品川新駅プロジェクト

"絶対的な安全"への挑戦と自信、
そして誇り。
「品川新駅(高輪ゲートウェイ駅)
プロジェクト」

PROJECT 02

PROJECT 02

インフラの代表である鉄道。その工事は難工事の代名詞でもある。手がけたのは、都心部での新駅建設という社会的な注目度も高いプロジェクト。それは絶対的な安全の確保という至上命題への挑戦だった。

田子 一義

品川新駅JV工事事務所
所長 現場代理人

1979年入社。建築工学科卒。安全の確保が最重要である鉄道工事の現場を預かる所長として、工事の安全で円滑な進行のために力を尽くした。

高見 朋宏

品川新駅JV工事事務所
工事長 監理技術者

2000年入社。工学部建築学科卒。主任技術者として「高輪ゲートウェイ」駅のシンボルである大屋根部の工事を担当した。

中井 千秋

品川新駅JV工事事務所
工事長

2008年入社。理工学部建築都市デザイン学科卒。主任として駅舎の躯体工事、外装工事、駅舎外のデッキ工事、駅前のイベント施設工事の安全・品質・原価・工程管理を担当。

室賀 敦貴

品川新駅JV工事事務所 主任

2014年入社。生命環境科学研究科環境科学専攻修了。設備工事の施工管理として施工計画の検討から施主との調整、工事の遂行、確認までを担い安全・快適な建物の実現に貢献。

吉野 友哉

生産事務部事務第三課 主任

2014年入社。経済学部卒。現場事務として施工以外に係る業務を幅広く担当。経理、総務、人事関連業務を通じて技術職員が施工に集中できる環境を整えることに尽力。

※所属および役職は、取材当時のものです。

CHAPTER 01

街の新たなランドマークをつくる

2020年3月14日、JR山手線に30番目の駅が誕生した。「高輪ゲートウェイ」駅。実に49年ぶりという山手線の新駅の開業である。未明の闇の中、品川方面からやって来た一番列車が真新しいホームに滑り込む。その様子をコンコース(大通路)からじっと見下ろす男たちがいた。

田子

田子:一番列車は拍手と歓声に包まれましたが、我々は新駅の建設に携わったものとして、万が一にもトラブルが起きることはないだろうかと案じながら見ていたので、まずはホッとしたというのが正直なところです。そして緊張を解くことなく「次は外回りの列車だ」と視線を反対方向に転じたのを覚えています。

高見

高見:肩の力を抜いたのは、数本の列車を見送ってから。やっと"これならもう大丈夫だろう"と安堵の息をつきました。そしてお互いに「お疲れ様」と声をかけ合い、完成したばかりのホームから電車に乗り込んで帰宅しました。

達成感や喜びよりも、まず"安全"に対するこだわりが先に来る。それが鉄道工事に携わるものたちの矜持(きょうじ)なのである。
この「高輪ゲートウェイ」駅の着工は、さかのぼること3年半前。広大な車両基地を再開発し、国際ビジネス交流拠点にふさわしい約100万㎡の街をつくろうとJR東日本が進める「品川開発プロジェクト」において、その玄関口と位置づけられた。何しろ都心部の、しかも山手線新駅の建設という半世紀ぶりのビッグプロジェクトである。若手メンバーたちの思い入れもひとしおであった。

中井

中井:街のシンボルとなる建物の建設に携わることが、大林組に入社した際の夢でした。まさにその夢を実現できるチャンスに巡り会えたことで、気持ちの高ぶりを抑えられませんでした。

室賀

室賀:新しい駅をつくるなんていう機会はめったにあるものではありませんから、プロジェクトに参加できたのは大きな喜びでした。街のランドマークとなる建築物を手がけるというスケールの大きな仕事ができるのも、大林組ならではの醍醐味(だいごみ)です。

吉野

吉野:受注当時、私は本社部門にいて、新聞を通じてこのプロジェクトを知りました。早く現場事務として活躍したいと考えていたので、このようなビッグスケールの現場に携わることになり心底嬉しかったです。私にとって大きなチャレンジとなりました。

