あしたはあしたの風が吹く。前もって考えてもどうにもならないことの例えとして、風は使われることがあります。しかし、私たちは真っすぐに風と向き合うことで、自然災害から暮らしを守り、自然の恵みを最大限に活かせると考えています。
人が感じる空気の流れ、それが風です。日本では古くから、台風や冬の季節風などの強い風への脅威に備えつつも、夏には窓を大きく開けて風を通して涼を得るなど、風を暮らしに活かしてきました。今回は、誰もが身近な存在である「風」を紹介します。
自然現象としての風を知るために、発生のメカニズム、種類、現象とともに利活用の事例を解説します。
1 風を知る
空気の流れ、つまり風ができる頻度と原因からお話ししましょう。
強弱の差はありますが、風はほとんど休むことなく吹いています。年間、どのくらいの強さの風が、どのような割合で吹いているのかを観測した気象データがあります。
東京管区気象台の例では、無風からごく弱い風(風速(※1)毎秒1m未満)は年間3%程度しかなく、残りの97%は常に何らかの風が吹いていることが分かります。中でもそよ風(風速毎秒2~3m程度)が最も多く吹いています。
ではなぜ風は常に吹いているのでしょうか。
温度差から生まれる風
穏やかに晴れた夏の海岸では、昼間、海から心地よい風が吹いてきます。この風は「海風(※2)」と呼ばれます。
陸と海は日射を受けて温められますが、土や岩と、水では温まり方に違いがあるため、陸上と海上の空気に温度差が生じます。この温度差を埋めるために空気の移動が起こり、これが風となります。
例えば、関東地方では、太平洋と関東平野の温度差から大規模な海風循環、陸風循環(※3)が起こっています。
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7月20日の午前0時から午後9時まで(21時間)の地上の気温と風の向きの変化をシミュレーションしたものです。日の出とともに陸の気温が上昇(低温の青色から高温の赤色へ変化)し、気温の低い海から陸に向かって風が吹いていることが矢印(黒)の方向から分かります
地球規模の風も温度差から
赤道近くに吹く東寄りの貿易風と、中緯度地域に吹く偏西風が、地球規模の代表的な風です。これも温度差から生まれています。
丸い形の地球に、太陽光が平行光線として降り注ぐと、太陽高度(角度)が低緯度地方は高く、高緯度地方は低くなります。これにより受け取る日射に強弱の差ができ、南北方向の温度差を生み出しています。さらに自転による影響を受け、貿易風や偏西風になります(※4)。
風は再生可能エネルギー
温度差をならそうとする風に対し、太陽光は常に地球に降り注ぎ、南北の温度差を作り出そうとします。この結果、大気の大きな流れが維持されます。
太陽光が降り注ぐ限り、風は発生します。「風力エネルギーは再生可能エネルギーである」といわれるゆえんです。
2 風の両面性
日本には、毎年必ず台風が接近したり、上陸したりして、家屋や作物、人に多大な被害を及ぼすなど、風は大きな脅威となってきました。その一方で、高温多湿の気候に対応するため、家屋に風通しの良さを重んじるなど、私たちは古来から風を利用し続けてきました。人との関わりにおいて風は「脅威」と「利活用」の両面を持っています。
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図にある風速を時速に置き換えると、毎秒15mではおよそ時速55km、毎秒25mでは時速90kmにもなります。これだけの速さの乗り物に乗って風を受けているのと同じことになります
3 脅威となる風
建設分野でも、さまざまな風の課題があります。 夏から秋にかけて、日本列島の南に位置する熱帯の海で生まれた台風が襲来し、時に大きな被害をもたらします。そうした強い風が吹いても十分に耐えられる建物を造る必要があります。地震への備えと同様に、建物自体やそこで暮らす人、そこにある財産を守るための大切な課題です。
風に耐える建物を造る
風の中で安全に建物を造る
自然現象である強い風は、建物を建設中であるか否かなど、私たちの都合とは関係なくやってきます。完成後の建物だけでなく「建設中の強風への備え」も大きな課題です。
