総論:近代土木の技術者群像

北河大次郎(文化庁文化財調査官)

近世土木から見えてくること

3つ目に注目したいのが、近世以前の土木の伝統の継承と断絶である。

近世日本における大規模土木工事の主な担い手は、本号で紹介する新渡戸傳のような武士階級であり、さらに時代を遡れば、利他の精神で治水や農業土木を行った行基のような僧侶、さらには律令時代に長大な駅路建設を行った国や郡の役人であった。彼らは、技術史家・三枝博音の言葉を借りれば、専門技術者というより指導者階級に属する人々であった。だからこそ、技術的問題に終始することなく、より社会的な目的を見据えた事業を行うことができたと言えよう。また、物流の基盤整備や新田開発では、角倉了以や河村瑞賢、工楽松右衛門のような商人(実業家)も、重要な役割を果たしている。彼らも単に営利を追求するのではなく、社会的ニーズを的確に把握し、インフラ経営を新たな社会システムに組み込む才覚を発揮した。

このような近世以前からの流れを踏まえて、近代土木の歩みを改めて振り返るとどうなるだろう。まず、工部大学校一期生・石橋絢彦(1853年生)の指摘するように、幕府普請方の業務の多くが民部省土木司に引き継がれたとすれば、武士階級の流れは近代に連続していたことになる。一見近代との関係が見えにくい商人の系譜も、干拓、港湾、鉱山、電力基盤整備などを行った藤田伝三郎、浅野総一郎、三井、三菱、住友、また豊かなアイデアで交通と一体的な都市基盤を創出した小林一三のような実業家に連なると考えれば、近代インフラにおける実業家の存在も大きかったことがわかる。さらに、土木に打ち込む僧の宗教的信念は、廣井や青山のキリスト教的精神に通じるものがあるといえよう。

このように近世以前と近代の連続性を確認できる一方で、その断絶も確かに存在する。その多くは、西洋工学の導入に起因するものである。

近代工学には、旧来超越的な存在であった自然を、科学の力でコントロールするというベーコン的な観念が内包されている。当初輸入学問として工学を学んだ日本の技術者も、新たに獲得した数理的な知識に基づき、地震や洪水が頻発する日本の自然をコントロールしようと努めてきた。複雑な存在を即物的に理解して単純化し、解を導き出す工学的アプローチは、今や社会的課題の解決にも用いられている。

一方、土、木、石といった伝統素材を用い、簡易な数理的分析しかできなかった近世以前の日本において、科学や技術の力は限られていた。だからこそ、自然の恵みと脅威のはざまで生きてきた日本人の伝統的な自然観や、政治、経済、生活などさまざまな論理が交錯する社会の理と情に対する理解など、技術力に過度に依存せず、経験の中で培われた知恵と知識を総動員した、より包括的な解決が目指されたのだろう。近代的な見方からすれば、それは不完全な解決だったかもしれない。しかし、内山節の表現を借りれば、そこには「矛盾と共存しうる人間の構想力」(『技術にも自治がある』より)があった。

われわれは、近代土木のリーダーたちが切り開いた道を、今も無意識のうちに歩き続けている。しかし、時には世界の歴史や近世以前の日本にも目を配りながら、その道ができた経緯を振り返ってみたい。そうすれば、目の前の風景もきっと違って見えてくることだろう。

参考文献

  • 廣井勇「下関海峡横断鉄橋設計報告」 『土木学会誌』第5巻第5号1919、pp. 965-988.
  • 故岩下清周君伝記編纂会編『岩下清周伝』1931
  • 旧工部大学校史料編纂会『旧工部大学校史料附録』1931
  • 東條恒雄「技術者小伝 古市公威」 『科学主義工業』第7巻第1号1943、pp. 190-198.
  • 石井頴一郎『ダムの話』、朝日新聞社 1949
  • 村松貞次郎「土木と建築:同根異枝の歴史」 『土木学会誌』1985、pp. 7-9.
  • 土木学会土木図書館委員会・土木史研究委員会『古市公威とその時代』土木学会 2004
  • 大熊孝『技術にも自治がある』農文協 2004
  • 北河大次郎『近代都市パリの誕生』河出書房新社 2010
  • 北河大次郎「近代土木史における建設コンサルタント」、『Consultant』Vol.283、2019/4、pp. 32-35.
  • アーロン・S・モーア『「大東亜」を建設する』人文書院 2019
  • 北河大次郎(文化庁文化財調査官)

    1969年静岡県生まれ。東京大学土木工学科卒、エコール・ナショナル・デ・ポンゼショッセ博士課程修了。フランス国博士(国土整備・都市計画)。帰国後文化庁に入庁し、パリ大学客員講師、東京大学客員教授、文化財保存修復研究国際センター(イタリア)プロジェクトマネージャーなどを経て現職。著書に『近代都市パリの誕生』(サントリー学芸賞)、『図説近代日本土木史』(共著)など。

    この記事が掲載されている冊子

    No.60「技術者」

    日本の近代化はごく短期間で行われたとしばしば指摘されます。国土づくり(土木)では、それが極めて広域かつ多分野で同時に展開されました。明治政府はこの世界的な大事業を成し遂げるために技術者を養成。その技術者や門下生らが日本の発展に大きな役目を担いました。
    今号は、60号の節目を記念し、国土近代化に重要な役割を果たした「技術者」に注目しました。海外で西洋技術を学んだ黎明期から日本の技術を輸出するようになるまで、さまざまな時期における技術者が登場します。
    時代を築いたリーダーたちの軌跡を見つめ直すことが、建設、ひいては日本の未来を考える手がかりとなることでしょう。
    (2020年発行)

    座談会:近代土木の開拓者

    樺山紘一(東京大学名誉教授、印刷博物館館長)
    月尾嘉男(東京大学名誉教授)
    藤森照信(東京大学名誉教授、東京都江戸東京博物館館長、建築史家・建築家)

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    総論:近代土木の技術者群像

    北河大次郎(文化庁文化財調査官)

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    【古市公威と沖野忠雄】 「明治の国土づくり」の指導者

    松浦茂樹(工学博士・建設産業史研究会代表)

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    【ヘンリー・ダイアー】 エンジニア教育の創出

    加藤詔士(名古屋大学名誉教授)

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    三浦基弘(産業教育研究連盟副委員長)

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    【田邊朔郎】 卒業設計で京都を救済した技師

    月尾嘉男(東京大学名誉教授)

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    【廣井勇】 現場重視と後進の教育

    高橋裕(東京大学名誉教授、土木史家)

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    【工楽松右衛門】 港湾土木の先駆者

    工楽善通(大阪府立狭山池博物館館長)

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    小野田滋(工学博士・鉄道総合技術研究所担当部長)

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    高崎哲郎(著述家)

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    大淀昇一(元東洋大学教授)

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    豊川斎赫(千葉大学大学院融合理工学府准教授、建築士家・建築家)

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    近代土木の開拓者年表