CHAPTER 02

斬新なデザインを可能にした卓越の施工力

駅は交通の要であると同時に街のランドマークである。完成した「高輪ゲートウェイ」駅は大きな注目を浴び、特にその外観は柔らかな膜構造の大屋根が話題となった。「折り紙」をモチーフとしたデザインは日本ならではの"優しさ""もてなし"を感じさせるとして、まさに国際都市をめざす街のアイコンにふさわしいと歓迎されたのである。外装にはふんだんにガラスを使用。光が射し込む1000㎡の吹き抜けは、これまでの駅のイメージを一新するほどの斬新さだ。著名建築家によるこうしたデザインをかたちにしていくうえで立ちはだかったのが、山手線、京浜東北線、東海道線に囲まれた中での施工の安全性確保という難題だった。

田子

田子:例えば資材揚重では万が一にも線路側に振れることがないよう、万全の注意を払いました。具体的には境界線を越えそうになったら警報が発せられるようにレーザーバリアシステムを導入。また、BIM(Building Information Modeling:建築物の3次元デジタルモデル)データとクレーンの位置情報を連動させることで、大型クレーンの位置と吊り荷の位置がリアルタイムに反映され、レーザーバリア位置に近づくとオペレーターのタブレットに直接警報が発せられるシステムも使用し、二重の安全措置を施しました。この技術は今後クレーンの自律運転システムへと展開していきます。

中井

中井:私は外装のカーテンウォールを担当しました。とにかく非常に大きくて重いガラスを使用したので、その施工計画には苦労したのを覚えています。特に3階のカフェに使用されたのは、1枚のガラスが最大のもので高さが7.2m、重さ600kgという規模。これを2階に設置した仮設構台(作業のための台)上から小型クレーンで3階まで持ち上げて取り付けたわけです。周りの仕上げも進み、大屋根を支える部材をよけながら設置する難工事でした。

田子:大屋根については「折り紙」の膜屋根とそれを支える鉄骨の施工に高い精度と品質が求められました。そのため設計、製作段階でBIMを駆使。鉄骨建て方では両側の100mずつ離れたビルの屋上から三次元計測を行い、±10mm以内という高い精度を実現しました。

室賀

室賀:設備工事では昇降機の搬入経路に頭を悩ませました。高見工事長と相談して、大屋根の工事が終わって解体予定だった仮設構台にクレーンを載せて昇降機を運ぶという方法を採りました。搬入のタイミングと構台解体のタイミングについて調整を図りつつ、下を京浜東北線が走る中で工事を進めました。山手線ホームから吹き抜けを貫くエスカレーターで乗客が上がってくる様子を見ると、あの時の苦労を思い出します。

吉野

吉野:実は現場の作業員詰所(休憩施設)は鉄道の敷地内であったため、専用の電話回線を敷設することができませんでした。そのため固定電話もネットも使えない状態でした。そこで敷地外に開設した現場事務所のビルの屋上を借りてルーターを設置し、詰所までWi-Fiを飛ばすことで対応。これも鉄道線路に囲まれた現場ならではの難点でした。

v

高見:強調したいのは、この現場で投入された技術のほとんどが決して大林組にとって革新的なものではないという点です。これまで鉄道工事を含め、多くの施工で使われ、実績を重ねてきた技術を取り込んで「高輪ゲートウェイ」駅を完成させました。例えば大屋根をつくるために、斜めに走る柱など干渉物の多い吹き抜けの下に駅全面にわたって足場を組み立てる必要があり、その計画策定には苦労しましたが、BIMを活用して実現しました。我々の感覚としては特段に難しい現場ではなかったというのが正直なところです。それこそが逆説的に大林組の技術力の高さを証明していると言えるかもしれません。

