総論:近代土木の技術者群像

北河大次郎(文化庁文化財調査官)

世界の大きな歴史の一部として

ここからは近代日本の外側、つまり近代ヨーロッパと近世以前の日本に視野を広げ、そこから見えてくる世代を超えた近代技術者の特徴を3つ紹介したい。

まず、日本の近代技術者の歴史が世界の大きな歴史の一部をなしていたという点である。例えば、工部大学校設立の経緯を、世界的な視野から見てみよう。話は19世紀初頭のフランスに遡る。当時のフランスは、産業近代化の遅れを挽回するため、先進国イギリスへの視察を繰り返していた。そこで彼らは、労働者、現場主任、工場長の間の優れた作業分担と、その全体を技術官僚ではなく、国の組織に依存しないシヴィル・エンジニアが統括する近代産業システムの実態を知る。世界に名だたる近代工学教育システムを確立したフランスは、技術官僚を養成するばかりで、民間のリーダーが存在しないではないか。そこで有志が集まって1829年に設立したのがエコール・サントラルであり、一般教養、理論、実技をバランスよく学んだ卒業生・アンジェニウール・シヴィル(Ingénieur civil)を中心として、フランス産業の近代化が図られていく。

この成功の陰で、今度はイギリスが危機感を抱くことになる。イギリスを代表するシヴィル・エンジニアの1人ウイリアム・フェアベアンは、サントラルの卒業生も数多く出品したパリ万博を見て、以下のように語っている。

「フランス人およびドイツ人は主要な産業技術の原理に関する理論面で我々より先んじている(...)我々は大いに量的成長をしてきたが、他の国々は(...)多くの面で質的に我々を凌駕している」(『材料力学史』より)

そして彼は、フランスとドイツの技術者教育に着目し、徒弟制や同業者団体による現場教育に主眼を置くイギリス従来の方式の改善を訴える。当時、英国土木学会でも似たような議論はあって、1870年には従来の経験主義的な方法だけでなく、理論習得の重要性を指摘する報告書を刊行している。この調査に参加したのが、グラスゴー大学で土木工学の講座を担当し、工学理論の体系化に尽力したランキンであり、ランキンに学んだのが工部大学校都検のダイアーであった。こうした歴史の連なりを知れば、ダイアーが創り出した理論と実技を総合した工部大学校のカリキュラムの世界史的意義も見えてくるだろう。

古市が訴えた技術者の総合性の話も同様である。古市が土木学会会長講演で述べた「工学は一つなり。工業家たる者は其の全般に就て知識を有せさるへからす」のくだりは、彼が留学したサントラルの基本方針を正確に翻訳したものだが、サントラルにしてみれば、これはイギリスを源流とするシヴィル・エンジニアの彼らなりの理解を示していた。

そもそも、築城から軍艦・大砲・火薬製造まで行うミリタリー・エンジニアの対概念として、18世紀後半に生まれたシヴィル・エンジニアには、構造物だけでなく造船、機械、化学に至る技術全般を担う役割が求められていた。しかし、その約100年後に日本が近代工学を導入するまでの間、機械、造船、冶金などが独立し、シヴィル・エンジニアリングはインフラを担当する工学の一分野となっていた。このことは、工部大学校の学科編成にも反映されている。しかし、シヴィル・エンジニアを実態としてではなく、概念として理解していたフランスでは、非軍事のあらゆる分野に通じる技術者という当初の考えを保持し続け、それが古市を通して日本にも紹介されたわけである。

ただ古市の総合性の理念には、さらなる広がりがあった。おそらく、青年時代から背負ってきた国家的期待と、フランスに伝統的なテクノクラートの存在が影響したのであろう。彼は、土木技術者には行政的、経営的手腕も必要と考えていた。古市の生きざまが、まさにそのことを示しているし、彼が初代学長を務めた帝国大学工科大学で、土木行政学と工芸経済学が土木工学科に組み込まれたのも、その表れといえよう。

古市がこの理念を土木学会会長講演で表明する頃には、アメリカなどでも同様の議論が沸き起こっていた。このように考えれば、古市の遺伝子を受け継ぎ、かつ、海外の動向を踏まえてテクノクラシー運動を牽引した直木、宮本、久保田豊らによる、満州・朝鮮・台湾の開発と、その先にある戦後日本とアジアの総合開発は、アメリカのニューディール政策、ソ連の計画経済、ナチスドイツの国土計画を含む世界の大きな歴史の中に位置づけてしかるべきだろう。さらに、古市以降の歴史の連環も考慮すれば、それを単に20世紀的事象と片付けずに、19世紀に遡る技術者論の系譜の中から捉える視点も重要かと思う。

北河大次郎(文化庁文化財調査官)

1969年静岡県生まれ。東京大学土木工学科卒、エコール・ナショナル・デ・ポンゼショッセ博士課程修了。フランス国博士(国土整備・都市計画)。帰国後文化庁に入庁し、パリ大学客員講師、東京大学客員教授、文化財保存修復研究国際センター(イタリア)プロジェクトマネージャーなどを経て現職。著書に『近代都市パリの誕生』(サントリー学芸賞)、『図説近代日本土木史』(共著)など。

この記事が掲載されている冊子

No.60「技術者」

日本の近代化はごく短期間で行われたとしばしば指摘されます。国土づくり(土木)では、それが極めて広域かつ多分野で同時に展開されました。明治政府はこの世界的な大事業を成し遂げるために技術者を養成。その技術者や門下生らが日本の発展に大きな役目を担いました。
今号は、60号の節目を記念し、国土近代化に重要な役割を果たした「技術者」に注目しました。海外で西洋技術を学んだ黎明期から日本の技術を輸出するようになるまで、さまざまな時期における技術者が登場します。
時代を築いたリーダーたちの軌跡を見つめ直すことが、建設、ひいては日本の未来を考える手がかりとなることでしょう。
(2020年発行)

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