東京スカイツリー®は、未経験の高さでの建設でした。上空では強風が発生する頻度が高く、風は大きな脅威の一つでした(※7)。
塔体に取り付けたクレーン(タワークレーン)などの大型建設機械を、地上500mを超える高さで安全に稼働させるため、大林組独自で行った現場上空の風観測記録と、気象庁が持つ高層の風観測記録を組み合わせて詳細に分析し、想定される風の強さを求めました。その風に耐えられるように、クレーンの固定方法や強風時のクレーンの姿勢安定方法を開発のうえ、施工しました。
4 サステナブル社会に向けた風の利用
一方、東日本大震災以降、電力不足による省エネ意識の高まりや、エネルギー資源の多様化への動きが加速しました。太陽光、地熱、バイオマスなど再生可能エネルギーの活用促進が模索される中、休むことなく吹き続ける風の「利活用」は注目を集めています。
自然換気で省エネルギーを促す
省エネルギーの面ではこれまで以上に風活用の工夫が求められています。自然光を建物内に取り入れることで省エネ化を実現するように、風を室内に積極的に取り込むことで、空調機器の使用を抑え、エネルギー消費量を低減することができます。効率的な自然換気を促すためには自然の風が流れるような開口部の設計が必要になります。
風の道でヒートアイランドを抑制する
建物が複雑に林立する都市では、人の活動に伴う大量の排熱や、地表面のアスファルト化、コンクリート化により熱がこもりやすくなっています。そのため、ヒートアイランド現象(郊外に比べて島状に気温が高くなること)が発生するなどの都市の熱環境の悪化が問題になっています。
熱環境問題に対して風を活用する緩和策として、大規模な都市開発では、例えば海風(※2)を都市内部に導き入れるというような、風の通り道を考慮した建物の配置や形態にすることが求められるようになってきました。一部の自治体ではガイドラインの策定も始まっています。
再生可能エネルギーの「風」で発電する
風は、再生可能エネルギーとして有望視されており、国際的にも発電量は年々大きな伸びを示しています。
日本でも今後、さらなる導入が期待されていますが、地形が複雑な日本においては、陸上における風車の建設に適した立地が年々減少してきています。厳しい地形条件での風力発電事業を可能とするためには、より精緻な風況評価が必要となっています。
5 大林組の取り組み
これまで見てきたように、建物内外の最適な配置計画や形状設計、精緻な風況評価など、風をより効果的に利活用するためには独自の技術が必要です。大林組がこれまで培ってきた技術や、課題の解決に技術を活かしてきた事例を紹介します。
換気に自然の風を活かす
換気は、温度や湿度、空気の新鮮さ(空気の質)など、屋内の空気環境を良好に保つうえで欠かせません。
オフィス空間では、中で働く人の体温や呼吸により、熱や湿気、二酸化炭素(CO2)が屋内空間に放出されています。またパソコンなどの事務機器も熱を放出しています。これらが空気の質を低下させる要因になります。通常、冷暖房機(エアコン)や換気の設備(換気ファン)によって、空気の質が良好に保たれており、一般的なオフィスビルの場合、1時間当たり6~8回程度の換気が必要とされています。
換気に必要な消費エネルギーを減らすため、自然換気を導入し、シミュレーションを活用して、より効果的な開口部の配置を検討しています。
自然換気シミュレーション図内の黒の矢印は風の向きと強さを表します。風が吹くと風上と風下の壁面で圧力差が生じて換気を促し、無風時には室内外の温度差に伴う煙突(上昇)効果によって、エレベーターシャフトや階段室を経由した換気が生じます。
最上階での換気は「風がある場合は3回」(緑色)、「風がない場合でも1回」(濃い赤) 行われます。開口部を適切な位置に設けることで換気に必要なエネルギーを削減します。
10階建て建物での自然換気シミュレーション(換気回数をフロアごとに算出)
街を通る風の道を知る
熱環境シミュレータ「Appias(アッピアス)」を用いて、建物周辺の地面や空気の温度を予測しています。建物外周部に湿潤性舗装を行うなどのヒートアイランド対策技術を施した場合の効果を分析し、その最適な配置を提案しています。
しかし、都市の熱環境悪化の進行は早く、街全体で風を通りやすくするなど、これからは計画する建物だけでなく建物敷地の周囲を含む、都市レベルでの取り組みが必要です。