CHAPTER 03

安全に対する使命感で貫かれた一体感

「高輪ゲートウェイ」駅工事を大林組が受注したのは、これまでの実績に加え、建築と土木が一体となって取り組むことができる点が評価されたことも背景にあった。駅工事ではホーム床から上を建築、下を土木が担当する。施工の安全確保が絶対的な命題である中、建築と土木が一つのチームとして一体となって作業を進行できることは、大きな安心材料と受け止められたのである。そうした一体感を象徴するのが、バックオフィス業務を一手に引き受ける現場事務の存在。縁の下の力持ちである現場事務もまた、"安全"という志を共有しながらものづくりに挑むチームの一員なのである。

吉野

吉野:何十億円というお金の支払い・原価管理、近隣対応、技術職員の勤務状況や健康の管理などを通じて、工事が工程通り円滑に進むよう、技術職員が施工に集中できる環境を整えることが現場事務に求められる役割です。

田子

田子:現場事務はコンプライアンス遵守の面でも我々にとって不可欠の存在です。技術職員は施工に集中するあまり、つい目の前の仕事にとらわれて視野が狭くなりがちです。そんな時に現場事務は広い視点で現状をチェックし、会社の規定に反することは行われていないか、コンプライアンス上の問題はないか、確認してくれます。これも安全性を確保するうえで重要な仕事です。

室賀

室賀:吉野君と私は同期入社で、何かあっても気軽に相談できる関係です。設備工事の施工担当として電気工事や鉄道工事を請け負う多くの会社との調整が必要ですし、特に電気設備については電気を供給してもらうための打ち合わせ・調整が不可欠です。その際に必要となる各種手続きなどについても吉野君にサポートしてもらいました。竣工に向けて一丸となって工事を進めるうえで、欠くことのできない仲間でした。

中井

中井:私も困ったこと、分からないことがあれば最初に質問するのが吉野君でした。iPadや新しいシステムの使い方を含め、どんなことでもすぐに答えを返してくれるし、分からないことは関係部署への問い合わせもしてくれました。

吉野

吉野:「高輪ゲートウェイ」駅は社会的注目度の高いプロジェクトでしたから、連日のように多くの見学者が訪ねてきました。その対応・案内も私の仕事でしたが、この現場の一員であることを誇らしく感じ、自分も同じチームの一員としてものづくりに携わっているという実感が得られました。

CHAPTER 04

手がけた仕事が社会の財産になる喜び

「高輪ゲートウェイ」駅はコロナ禍での開業となったため、華々しいセレモニーなどは行われなかった。そのことは少しばかり心残りではあったものの、列車の運行を止めることなく、安全に竣工させるという命題を見事に果たしたことに、プロジェクトの誰もが胸を張った。ランドマークとしてその圧倒的なデザイン性の高さが注目されがちではあるが、"何事もなく工事を終わらせた"ということこそ、彼らにとって最も価値ある事実だったのである。

室賀

室賀:開業当日は明け方から多くの人が列をつくり、楽しそうに駅の中を歩き回っていた光景が印象的でした。設備の担当としては、とにかく無事に開業を迎えられて「ホッとした」の一言に尽きます。

中井

中井:幼稚園に通う娘が新駅開業のニュースをテレビで見て「パパ、すごいね」と言ってくれたのが嬉しかったです。実際に駅にも足を運び、家族に自分の仕事を見せることができました。

吉野

吉野:私も遠方にいる両親をはじめ、家族に喜んでもらえたのが嬉しかったです。これからも多くの現場で経験を積み、現場事務は吉野に任せれば安心と言ってもらえるようになることが目標です。

田子

田子:品川駅港南口から連なるこの一帯は、かつては広大な敷地に電車の車両基地が広がるエリアでした。私がまだ若手だった頃から再開発の話はあり、約25年前には品川駅の自由通路のプロジェクトに携わることができました。今回、この街の新たな未来につながるプロジェクトに携われたことは誇らしく、鉄道工事を多く経験してきた私にとって最後の担当現場がここであったことにも非常に感慨深いものがあります。

高見

高見:「高輪ゲートウェイ」駅を無事に竣工させたことは大林組にとってはもちろんのこと、技術者としての私にとっても、鉄道工事に関するさらなる知見を得られたことが大きな財産となりました。今後も鉄道事業との関わり合いを通じて、自らの専門性に磨きをかけていきたいと考えています。