第3章
2017 2021
ESG経営と技術革新――持続可能な未来を拓く
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技術戦略

オープンイノベーションの推進

2017(平成29)年3月、自社保有技術と社外の革新的知識や技術を有機的に結び付けるオープンイノベーション手法を活用し、品質、安全性および生産性の向上などを目的とした技術開発を推進することを目的として「オープンイノベーション推進プロジェクト・チーム」を設置。同時に、米国の非営利科学研究組織である SRI International と共同で、品質管理および現場管理の大幅な省力化につながる「次世代生産システム用MR(Mixed Reality:複合現実)」の技術開発をスタートさせた。

同年10月には、先端技術を持つ研究機関やスタートアップ企業を探し出し、協働するためのラボ(実験場)として、世界の技術革新の中心である米国シリコンバレーに、同チームのサテライトオフィス「シリコンバレー・ベンチャーズ&ラボラトリ」(SVVL:Silicon Valley Ventures & Laboratory)を開設。シリコンバレーに研究開発拠点を設置したのは、日本の建設会社としては当社が初めてだった。

続いて12月には「建設業が解決すべき4つの課題」(①AIを活用した自律設計、②労働人口減少を背景にした現場場内搬送の自動化、③IoT、AIを活用した建物居住者への付加価値、④IoT、AIを活用した現場知識・ノウハウの伝承・ナビゲーション)を提示し、現地スタートアップ企業や研究機関からソリューションを募集するシードセレクションイベント“Obayashi Challenge 2017”を実施。大林組や米国子会社のトップマネジメント層や技術者が評価した複数の提案者とともに、次世代型生産システムを構築する他の共同開発プロジェクトを進めている。

2018年度には、チーム初の成果として、SRI社との共同開発により、飛躍的に建設現場の生産性を向上させる次世代型の自動品質検査システムが完成した。このシステムは「現場監督の目」に代わるデジタル技術をコンセプトに開発したもので、複数のカメラとセンサー搭載デバイスを使用した高精度の自己位置推定技術と計測技術をベースに、点群データ生成機能、BIMとの連携機能、MR技術などを組み合わせて、配筋の数・間隔・径・長さ・材質などを認識。これをBIM情報と比較することで、自動で施工の正誤を確認することを可能にした。同年5月には、実際の配筋検査業務に、この「次世代型自動品質(配筋)検査システム」が適用できることを国内の建設現場で実証し、本格導入に向けて取り組んでいる。

建設プロセスの自動化――生産性・安全性の飛躍的向上

少子高齢化による建設労働人口の減少や、働き方改革による生産性向上および安全性向上が求められるなか、有効な解決策としてロボティクス技術による建設プロセスの自動化が注目されている。2019(平成31)年4月、機械部がロボティクス生産本部として改編された。同本部では、現状の業務にとらわれない新たな目標として、①開発機械技術の早期現場適用・拡大、②自律施工機械の早期開発・導入による飛躍的な自律施工の実現、③新たなビジネスモデルの構築と収益源の獲得・拡大を掲げた。

具体的なロードマップとして、2020(令和2)年に人間の搭乗なしに遠隔操作で機械が動く「遠隔化」技術を実現し、2022年までに人間の操作なしにプログラム通りに機械が動く「自動化」技術を確立。さらに最終目標として2029年以降にAIによる判断で機械が動く「自律化」技術を確立するとした。ロボティクス生産本部では、建築・土木両本部と一体となって、IoT、AIなどを活用した安全・安心で効率のよい完全自律施工の実現をめざしている。

このうち「遠隔化」については、汎用遠隔操縦装置「サロゲート」などを開発しすでに現場で活用している。「サロゲート」は、建設機械の操作レバーなどに装着することで、低コストで遠隔からの無人化運転を可能にする装置で、2016年の熊本地震で崩落した熊本城石垣の復旧現場で、石材回収作業に使用された。作業箇所が崩落した石垣の直下のため、作業員の安全対策として危険箇所へ立ち入らずに作業を進めることができ、文化財である石材に傷や汚れをつけることなく、実質1カ月半の工期を10日程度短縮することができた。

現在の遠隔化装置の欠点として、オペレーターの操作と映像にずれが発生し、作業効率が低下する問題があるため、遠隔操作の高度化をめざし高速・大容量通信が可能な「5G」を導入。2020年2月には、KDDI株式会社および日本電気株式会社と共同で、5Gを活用し、3台の建設機械(油圧ショベル、クローラキャリア、ブルドーザ)の遠隔操作と、自動運転システムを搭載した振動ローラの同時連携に加え、工事に必要な施工管理データのリアルタイム伝送・解析による一般的な道路造成工事の施工実験を実施し、成功した。

