1976年に完成した筑波大学附属病院で、免震化を含むリニューアル工事が進んでいる。既存の建物を残しながら耐震化する「免震レトロフィット」を採用した大規模改修だ。既存の柱や壁を切断して中間層で免震化し、病院機能を維持しながら改修する。大林組はこの二つの大きな課題に挑んでいる。
老朽化した病棟の免震化と大規模改修
地下を二層化する「中間層免震レトロフィット」
茨城県内唯一の特定機能病院として高度な医療を地域に提供する筑波大学附属病院は、建物の増改築を繰り返し、複数の棟が入り組んだ複雑な構成になっている。病院のほぼ中心部に位置するB棟は主に入院病棟として利用され、また高度先進医療の推進、先端的な臨床教育も行われており、耐震性確保や老朽化した設備の改善が必要だった。
耐震性確保のための工事には、既存建物に免震装置を組み込んで建物の揺れを小さくする免震レトロフィット工法が採用されることになった。同工法は内外装を変える必要がないため、公共施設や病院など、稼働を停止できない建物に適用される。さらに今回は、B棟の周囲に広い空間がないことを考慮し、建物の中間層にある既存の柱や壁を切断して免震装置を設置する中間層免震が選択された。これが最初の課題だ。
大林組は、B棟地下階の余裕ある階高を活かして、既存の地下1階を「免震階」(免震装置および設備インフラスペース)と「地下1階」に2層化し、免震階の柱に免震装置を設置する、「地下1階柱頭免震構造」を提案した。建物の地下を掘り、最下層に免震装置を設置する基礎免震と比べ、中間層免震レトロフィットは、条件によっては工期や工事費が抑えられる利点がある。
限られたスペースで4万6千tの重さを支える
病院を機能させながら免震レトロフィットを採用した工事は国内でも数例しかなく、その中でも中間層免震レトロフィットは非常に珍しい。大林組にとっても、中間層免震レトロフィットは初めての挑戦となった。
ここで問題となったのが、B棟と他の建物をつなぐ渡り廊下だ。建物の免震化では、地震発生時の建物の揺れしろ分の空間となる、B棟周辺の建物や地盤との隙間(クリアランス)をつくる必要がある。
B棟にある渡り廊下10ヵ所は、他棟とのクリアランスを確保するため切断し、改めてエキスパンションジョイントでつなぐ。病棟間の動線を確保しながら、効率よく工事も進められるよう、渡り廊下を順次工事していく。
その後、地下の免震化工事を開始した。総重量約4万6,000tのB棟の荷重を免震装置へと移行させていくために、まず既存躯体を補強し、油圧ジャッキと山留め鋼材を組み合わせた仮設支柱を既存本設柱の周囲に設置する。
次に、柱で支持している建物を仮設支柱に受け替え、柱の一部を切断して引き抜く。その後、柱に免震装置(積層ゴム支承他)を設置し、建物荷重を仮設支柱から本設柱へ移行する。
一般的な基礎免震と中間層免震の大きな違いは作業スペースの有無だ。柱の切断や免震装置を柱に挟み込むには足場や重機が必要だが、既存建物での工事は、柱の周囲の状況が1本ごとに異なる。免震装置を設置する83本の柱ごとに詳細検討を行い、施工手順を策定した。
工事中の地震対策として「改良水平拘束工法」を開発
中間層免震は、免震装置より下の固定部と免震装置より上の免震部とを絶縁し、振動による水平の移動を吸収する構造となり、壁に水平方向の免震スリット(※1)が必要となる。柱頭免震工事では、工事中の地震対策のため基礎免震とは異なり周囲に反力を取れる地盤がないので、仮設材で免震スリットを拘束する。
今回開発した「改良水平拘束工法」は、上下の壁を挟んだ定着鋼板を、スリットに挿通した PC鋼棒で締め付けることで、定着鋼板と壁との摩擦力で壁の拘束を可能とし、作業工程を短縮して省力化を実現した。本設柱への荷重移行後、仮設支柱を解体、この仮設拘束具を撤去して免震工事は完了する。
- ※1 免震スリット
中間層免震建築物の壁において、建物上部の免震部と下部の固定部を分離する水平の隙間。地震時に建物上部が自由に動けるようにする役割がある
-
壁に設置された改良水平拘束治具。建物にかかる引き抜き力、水平力に対応する