都市レベルでの計画に応えるため、市街地の中の風の流れを詳細にシミュレーションする解析手法「風の道評価ツール」を開発しました。建物に当たった風の乱れなど都市の中の複雑な流れを予測します。こうしたシミュレーション結果に基づいて、建物周辺の風の通り道を考慮した計画を行っています。
再生可能エネルギーによる発電のために
風力発電事業をサポート
風力発電を行うには、風車の建設に適した場所の選定、風と発電量の予測、収益性の評価など全体の計画をまず立てます。その後、事業の成立性を確認し、計画を含む設計、調達、施工という段階を踏みます。大林組は事前の全体計画や開業後の運用、管理までトータルに風力発電事業をサポートしています。
良い風が吹く場所を探す
風力発電では、風がよく吹く場所、多くの発電量を得られる場所を探すことが最も大事です。全体計画の中の風況調査でそれを行います。
発電を効率的に進めるには、風車の羽根(ローター)の回転軸高さ(発電容量によって地上30m~80m)で、年間平均風速が最低でも毎秒6mを超えるような立地が必要です。
複雑な地形を考慮する
陸上では、風が小刻みに強くなったり弱くなったりする、いわゆる風の息(乱れ)(※8)があります。平均的な風速がいくら高くても、乱れが多い風は風力発電には適さず、風車にも良い影響を与えません。候補地における風車の建設地点の選定では、風の乱れの大小も重要になります。
乱れの計算に適した数値シミュレーション技術を用いることで、最適な風車の建設場所をあらかじめ予測できます。
風力エネルギーの利用に向け、陸上だけでなく、洋上の風況観測にも取り組んでいます。小刻みな地形の起伏などがないため、乱れが少なくかつ大きな風速が得られることから、今後の活用が期待されています。
未来のために、技術を活かす
大林組は、地球規模の大気の循環や、地形的な状況から生まれる風と真摯に向き合い、日々研究を重ねてきました。これからも、自然災害をもたらす風から暮らしを守りつつも、身近なエネルギー源として風を活用する技術の開発に努めていきます。
注釈(※1~8)
- ※1 風速
- 風速、瞬間風速
通常「風速」は、10分間の平均風速で表されます。平均に用いられる10分間という長さ(平均化時間)は、日本の気象庁で標準的に用いられる長さで、気象の分野では特に断りのない限り、平均風速というと10分間平均を指します。10分間平均風速は、気象分野だけでなく、風に耐える建物の設計や風力発電の計画においても用いられる基本的な風速です。米国など海外では1分間平均風速がよく用いられています。
平均風速に対し、時々刻々と変化する風の風速を「瞬間風速」といいます。気象庁では瞬間風速は0.25秒間の平均の風速として定めています。風が小刻みに強くなったり弱くなったりする変化を、私たちは常に経験していますが、それは瞬間風速を肌で感じていることになります。
- 最大風速、最大瞬間風速
台風が接近してくるときに、天気予報で「中心付近の<最大風速>は毎秒40m」といった言葉を耳にしますが、このときの風速も10分間の平均風速が用いられています。風は時々刻々と変化するものなので、瞬間的にはより大きな風速となっています。瞬間風速の中で最大のものを「最大瞬間風速」といいます。
- ※2 海風
陸は海よりも温まりやすく冷めやすい性質を持っています。これは陸を構成する土壌や岩は、水と比べ熱容量が小さい(温まりやすく冷めやすい)からです。逆に海は温まりにくく冷めにくい性質を持っています。
海風は、日中の風の循環を表わしていますが、夜になるにつれて今度は陸の方が海よりも急速に冷えていきます。夕刻には、海と陸との温度差がほとんどなくなることが多く、その時間帯は温度差による風も弱まります。これは「夕凪(なぎ)」と呼ばれます。
夜になると昼間とは逆に風向きが変わって、冷たい陸から暖かい海に向かって弱い風が吹くようになり、「陸風」と呼ばれます。
翌日夜が明けて、夜の間海よりも冷えていた陸の温度が再び上昇を始めますが、陸の温度がだんだんと上がってきて、海の温度と同じになる時間は再び風が弱くなり、「朝凪」を迎えます。
- ※3 海風循環、陸風循環