「自動化」については、「ダム建設用タワークレーン」の自動化や「グリーンカットマシン」による打ち継ぎ面の自動処理の開発などに取り組んでいる。「ダム建設用タワークレーン」の操作は、その特殊性から熟練度が求められる一方で、作業員の高齢化、労働人口の減少などによる省人化も必要とされている。川上ダムで行われた実証実験では、振れ止め対応や微妙な位置合わせの自動化に成功し、オペレーターへの依存度軽減の実現に期待がかかっている。

「自律化」については、2019年7月に日本電気株式会社および大裕株式会社と当社が共同開発した「バックホウ自律運転システム」の実用化が進められている。トンネル掘削や大規模建築物の地下掘削などにおいて、オペレーターに代わりAIが効率的に土砂を積み込むポイントを判断し、バックホウの操作・制御を行うシステムで、高精度の制御により、熟練技能者同様の高い生産性と安全性を実現する。

当社は、こうして構築した次世代型建設生産システムについて、将来的にはシステムの外販により収益化を図るとともに、建設業が抱える熟練技能者不足の課題解決をめざしている。

(参照:スペシャルコンテンツ>6つのストーリー>ODICT)

AI、ロボティクスの活用とICTの進化

技術本部では「技術で輝くリーディングカンパニー」という将来像の実現に向けて、AI、ロボティクスなどを活用した先進的な技術開発を行うことで、品質・生産性向上、コスト削減、作業環境の改善など、国内およびグローバル市場における競争力強化をめざしている。

ICTの活用例としては、タブレット端末で施工図、BIMなどの3次元設計モデルや電気設備仕様書の情報を常に携帯し、それらのデータを施工状況に合わせて常に更新し、建設現場・発注者・設計者間でクラウドを通じて共有している。建物や構築物の3次元設計モデルと現実の風景とを融合させるMR(Mixed Reality:複合現実)も、発注者とのコミュニケーションツールとして活用されている。カメラを搭載したドローンを活用した地形の測量や、衛星からの位置情報を利用した出来形管理も導入され、従来と比べてより精密な品質管理が可能になり、生産性の向上と工期短縮にもつながった。

AIによる工程認識技術の開発も行っている。ディープラーニング(深層学習)により建設資材の画像をあらかじめ学習したAIが、施工中の工事写真から使用されている資材を推定し、その内訳から工程の進捗を自動認識する。例えば集合住宅の新築工事では、施工管理者が各住戸を巡回して進捗状況を確認するが、この技術を使えば確認業務を省力化できる。同様に、AIによる山岳トンネルの切羽(掘削面)評価システムを開発し、2019(平成31)年4月から全国のトンネル現場での本格運用を開始した。

さらに、より安全な作業環境の実現のため、ロボティクスを用いた無人化施工技術の開発も進められている。例えば、土砂災害の早期復旧には、上空からでは把握できない崩壊土砂の堆積や土質などの調査が必要となるが、遠隔操作が可能な「マルチクローラー型無人調査ロボット」で、危険域に技能者が立ち入ることなく、現地調査することができるようになった。3次元映像と操作者の上半身の動きに連動するロボットにより、目視レベルの空間認知もでき、従来の建設機械では走行困難な勾配や段差、軟弱地盤の走行もできる。これにより人的な二次災害を防ぐとともに、最適な復旧対策や安全な施工計画の早期立案が可能となった。

洋上風力発電実現への取り組み

当社では2012(平成24)年に再生可能エネルギー事業をスタートさせて以来、30カ所の発電所が稼働し、自社使用電力量の191%相当を発電している(2021年3月現在)。このうち28カ所は太陽光だが、太陽光発電は、日照時間に左右され、自律的に安定的な供給を行うことは難しい。一方、風力発電は太陽光発電よりも安定的でエネルギー変換効率も高いため、当社でも風力発電に取り組むことになった。

陸上の風力発電の建設では7件の施工実績があり、それらのノウハウをもとに、年々大型化する風車に対応するために超大型クレーンを使用せず、リフトアップにより風車を組み立てる装置「ウインドリフト」を開発した。2017年にはこの技術を適用して秋田県三種町沿岸部に風車(2MW×3基)を建設、同年11月に「三種浜田風力発電所」が稼働するなど、陸上でのグリーンエネルギーの発展に寄与してきた。

海に囲まれた日本の国土は狭く、風力発電所を建設できる場所は限定されている。しかし、日本の海岸線は長く、さらに、陸上より洋上のほうが安定的に大きな風力を得ることができる。当社は、2016年に洋上風力発電事業の開発可能性調査に乗り出し、2018年にはSEP船(Self Elevating Platform:自己昇降式作業台船)の建造を決定した(2023年完成予定)。

SEP船(Self Elevating Platform:自己昇降式作業台船)完成予想図
SEP船(Self Elevating Platform:自己昇降式作業台船)完成予想図

洋上風力は、エネルギーミックス、脱炭素化実現への重要なファクターだ。事業規模が大きく、関連産業の裾野も広いため、日本の産業を牽引していくことも期待される。当社は、洋上風力発電所の導入拡大に寄与するべく、技術研究を進めている。