羽田空港に程近く、離発着する飛行機が間近に飛び交う品川区八潮。その湾岸道路に囲まれた一角に、巨大な一台の掘削機がスタンバイされた。泥土圧式としては日本最大径を誇るシールドマシンだ。そして、掘削開始の合図とともに静かな音を立て、外径13.6mのカッターがゆっくりと回転を始めた。
整備が進む中央環状品川線
首都高速道路の中央環状線は、都心から半径約8kmの範囲をぐるりと結ぶ環状道路だ。全線は約47km、渋谷や新宿、池袋などの副都心エリアを連絡することで、首都圏の慢性的な交通渋滞の解消などが期待されている。
3月28日には新宿~渋谷間を結ぶ中央環状新宿線の開通が予定され、平成25年度の全線開通に向けて、湾岸線と渋谷を結ぶ「中央環状品川線」が最後の区間となった。
日本初の技術「URUP(ユーラップ)工法」で挑む
大林組JVが担当する中央環状品川線大井地区トンネル工事は、湾岸線から大井ジャンクションで分岐した地点に区間延長約730mのトンネル道路を構築し、併せて換気所の下部工を築造するもの。トンネルの掘削にあたっては、地上から発進したシールドマシンがそのままトンネルを掘り進めるURUP(ユーラップ)工法を採用している。
シールドマシンが地上から発進し、再び地上へ到達する技術は日本初。大林組が7年にわたって開発を進め、実証実験を重ねて実用化した工法だ。
周辺住民やドライバーの皆さんへの影響を最小限に
URUP工法の開発がスタートしたのは2003(平成15)年のこと。立体交差化を短期間で完了し、施工時の環境負荷を低減できる工法の検討が始まった。開発や実証実験に携わってきた井澤工事長は、当時をこう振り返る。
「交差点や踏切での慢性的な渋滞を解消するために、立体交差事業のニーズが増えていくだろうと考えていました。ただ、工事に伴う騒音・振動や二次交通渋滞を発生させるわけにはいきません。そこで辿り着いたのが、シールドマシンを地上発進・地上到達させるURUP工法でした」
URUP工法は、地上から掘る開削工法とは異なり、マシンを発進・到達させるための立坑を掘ったり、トンネルへ続く斜路を掘削したりする必要がない。地下を一気に掘り進めるため、工期を大幅に短縮できるのだ。工事期間が短ければ、周辺住民やドライバーの皆さんへの影響も最小限に抑えられる。
「開削工法のように杭打機などの大型重機を使わず、マシンは掘り終えるまで地下を潜行するので、騒音・振動を低減できます。それに、掘削土量を最小限にしてCO2排出量を削減できるので、環境に優しいことも大きなメリットです」と井澤工事長は胸を張る。
埋設インフラとの間隔は30cm。緻密な精度管理で掘り進む
シールドマシンによる掘削は、3月1日にスタートした。まずは2週間ほどかけて約20mを初期掘進し、550m先の大井北換気所に向けて本掘進に入る。マシンは大井北換気所の下部躯体内でUターンした後、さらに336mを掘削し、来年3月に再び地上に姿を現す予定だ。
工事を率いる田代所長は、「今後いよいよ地下へと掘進していきますが、土木工事では実際に掘削してみないと分からない部分もあります。軟弱粘性土を主体とする地盤の状況を監視しながら、マシンの状態や設備などにも細心の注意を払って進めていくことになります」と表情を引き締める。
また、地下には臨海部から都市部へ電力を供給するインフラが埋設されており、掘削するトンネルとの間隔はわずか30cmほど。緻密な精度管理も大きなポイントになる。
「URUP工法は、開削工法に比べ施工範囲がコンパクトなので、都市部のアンダーパス施工で効果を発揮できることを証明したいですね」
シールド技術の歴史に名を残す
これから本格化する工事に向け、井澤工事長は「初めての工法でプレッシャーは大きい」と話すが、URUP工法が生まれたのは「新しい技術を開発して、交通渋滞の解消や環境負荷の低減に貢献したい」という技術者の思いがあったからこそ。「シールドの歴史に名を残す工事なので、土木技術の発展のためにも無事に成し遂げます」と気概をのぞかせる。
そして、田代所長が意気込みを力強く語ってくれた。「今回の工事は、技術提案が評価されて大林組JVが担当することになりました。しっかりと造りあげ、発注者の期待に応えたいと思っています。現場や関係者が一致団結し、完成に向けて頑張っていきます」
地下へと前進を始めたシールドマシンが、再び地上に姿を現すのは約1年後。新たなチャレンジの後ろには、土木技術の未来を拓く「道」ができているはずだ。
(取材2010年3月)