Project 01
北海道ボールパークFビレッジプロジェクト
不屈の決意と高い技術力、そして確かな一体感。
Project 03
首都高リニューアルプロジェクト
内容・所属は取材当時のものです。
Introduction
老朽化が進む都心部の高速道路を、車の流れを止めることなく造り替える──。とてつもなく高難度のそんなプロジェクトを成功に導いたのは、大林組ならではの圧倒的な技術力と、組織の垣根を越えたチームワークだった。
Member
東京本店 首都高東品川JV工事事務所
所長 現場代理人
山本 多成
1997年入社。工学研究科土木工学専攻修了。本プロジェクトの施工者としてJV全体、設計部門および工事支援部門を取りまとめ、ミッションの遂行に携わる。
土木本部 生産技術本部
橋梁技術部 担当部長
岩城 孝之
1997年入社。工学研究科建設工学専攻修了。工事公告の段階から、技術提案の立案~概略設計~提案書作成に9社JVの設計リーダーとして携わる。
東京本店 首都高東品川JV工事事務所
工事長 監理技術者
河合 吾一郎
2015年入社(中途)。工学部土木工学科卒。監理技術者として施工計画、発注者や関係機関との協議・折衝、現場担当者の指導・教育などに携わる。
Chapter 01
"昭和の東京五輪"に向けた突貫工事によって、1964年に開通した首都高速1号羽田線。それは高度経済成長期の日本のシンボルでもあった。以来半世紀以上、海上桟橋構造および盛土構造で構築された区間を中心に首都高は厳しい腐食環境による劣化が進み、ついに「都心部高速道路の造り替え」という前代未聞の更新工事が決断されたのである。






Chapter 02
更新区間は鮫洲運転免許試験場から天王洲アイル駅近くまでの約1.9km。橋桁(橋脚に支えられた道路の部分)と海水面の空間が極めて狭いことから特に腐食が激しく、コンクリート剥離などの重大な損傷が目立つ区間だ。工事はまず上り線を迂回する仮の道路を設置し、その後新たな上り線を構築して下り線を移す。これは車の流れをストップさせないためだ。そして新しい下り線を構築して新たな上下線の供用にいたる。この大規模な工事を車の流れを止めることなく進行させ、しかも"令和の東京五輪"(当時は2020年夏予定)の開催時には古い構造物に車を走らせてはならないということが大命題とされた。工事着手は2016年2月。迂回路の完成・供用まで20ヵ月、新しい上り線の供用まで4年半という、常識外れの短期間で施工に挑むことになったのである。





Chapter 03
難題は工期の短さだけではない。施工ヤードの狭さやマンションなどが近接していることなども大きな障害となって立ちはだかった。さらに上下部一体発注のため土木グループ(大林組含むゼネコン5社)と鋼橋グループ(4社)の計9社JV(共同企業体)という点も異例のことで、メンバーは現場運営の難しさを痛感させられたのである。





Chapter 04
コロナ禍によって東京五輪は1年延期されたが、本プロジェクトの至上命題とされていた迂回路と新しい上り線の構築は予定通り2020年6月に完了を迎えた。短工期に狭い施工ヤード、異種共同企業体というさまざまな難題に直面しながらも、「古い構造物に車を走らせてはならない」という要求に見事に応えて見せたのである。現在プロジェクトは新しい下り線を構築するⅡ期工事の真っ最中だ。首都圏物流の生命線として激しく車が行き交う中、昼夜を分かたず工事は続けられている。


