島安次郎(1870-1946)、秀雄(1901-1998)、隆(1931-)
新幹線に貢献した島家三代:世界へ飛躍した日本のシンカンセン
小野田滋
コンプレックスをバネに
日本の鉄道は、狭軌鉄道というコンプレックスをバネにして、新幹線という新しいコンセプトの鉄道を誕生させた。誕生に至るまでには、広軌化計画の挫折や、戦争による工事の中断などのハードルが伴ったが、技術者たちは狭軌という制約条件に束縛されながらも、機関車や客車の大型化を図り、電車列車による高頻度輸送を普及させるなど、与えられた条件の中でこれを克服する努力を続け、新幹線の誕生として結実させた。かつて開業時の新幹線は「夢の超特急」とも呼ばれていたが、鉄道関係者が追い続けた広軌の「夢」を実現した鉄道が東海道新幹線であった。今や日本の新幹線は広く海外でも知られており、「シンカンセン」として外国でもそのまま通じる日本語となった。
歴史に「もしも」はないと言われるが、もし大正時代の広軌改築計画や、昭和戦前期の弾丸列車計画が実現していたならば、逆に今日の新幹線は実現しなかったかもしれない。単に線路の幅だけを広げても、狭軌線の線路勾配や曲線半径のままでは、輸送量の増加に対してどれほどの効果があったかは疑問である。弾丸列車が実現したとしても、動力集中式のままでは現在のような分刻みの高頻度輸送には至らなかったかもしれない。いずれにしても、中途半端な広軌化が実現しただけで、「自動連結器への一斉取換えと並ぶ日本人の快挙」といった自画自賛に満足し、その後の技術開発が疎かになって、鉄道の斜陽化がより加速していた可能性すらある。
東海道新幹線実現の最大の功労者である十河信二は、「一花開天下春」(宋代の禅僧・宏智正覚(わんししょうがく)の禅語「一輪の花が開いて天下の春の訪れを知る」の意)を座右の銘としてその実現にあたったが、新幹線はまさに、国力、人材、技術がその臨界点に達した時代に、国民の叡智を集めて開花した。新幹線をご利用いただく際には、黎明期、実現期、発展期というそれぞれの時代を支え続けた島家三代の功績や、その実現にあたった人々の存在にも、思いを馳せていただければ幸いである。
参考文献
- 小野田滋「車両技術の確立・島安次郎」『RRR』vol.54 No.5 1997
- 小野田滋「新幹線の生みの親・島秀雄」『RRR』vol.56 No.1 1999
- 高橋団吉『新幹線をつくった男島秀雄物語』小学館 2000
- 島秀雄遺稿集編集委員会『島秀雄遺稿集』日本鉄道技術協会 2000
- 島隆「父島秀雄と新幹線」『JREA』vol.1,43 No.7 2000
- 高橋団吉著・島隆監修『島秀雄の世界旅行1936-1937』技術評論社 2008
- 島隆「父・島秀雄の技術哲学」『こうゆう』No.240 2012
- 『東海道新幹線1964』交通新聞社 2014
- 『新幹線50年史』交通協力会 2015
- 小野田滋監修・高橋団吉協力・桐嶋たける画『島秀雄新幹線をつくった男(角川まんが学習シリーズまんが人物伝)』KADOKAWA 2018
小野田滋(工学博士・鉄道総合技術研究所担当部長)
小野田滋(工学博士・鉄道総合技術研究所担当部長)
1957年愛知県生まれ。日本大学文理学部応用地学科卒。工学博士。土木学会フェロー。文化庁文化審議会文化財分科会第二専門調査会委員。国鉄東京第二工事局、西日本旅客鉄道(出向)などを経て現職。著書に『鉄道と煉瓦』『高架鉄道と東京駅』『東京鉄道遺産』『関西鉄道遺産』『鉄道構造物を探る』など。

No.60「技術者」
日本の近代化はごく短期間で行われたとしばしば指摘されます。国土づくり(土木)では、それが極めて広域かつ多分野で同時に展開されました。明治政府はこの世界的な大事業を成し遂げるために技術者を養成。その技術者や門下生らが日本の発展に大きな役目を担いました。
今号は、60号の節目を記念し、国土近代化に重要な役割を果たした「技術者」に注目しました。海外で西洋技術を学んだ黎明期から日本の技術を輸出するようになるまで、さまざまな時期における技術者が登場します。
時代を築いたリーダーたちの軌跡を見つめ直すことが、建設、ひいては日本の未来を考える手がかりとなることでしょう。
(2020年発行)
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