プロジェクト最前線

日本一のホテルをつくる心意気

パレスホテル建替計画新築工事

2012. 02. 07

ものづくりの心からおもてなしの心へ

辺りに凛とした空気を漂わせ、泰然と構える皇居。そのお濠端(ほりばた)にパレスホテルが開業したのは、日本が高度経済成長期にあった1961(昭和36)年。以来およそ約半世紀にわたり、この由緒ある立地で、各国の要人をはじめ、数多くのゲストを迎え入れてきた。伝統と新しい文化が共に息づくこの土地で、建て替えの時を迎えた格式あるホテルが、パレスホテル東京として今、装いを新たにしている。

特別史跡に近接してビルを建てる

和田倉濠に面するホテル棟と永代通りに面するオフィス棟。両棟は、24時間体制で同時に施工が進んでいる。2つの棟は3階までがつながっており、その上はそれぞれ独立した造りだ。「宴会場や婚礼施設などの総合結婚式場の機能を備えた都市型ホテルの建設は、近年ではあまりありません」。計画当初から関わってきた工事長の真部は言う。

皇居のお濠に近接する施工には多くの配慮を要する。その一つは石垣の存在だ。和田倉濠を囲む石垣には、江戸時代から時を経て積み重ねられた部分がある。積み替えによるためか、石垣は決して堅固といえない状態だった。

その石垣を守るため、お濠側の山留め壁は、止水性が高く低振動のTRD工法を採用した。また、特殊工法部や技術研究所の協力のもと、敷地内の山留め壁と石垣の間に流動化処理土で連続した止水壁を構築。重機の振動から石垣を防護し、お濠へのソイルセメントの流出を防いだ。

解体、掘削、鉄骨、1階先行床工事などが混在していたころの現場。一方では地上の躯体が立ち上がり、一方ではまだ地下を掘っている

工法を変えて短工期に挑む

短工期対策への奮闘ぶりがこの現場の多くを物語る。準備期間もなく既存建物の解体工事に着手。計画されていたのは逆打ち工法だ。しかし、構造変更で逆打ち支柱部材の発注が進まず、当初からの工法変更が検討された。さらに、山留め工事中の予期せぬ地中障害物への対応、地下掘削時の既存躯体の解体で時間を取られる。大幅な工法変更は避けられない状況となった。

この苦境を打開すべく、現場は構造設計部をはじめ、支援部門との検討を重ね、2段打ち工法への変更を決断した。

逆打ち工法は、まず1階床を構築した後、地下に向かって1フロアごとに掘削と躯体構築を繰り返し、同時並行で地上階の鉄骨工事を進める。

対して2段打ち工法は、まず地下最下部まで一気に掘削する。次に底部の基礎を構築したら地下の鉄骨工事を行い、地上1階の床を構築。そして、地下最下部と地上1階から2段同時並行で上に向かって施工を進める。地下4階から地下1階の立ち上がりの躯体工事期間に地上の鉄骨工事を開始できるため、大幅な工期短縮が可能になるのだ。

ただし、2段打ち工法では地下に巨大な空間が生み出されるため、施工の難易度が高まる。しかし、それは乗り越えねばならない壁だった。検討を重ね、オープン掘削なども実施。大林組の総力を結集し、工期短縮への挑戦が進められた。

オープン掘削された地下の様子。空間を確保して作業効率を上げ、掘削と地下既存躯体の解体の工期短縮を図った

高低差のある現場を進む

この難易度の高い工事を進めるため、オフィス棟を担当する工事長の菅原とホテル棟を担当する工事長の小熊は、各棟の状況をまとめ双方の連携を図る。 分厚いファイルには、毎日、昼夜ごとに描かれた施工シミュレーション図がぎっしりととじられていた。日々、刻々と変わる桟橋やクレーンの位置、作業の動線などをA4サイズの紙に描きこんだものだ。まるでパズルを組み立てるような作業。こうして作られた資料は「日めくり」と呼ばれ関係する職員全員が共有した。

