第3章
2017 2021
ESG経営と技術革新――持続可能な未来を拓く
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事業領域の深化・拡大〔2〕土木事業

さらなる生産性向上への取り組み

IoTやAIなどを利用した「技術革新」により、生産性の向上や社会的課題の解決をもたらす「第4次産業革命」が、官民を巻き込んで新たな市場を創造しながら進展している。国土交通省は、ICTの活用により建設現場の抜本的な生産性の向上をめざす「i-Construction」の推進を通じて、建設現場の生産性を2025(令和7)年までに20%向上させる方針を打ち出した。

当社は、新たな建設ビジネスモデルの創出も念頭に置きつつ、生産活動拠点で蓄積されるデータ・経験・ノウハウをloTやAIなどにより保有技術と有機的に結び付けて事業プロセスに組み込むことで、生産性向上を図った。

主な取り組みとして、橋梁の大規模更新工事におけるプレキャストの壁高欄や、常温硬化型超高強度繊維補強コンクリート「スリムクリート」をプレキャスト床版の横目地に用いた「スリムファスナー」など、プレキャスト化の推進による省力化技術や、ICTを活用した設計施工の適用範囲拡大に注力した。また、CIM(Construction Information Modeling)のさらなる活用に向けて、トンネル施工中に得られる切羽(掘削面)前方探査データなどを取り込んだCIMモデルを構築、掘削断面の状況を機械で判定する技術を開発し、国土交通省による官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM:Public/Private R&D Investment Strategic Expansion PrograM)に選定されるなど高い評価を受けた。

エネルギー関連事業の拡大

エネルギーを取り巻く環境が変化するなか、当社は収益基盤の多様化に向けて太陽光、風力、バイオマスなどを利用する再生可能エネルギー発電事業を拡充し、これに伴ってエンジニアリング・土木事業分野を中心に再生可能エネルギーの関連工事も増加している。当社が自ら事業を手がけることで低炭素社会の実現に貢献するとともに、EPC(Engineering, Procurement and Construction : 設計、調達、施工)のノウハウを蓄積し、さらに関連する独自技術を開発し施工することで、将来的に増加が見込まれる次世代エネルギーに関する顧客ニーズに最適なソリューションで応える体制の構築をめざしている。

2017(平成29)年5月、当社は株式会社巴技研と共同で、風力発電の大型風車を、超大型クレーンを使わずリフトアップにより組み立てる装置「ウインドリフト」を開発した。発電効率を高めるため年々風車の大型化が進んでいるが、一方で超大型クレーン(1200tクラスの油圧クレーン)の性能(定格荷重と揚程)の関係から、従来工法では発電容量4MWクラス(支柱高110m程度)が限界であることがわかっている。「ウインドリフト」は、超大型クレーンでは建設できない大型風車や背の高い風車の建設を可能にし、かつ上空でのローター組立て装置も備えているため地組ヤードが不要であり、最小限の施工ヤードでの工事を可能にした。

また、2018年9月には、当社と東亜建設工業株式会社が共同で、発電容量9.5MWクラスの大型の着床式洋上風力発電設備に対応するSEP船(Self Elevating Platform:自己昇降式作業台船)の建造を決定した。2020(令和2)年には10MWクラスの大型洋上風力発電設備の建設を可能とする改造を加えて2023年の完成をめざしている。

SEP船(Self Elevating Platform:自己昇降式作業台船)完成予想図
SEP船(Self Elevating Platform:自己昇降式作業台船)完成予想図

さらに2019年11月には、着床式および浮体式の二つの形式で洋上風車建設にかかわる技術を確立した。風車の支柱が海底まで到達している着床式は比較的水深が浅い場合に、風車自体が海洋に浮いている浮体式は水深が深い場合に適している。当社は、着床式では実大規模の「スカートサクション」を洋上に設置および撤去することで洋上風車基礎としての適合性を実証した。一方、浮体式では、コンクリート製浮体を海底地盤に緊張係留する「テンションレグプラットフォーム型 浮体式洋上風力発電施設」を考案した。

