで、受注予定事業者が受注できるよう見積価格を調整するなど、競争を実質的に制限したとして独占禁止法違反(いわゆる談合)の疑いが持たれたのである。

そして2018年3月23日、当社を含む上記4社(および大成建設と鹿島建設の従業者各1名)が、リニア中央新幹線工事の競争見積に関する独占禁止法違反で公正取引委員会から刑事告発され、同日付で東京地検より刑事事件として東京地方裁判所に起訴される事態となった(偽計業務妨害については不起訴)。

当社は2017年12月の東京地検による偽計業務妨害被疑事件としての強制捜査直後から社内調査を開始し、その結果、独占禁止法違反の事実を把握したため、直ちに公正取引委員会に対し独占禁止法に基づく課徴金減免申請(リニエンシー)を行い、東京地検の捜査に全面的に協力した。2018年10月22日に行われた判決公判では、東京地裁は当社を含む4社がリニア中央新幹線建設工事において「受注予定事業者を決めるだけでなく、確実に十分な利益を見込んだ金額で受注できるよう見積価格の内訳や単価まで連絡し合った」として「公正かつ自由な競争を大きく阻害するものだった」と談合を認定し、当社に対して求刑どおり罰金2億円を言い渡した。これに対し、当社は控訴せず有罪判決が確定した。これに伴い、当社は国土交通省から2019年2月2日から6月1日までの120日間、全国の民間土木工事を対象に建設業法に基づく営業停止処分を受けることとなった。

また、2020(令和2)年12月22日付で公正取引委員会から排除措置命令および課徴金納付命令を受けた。

経営体制刷新と再発防止策の発表

当社は2006(平成18)年から2007年にかけて、防衛施設庁発注の米軍基地関連工事や自治体発注の下水道工事、トンネル工事、地下鉄工事などの公共工事において、競売入札妨害罪や独占禁止法違反などの法令違反事件を起こした。

この反省を踏まえ、二度と談合事件を発生させないよう、「企業倫理プログラム」「独占禁止法遵守プログラム」を策定・公表し、その後約10年間にわたって全社を挙げてコンプライアンスの徹底に努め、再発防止に向けた努力を重ねてきたが、それにもかかわらず本件が発生したことを受けて、当社は東京地検による起訴に先立つ2018年3月1日、社長を含む経営体制の一新に踏み切った。発生原因の究明やコンプライアンス体制の整備に取り組むため、将来に向けた経営の舵取りをできるだけ早くスタートすることが必要であるとの判断からだった。

これにより新社長には取締役専務執行役員の蓮輪賢治が就任した。新社長の蓮輪は1977(昭和52)年当社に入社し、土木現場所長・常設部門長を経て2014年にテクノ事業創成本部長に就任、再生可能エネルギー事業を核とする新領域事業の開発を推進した。

社長交代と同時に他の代表取締役、執行役員の多くも役付変更や新・退任となったほか、取締役も2018年6月の定時株主総会で大幅に入れ替わった。また、3月に起訴されたことを受けて、4月1日時点の代表取締役全員が月額報酬の30%、取締役全員(社外取締役を除く)が月額報酬の20%を、3カ月分自主的に返上した。

こうして一新された経営体制のもとで、当社は再発防止に向けて事実関係を調査し、コンプライアンス体制の再整備を図ることになった。同年6月には、従来の「独占禁止法遵守プログラム」を改正し、「同業者との接触ルールの厳格化」「独占禁止法の正しい理解の徹底」「違反行為を行う・見過ごす心理的要因の除去」「監視機能の強化」などの再発防止策を新しく追加した。

信頼回復に向けた取り組み

当社は、談合事件の再発防止のためには、客観的な立場で本件の発生原因を調査し、その結果に基づく実効性のある再発防止策の提言を受ける必要があると判断し、当社と利害関係を有しない社外有識者のみで構成する第三者委員会を設置した。同委員会において、会長、社長以下計30名に及ぶヒアリングが実施されるなど徹底的な調査が実施され、2019(平成31)年1月31日、再発防止の提言を含む調査報告書を受領した。同報告書は同日付で社内外に公表した。提言の骨子は、経営陣が再発防止に向けて主体的に取り組むことや、談合事件の具体的な事実を公表し風化防止を図ることに加え、土木部門トップに対する厳正な対応・処分の実施、役員および決裁権者に対する独占禁止法への理解の深化促進、決裁権者を牽制する仕組みづくりなどであった。

当社はこれらの内容を真摯に受け止め、同年2月から提言に沿った新たな再発防止策の運用を順次開始するなど、さらなるコンプライアンスの徹底に取り組んだ。そして信頼回復に向けて「不正や違法行為に基づく受注、利益はいかなる理由があろうとも一切許容しない」「競合となる可能性のある同業他社とは、受注意欲などの情報交換を一切行わない」との経営トップである社長の決意を機会あるごとに発信し、事業運営のあらゆる場面においてコンプライアンス遵守を最優先とする姿勢を強固に推進している。

「三箴」への思い

大林組の創業者・大林芳五郎は常に「施工入念」「責任遂行」「誠実黽勉(びんべん)」「期限確守」「安価提供」を心がけていたという。その後この信条は1935(昭和10)年刊行の『現場従業員指針』の巻頭で「三箴(さんしん)」(三つの戒め)――「良く、廉(やす)く、速い」として明文化された。

良く:「機関設備の完璧と卓越せる技能を緯(よこ)とし、誠意懇切の下に最善の努力を経(たて)として織り出せる優良工作物の提供を期すること」

廉く:「優秀なる機械器具の応用、巧妙なる材料の購買、統制せる合理的の作業により実質価値豊富なる工作物の廉価提供を期すること」

速い:「斬新なる工法と卓越せる計画と周到なる設備と相俟(ま)ち、渾身の能力を発揮して凡(あら)ゆる時間的の無駄を排除し、以て工期の短縮を期すること」

工事事務所などに三箴のポスターが貼られ、現場での実践を通して社内にしっかりと根づき、いまに至るまで三箴の精神は脈々と受け継がれている。

この言葉は、先人の心意気に思いを馳せるとともに、創業以来の誠実なものづくりの精神を次代に伝えていくため、2015(平成27)年に「大林組基本理念」の中にあらためて掲げられた。そもそも「三箴」は、大林組が掲げる「『地球に優しい』リーディングカンパニー」という企業理念や「社会的使命の達成」「企業倫理の徹底」といった企業行動規範、ESG経営やSDGsに通じるものだ。

時代が変わり、業容、業態がいかに変わろうと、高度な技術力と三箴の精神をもってすれば、得意先や協力会社との信頼関係は構築できる。そして、社会課題を解決し、社会の持続的発展にもつなげていける。こうした思いが込められているのである。