最も大変だったのは、1階の床を完成させるまでの間だ。1階床全体を完成させた後に地上部の施工に取りかかれば、車両が動く場所も、物を置く場所もある。しかし、工期短縮のため、床ができた所から地上部の工事に取りかかった。その結果、地上階の鉄骨が組み上がり始めている場所があれば、まだ地下を掘っている場所もあるという、進捗の違いによる高低差が各所に生まれることになった。

そんな中、工事を安全に効率良く進める役目を担った2人の努力は、並大抵のものではなかった。共有する「全体の把握」と「完成にかける思い」。そこにある優先事項の判断に、ホテル棟とオフィス棟の垣根はない。

数え切れないほど描かれたシミュレーション図

新たな装いで誕生する2つの棟

ホテル棟施工の難しさは、混在するさまざまな施設とデザイン性からくる複雑な形への対応だ。工事長の小熊が「幾つもの物件を同時に施工しているようだ」と言う通り、低層階には大中小の宴会場やレストラン、チャペルに神殿、フィットネスクラブ、スパと、多彩な施設を持ち、客室のタイプも一様ではない。躯体工事にも仕上げ工事にも、より多くの配慮が必要になる。

客室の南面に設けられたバルコニーからは、高層ビル群を背景に、緑豊かな美しい眺望を楽しむことができる。大宴会場は、天井高が約7mで2、3階2フロア分が吹き抜け。大きな窓は壁全面のガラス張りで、外から見ても印象的だ。4階には中宴会場があり、この2つの柱のない大空間は、4階から6階までを斜めに貫いている2本の柱につられている。

また、複雑な外装を大人数で一気に仕上げるために、高層建築には珍しく外部を覆い尽くすように足場が組まれるなど、とにかくいろいろな「特別」が詰まった造りだ。

オフィス棟は心地良い執務環境を追求した、ハイグレードな設計がなされている。床まで取られた窓には周囲の緑が映え、眺望を考慮して設計された部屋の角に立てば、宙に浮いたような感覚になる。窓は二重サッシで、その間に設置されたブラインドは屋上のセンサーと連動、日射しの傾きでその角度を自動調整する。既に入居を検討する企業が何社も見学に訪れている。

ホテル棟大宴会場のロング梁は約30m。躯体工事の期間は仮設支柱で支えられている
大宴会場の無柱大空間を確保するため、直上階に枝分かれした柱を設置。通称「介の字」
客室のバルコニー。今後テーブルや椅子が備えられ、利用客のくつろぎの空間になる

「ダイナミック」から「繊細」へ

着工から約2年。その約半分が地下工事に費やされた。続く躯体工事は急ピッチで進められ、現場は今、仕上げ工事への切り替えの時を迎えている。「これまではダイナミックに工程を立てて進んで来たが、今後は繊細さも必要になる」と所長の齊藤は話す。それは造る物を理解し、検証を重ねていくという、作業を進めるうえでの繊細さを意味する。

例えば、ホテル棟の神殿の天井に使われる寄木細工や、美しい模様を織り成してチャペルの天井を覆う、何本もの細いパイプ。それらがどう納まるのか、誰もが未経験だ。繊細な観察力をフルに働かせて臨む必要がある。

発注者と向き合うたび、そのプロ意識と完成への期待の高さに気が引き締まると皆が言っていた。竣工まで残りあとわずか。完成の日を迎え、工事に関わったすべての人が万感の思いを抱く時、ものづくりの心はおもてなしの心へと引き継がれる。

足場が解体され、建物の表情が見えてきた。下部に組まれた足場の向こうは、ガラス張りのチャペル
オフィス棟(左手前)とホテル棟(右手前)。オフィス棟の左を走る永代通りの地下では、大林組パレスホテル地下通路工事事務所による地下鉄東西線大手町駅との連絡通路の施工が進められている

(取材2011年8月)

工事概要

名称パレスホテル建替計画新築工事
場所東京都千代田区丸の内
発注パレスホテル
設計三菱地所設計
概要SRC造・S造、B4、23F、PH2F、2棟、総延13万9,558m2、290室
工期2009年8月~2012年2月
施工大林組

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