また、地熱発電を利用した水素製造プラントの開発にも取り組み、2017年12月にニュージーランドのTuaropaki Trust社と「地熱発電を利用したCO2フリー水素製造・流通の共同研究に関する覚書」を締結。そして、同社所有の地熱発電所の電力を利用する水素製造プラント(1.5MW規模を計画)を建設し、地熱発電電力によるCO2フリー水素のサプライチェーン構築実現に向けて研究を進めている。さらに2020年7月には、大分地熱開発株式会社の協力を得て、大分県玖珠郡九重町において、地熱発電実証プラントの建設に着手した。これは、敷地内に地熱発電電力を活用した水素製造実証プラントを併設し、地熱発電電力を利用して得られるCO2フリー水素をさまざまな需要先へ供給するまでの一連のプロセスを実証する日本初の試みである。

実証プラントで製造したCO2フリー水素は、地元の工場に搬送して燃料電池フォークリフトの燃料として利用するなど、地域のエネルギー資源として有効に活用。また研究パートナーを広く募り、この実証で生み出される地熱発電電力やCO2フリー水素のさまざまな活用方法を検討することで、地域住民をはじめとした多くの人に再生可能エネルギーの利用や水素社会の到来を身近に体感してもらえるような取り組みを進める。

川上・川下分野への進出

当社は市場における優位性を高めるとともに、事業環境の変化や技術革新の進展など時代の要請に柔軟に対応し、将来にわたり持続的な成長を図るため、「中期経営計画 2017」において土木事業の事業戦略として、川上・川下分野への進出による収益の多様化をめざした。

そのための方策として、設計コンサルタント会社や調査診断会社、補修補強会社との連携を深め、設計業務の処理能力強化やD/B(設計施工一括発注)に積極参加するなど、営業力を強化することで周辺分野への進出を図った。また、材料メーカーとの連携によりコストを抑制し、本業における競争力向上をめざした。

さらに当社の実績が少ない施工分野(海洋工事、地盤改良工事)の体制を強化するため、マリンコントラクターなど専門工種に強い企業との連携を図るほか、社内保有技術や「i-Construction」の推進に伴う技術成果などのうち、新たな収益源となり得る「シーズ」を活用した事業化を検討した。この流れの一環として、2019年4月に従来の「建築本部PDセンター」を「建築本部iPDセンター」に改組した際にCIM制作課を新設し、建築・土木が一体となってBIM/CIMを推進する体制を整えた。

こうした取り組みの成果として、オープンイノベーション(他業種との連携)の手法を活用した次世代生産システム構築の新たな試みが、2018年の「パワード・クロージング(Powered Clothing)」を開発する米国アパレル系ベンチャー企業Seismic社(Seismic Holdings. Inc.)への出資だった。同社は、SRI Internationalからスピンオフしたスタートアップ企業で、SRI時代にDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency:米国国防高等研究計画局)から委託され、ロボット工学・技術をアパレル(衣服)デザインに融合させた「パワード・クロージング」を開発した。着用者の筋肉・骨格・関節などの動きに連動して伸縮する人工筋肉が、アパレル(衣服)に融合されている。衣服のように軽量かつコンパクトな人工筋肉は、適用部位を自由に選択でき、日常の生活のさまざまなシーンでの使用が可能になった。

パワード・クロージング
パワード・クロージング

また、2018年9月には、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、地球や月、火星で容易に入手可能な原料を利用して、有用な建設材料を生産する技術を開発した。マイクロ波による加熱焼成やコールドプレスといった方法により、それぞれの環境と構造物の用途に適したブロック型の建設材料を製造するもので、現地の資源を利用する「地産・地消型探査技術」として、地球からのロケットによる資材の運搬にかかる莫大なコストを低減し、月や火星での活動を持続可能にすることが目的だった。