陸の上空は、地上で温められた空気が次々と後から上昇してくるため、同じ高さの海上部分に比べてやや気圧が高い状態になります。そのため、地上とは逆に、陸から海に向かう弱い風の流れができます。その気流は、陸に向かう海風を補うように徐々に下降し、循環する空気の流れを形成します。これは「海風循環」と呼ばれます。夜は逆の循環が形成され「陸風循環」となります。
- ※4 地球全体を取り巻く大気の流れ
暖かい低緯度地方では上昇気流が盛んです。上昇した空気はゆっくりと高緯度地域(北半球では北へ、南半球では南)へ向かおうとしますが、地球の自転の影響(コリオリ力)を次第に強く受けるようになり、東に向きを変えていきます。北半球でも南半球でも同様です。東向きの風はすなわち西風であり、これが偏西風です。偏西風は、低緯度と高緯度との温度差と、地球の自転の働きとがつくり出した風です。
中緯度から赤道地方に戻ってくる風は、同様に自転の影響で次第に東風となり貿易風を形成します。
偏西風は、気温の南北方向の変化が最も大きな中緯度地域にできます。温帯低気圧や移動性の高気圧は、両者が対になって低緯度の熱を高緯度に運ぶ作用をするため、偏西風帯にもっとも多く現れます。天気の変化を引き起こすこれらの気象現象は偏西風に乗って西から東へ流されます。天気の変化が西から東へと移っていくのはそのためです。
- ※5 対流圏
地球を取り巻く大気圏は、高さによる気温の変化の仕方の違いに起因し、下から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏と層状の構造をしています。
対流圏は、地上から高さ10km程度(赤道で約16km、極で8km程度)までの気層で、地面に接しているため陸や海からの熱や水蒸気の供給を直接受け、対流が活発な層です。大気圏内の水分のほとんどは対流圏にあります。気象現象が起こるのは対流圏内です。
対流圏の上、高度10~50kmの範囲は成層圏といいます。成層圏の下層の部分は温度がほぼ一定で、それより上は高度とともに気温が上昇します。上の方が暖かいので対流が起こりにくい層です。
対流圏と成層圏の境を圏界面といい、発達した積乱雲でも上昇気流は圏界面によって頭打ちになり横に広がります。
- ※6 風の分類
気象庁によると、風はその強さによって次のように分類できます。
- 静穏:風速毎秒0.3m未満
気象学的には無風状態です。
- やや強い風:風速毎秒10m以上15m未満
- 強い風:風速毎秒15m以上20m未満
風力発電などエネルギー利用の対象になります。風速毎秒10m程度の風は風力発電には最適な強さですが、ビル風のような建物周りの風環境や、高層建物などの建設現場の作業環境では悪影響を与える風でもあります。この風速範囲の風は、活用と脅威の2つの側面があります。
- 非常に強い風:風速毎秒20m~30mm
木の小枝が折れたり、屋根瓦が剥がれたりなど風による被害が出始めます。人は何かにつかまっていないと立っていることが困難です。
- 猛烈な風:風速毎秒30m以上
倒木や建物の損壊などの被害が出始めます。被害をもたらす強い風に耐えるため、耐風設計として建設分野では取り組みを続けています。
上の説明から分かるように、風速が毎秒0.3m~10m範囲の風、すなわち、体感的には「心地よい風が吹いている」、「今日は風が少し強い」、などと感じるような範囲の風については、気象庁は「非常任強い風」のような名称を与えてはいません。この範囲の風速の風は頻度がもっとも高く、特に大きな風害につながる恐れがない、ということによるといえます。
- ※7 高い場所は日常的に風が強い
風は空気という流体の流れです。地上には、建物や樹木といった空気の流れの妨げになる凸凹が多く、風を弱めるように働きます。地面と空気との間には摩擦も働きます。これらの抵抗力によって、地面近くの風は上空の風に対して「弱められている」といえます。
逆に、建物や樹木のような障害物がない上空や海上は、風に対する抵抗力が少なく、風が弱められないため、一般に陸上より風が強くなります。
- ※8 風の息(乱れ)
地面の凸凹や樹木などによってつくられた渦が、風にのって運ばれてくることで、風に乱れができます。これらの渦は乱流渦と呼ばれており、渦が多い風を乱れた風といいます。