-
従来工法では、切断した上下の壁を定着鋼板で挟み、PC鋼棒で固定、せん断耐力で壁を拘束する。壁に挿通する仮設の削孔が必要
患者の命を最優先に考える
病院の運営を第一に考えた工事計画
もう一つの大きな課題は、病院機能を維持しながら改修工事を行うことだ。本工事は、B棟内の免震・リニューアル工事と「けやきアネックス棟」の増築に大きく分かれるが、病院機能を維持するスペースを可能な限り確保するために、さらに細かく5つのステップに分けて工事を進める。
まず、STEP0として実施したけやきアネックス棟の増築工事では、新棟を増築してB棟工事に支障のある厨房や事務室などの施設を移転。B棟地下1階にあった厨房設備の移転では、けやきアネックス棟から各病棟への配膳ルートを検討するなど、病院運営を第一に考えた施工計画を行った。
施設の移転完了後、STEP1から4を通じて実施するB棟地下1階での免震工事を開始し、同時にB棟1階から5階の全面改修、エレベーターの一部更新(STEP1、2)も進めた。
STEP3、4で行う6階以上の上層階の全面改修は、階ごとに病院と工事エリアを区分をせず、各フロアを東西に分割して施工。STEP1および2での低層部より、さらに騒音・振動・粉じん・臭気を抑える施工が求められた。そのため、壁と躯体の縁を切ってからコンクリートを解体することで振動を抑え、塗装の臭気は空気の流れを考えて対策するなどできることは徹底的に考えて実施した。
人の生死に関わる設備工事
病院内のインフラを誤って切断してしまうと、患者をはじめ病院全体に影響を及ぼす危険性がある。所長の斉藤は「この工事には人の生死がかかっている、失敗が許されない工事だ」と職員や作業員に言い続けている。
特に診療継続に不可欠な設備の改修工事では細心の注意を払う必要がある。時間をかけて重点的に既設インフラの調査を実施したところ、築40年を超える病棟では竣工図面にはないインフラ設備が多く発見された。
特に通信系統のケーブルは、システム導入のたびに追加され、どのケーブルがどのシステムにつながっているのか不明なものが多かった。徹底的に調査を行ったうえで既設インフラを色分けして見える化し、誤切断防止に向けた作業員への周知を図っている。
さらに、B棟には地下の共同溝から電気や熱源、医療用ガスなどが供給されており、地下で免震工事を進める前に、B棟内での自家消費に切り替え、地下を介さない配管ルートへの変更工事が必要だった。そこで、屋上に空調冷温水および給湯熱源設備を新設。供給を切り替えた。
地下での免震工事完了後には、B棟内の配管は全て更新、新しい配管への切り替えも必要となる。これら全ての作業は、建物がオフィスならば利用者がいない週末などに進めるが、病棟は年間365日患者が利用している。病院との定例会議や個別打ち合わせなどで、数ヵ月から半年先まで切り替えのスケジュールを決め、事前に各科に通知したうえで実施しなければならない。
多くの病院新築工事を担当してきた副所長の神田は「ベッドサイドの医療用ガスや痰の吸引配管の切り替えには機能停止が必要です。しかし、一時的でも利用を停止することはできないので、ポータブル器の用意や看護師の増員をしてもらうこともありました」と経験したことがない、居ながらにしての改修の難しさを語る。
診察外来の予約者数だけで2,000人を超え、800床を備える大病院は、さまざまな力を結集した強固なチームの力で、2024年8月に安全かつ最先端の医療施設に生まれ変わる。
(取材2023年9月)
工事概要
名称 | 筑波大学附属病院病棟B改修事業 |
---|---|
場所 | 茨城県つくば市 |
発注 | 筑波大学 |
設計 | 大林組 |
概要 |
SRC造、B1、12F、PH付、延2万9,036m² 中間層免震レトロフィット(B1階柱頭)、外壁高圧洗浄・塗装、屋上シート防水撤去・新設、外部建具カバー工法、内装撤去・新設(躯体改造あり)、電気・空調・衛生・昇降機・気送管・医療ガス管の撤去、更新 |
工期 | 2020年3月~2024年7月 |
施工 | 大林組 |