このように当社が長い間かけて開発・蓄積してきた保有技術を活かして新たなシーズを探索し、本業の周辺分野における事業拡大を図っている。

大規模プロジェクトの動向

この時期の大規模プロジェクトとしては、2019(平成31)年3月に開通した新名神高速道路の四日市ジャンクション(JCT)-亀山西JCT区間(一部先行開通部分あり)がある。当社は路面延長約27.8kmのうちの約54%にあたる14.9km(トンネル区間約5.5km)および四日市JCTを施工した。これにより、この区間で受注した本工事を含めた工事7件が2018年度までにすべて竣工し、静岡県~滋賀県間のダブルネットワーク化に貢献した。

また、高度成長期に建設された高速道路のリニューアル工事の一環として、橋梁の床版取り替えについてのさまざまな技術開発を行っている。中央自動車道の園原インターチェンジ(IC)(長野県)-中津川IC(岐阜県)間では、2018年から全10橋を対象にした大規模な橋梁のリニューアル工事を実施している。短期間での急速施工と高い耐久性を可能にするプレキャスト床版接合工法「スリムファスナー」とフルプレキャストの「EMC壁高欄」などを採用し、施工サイクルの最適化を行うことで、従来工法に比べ約30%の工程短縮を実現した。

海外においては、ニュージーランド最大規模の高速道路プロジェクトである「ウォータービューコネクショントンネルおよびグレートノースロードインターチェンジ」の工事に当社技術が貢献した。掘削外径14.5mのシールドトンネルは南半球最大級で、当社の大断面シールドや低土被り掘進技術が導入された。発注者、設計者および請負者が一つのチームとなり、工期や工事費の目標設定から設計・施工・維持管理までを遂行するアライアンス契約により、着実な成果をあげた。

一方、ダム工事分野では、独立行政法人水資源機構発注の川上ダム本体建設工事(三重県伊賀市)において、これまでのダム建設における情報化施工技術を集約した「ODICT」(Obayashi-Dam Innovative Construction Technology)を活用した建設を開始した。洪水被害軽減と安定した水道用水確保のために計画された川上ダムは1967(昭和42)年に予備調査を開始し、50年たった2017(平成29)年に工事に着手、現在ダム堤体の基礎掘削を終えコンクリート打設を進めている。

(参照:スペシャルコンテンツ>6つのストーリー>ODICT)

測量技術の進化と未来

国土交通省が2016(平成28)年4月に発表した「i-Construction~建設現場の生産性革命~」は、調査、設計、施工、検査、維持管理、更新の建設プロセスのすべてでICTや3次元技術を活用し、生産性を向上させようというものだ。これ以降、業界での技術革新と規制緩和の進展があいまって、建設現場はめざましい進化を遂げている。

UAV(Unmanned aerial vehicle:ドローン)を用いた測量が公共工事で使用できるようになったのはi-Construction の発表と同じ時期の2016年3月。建設現場の上空からドローンで地上を撮影して写真測量を行うことが可能となり、作業時間が大幅に短縮。撮影した写真から点群(座標を持った点の集合体)を作成し、点群と3次元設計データを比較して、土量算出や出来高確認をすることもできるようになった。2019年7月には、測量用GPSと同じ仕組みで精度の高い位置情報を収集できる機種を採用し、時短は一層進んだ。

2018年 2月には、スマートフォン用測量アプリ「スマホdeサーベイ」開発について発表。赤外線センサーを搭載したスマートフォンを用いて、点群による3次元の地形データをその場で簡単に取得し、そのままメールで点群データやCADデータをパソコンなどに送信、効率的に地形の安全性評価や工事に伴う搬出土量の計算などができるという画期的なアプリだ。2019年10月には新バージョン「スマホdeサーベイAR版」を株式会社エム・ソフトと共同開発し、同社が一般向け販売を開始した。「AR版」を大林組の社内標準アプリとして土木・建築工事に導入し、測量業務の省力化・効率化を図っている。