プロジェクト最前線

長周期地震動から超高層ビルを守る

大阪府咲洲(さきしま)庁舎長周期地震動対策工事

2013. 08. 21

超高層ビルでゆっくりとした大きな揺れを引き起こす要因とされる長周期地震動。高さ256m、地上55階建てと日本屈指の超高層ビルである大阪府咲洲庁舎では、その本格的な対策工事が24時間体制で進められている。

東北から770km離れた地での大きな揺れ

2011(平成23)年3月11日14時46分頃、三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。程なくして、およそ770kmも離れた大阪府の咲洲でも、庁舎が約10分間にわたり左右にゆっくりと大きく揺れ続けた。

咲洲庁舎を襲った大きな揺れの現象。それは「長周期地震動による共振現象」といわれるものだ。長周期地震動とは地震動に含まれる長い周期の波が引き起こす、ゆっくりかつ遠くまで伝わる揺れを指す。これが咲洲の地盤に伝わり庁舎を揺らした。

このとき、庁舎そのものが持つ揺れ方(固有周期)と地震動の揺れ方(周期)が一致する「共振現象」が起きたと考えられている。

未知への挑戦

長辺方向は鋼製ダンパーで補強する。一本一本が巨大な地震エネルギーを受け止める

工事は庁舎内部の梁や柱で囲われた架構内を制振ダンパー(以下、ダンパー)で補強することで、建物の揺れ方を小さくし、共振の発生を抑制することを狙う。使用するのは、突っ張り棒のように踏ん張って建物剛性を強化する鋼製ダンパーと、車のサスペンションのように揺れを吸収するオイルダンパーの2種類。共に1基が最大長3m、重さも1tクラスという巨大なダンパーだ。

「これは未知への挑戦なのです」。副所長の椛島は開口一番こう言った。152基の鋼製ダンパーを長辺方向外周部と中心部の76ヵ所に、140基のオイルダンパーを短辺方向外周部の70ヵ所に設置する。

これだけの量、かつ巨大なダンパーを稼働中の超高層ビルに取り付ける工事は前例がないという。「参考にできる事例も、揺れに関するバックデータも持ち合わせていない。すべてが手探りです」と、苦悩の状況を語る。

そんな中、発注者やテナントが活動する最前線でさまざまな壁を乗り越え、工事をやり遂げるために重視したこと。それは、両者との信頼関係強化と元施工に携わった作業員の確保だ。発注者とは意見交換を頻繁に行って意思疎通を図ったり、テナントとの調整事項に協働して当たったりするなど、パートナーとしての関係を意識しながら真摯(しんし)に向き合ってきた。

テナント内部の施工では残業される方々に配慮して夜間作業を深夜作業に切り替えるなど、柔軟な対応を心がけている。元施工の作業員たちにこだわる訳は、彼らが庁舎の内部構造を熟知しているから。電気配線や排煙ダクトなど、見えない天井裏に潜む施工の支障物の状況を把握している彼らの強みを活かし、作業効率を上げていく。これらには、手探りの施工を少しでも前進させるための配慮や創意工夫が垣間見える。

1基の最大長3m、重さ1tにも及ぶ巨大なオイルダンパー。揚重するまで地下駐車場に仮置きする

巨大ダンパーを人力で揚重する

想像以上に難敵なのがダンパーの揚重作業だ。ダンパーは幅2.5m、奥行き1.6m、最大高4.0mという狭い貨物用エレベーターにぎりぎり入るサイズ。治具(台車)を使って運び入れる。治具は大林組大阪本店ビルケアセンターの協力を仰ぎながら、エレベーターに納まる大きさで十分な強度を満たすものを設計。地下のストックヤードで何度も強度試験を繰り返し、ようやく作り上げた。

しかし、あいにくこれを使っても上げられるのは、1回に付きせいぜい1本が限界。1本当たり40分はかかるため、1フロアの長辺、短辺両方を合わせた8本を揚重するのに最低5時間はかかる気の遠くなる作業だ。

独自に製作した治具にダンパーをつり下げ、貨物用エレベーターに運び入れる

熟練の技が支える

ダンパーは、まずガセットプレートと呼ばれる鋼鈑を架構内の3ヵ所に溶接し、これにY字や八字の形で取り付ける。一見単純そうに見える作業だが、実は作業員たちの熟練の技がなければ成り立たない世界がここにはある。

架構内のサイズは、どれをとってもまったく同じものは一つとしてない。そのため、施工にはダンパーの納まり具合を一つひとつ探りながら取り付けていく高度な技術が必要とされるのだ。その施工を担うのが鉄骨とび・鍛冶工と溶接工の作業員たち。

最初に鍛冶工が重さ400kgのガセットプレートを引き上げ、梁に仮付けし、とび工がダンパーを仮止めする。そこから両者で呼吸を合わせながらガセットプレートの位置、ダンパーの取り付け角度などを微調整し、納まりを確保する。

ポジションが決まった後は、溶接工が最大4cmあるガセットプレートと梁の隙間(溶接幅)を二重三重の金属層で埋めていく。特に上向きの体勢で重力に逆らって溶接しながら、均一の層を積み上げていく技は極めて高度なものとされ、これができる作業員の手配に苦労するほどだという。

ガセットプレートを梁に溶接。上向き体勢での作業は高度な技術を要する
揺れが大きくなりやすい短辺方向はオイルダンパーで補強

困難を乗り越えた先にあるもの

「人と人の関わり合いを大切にしてこそ前へ進める」。工事長の小野はそう強く感じている。見方を変えれば、この工事は発注者やテナントにとっても未知なるもの。より一層、密にコンタクトを取り、近い距離感で互いの理解を深めることが施工の大きな推進力につながっていく。

そして忘れてはならないのが作業員たちの協力。元施工に携わった経験者が集まってくれた。彼らの記憶、知識、技術、作業員同士の和が施工にさらなる突破力を与える。

世間が注目する長周期地震動の対策工事。進捗(しんちょく)はまだまだ道半ばといったところだ。副所長の椛島が力強く語る。「われわれは誰も経験したことのない、社会的意義の高い工事にチャレンジしています。ここで得た経験、施工ノウハウ、自信、そして発注者からのさらなる信頼は大林組の貴重な財産となり、今後の工事に活かされることでしょう」。高き誇りを胸に抱き、今日も難工事に立ち向かっていく。

(取材 2013年5月)

工事概要

名称大阪咲洲(さきしま)庁舎長周期地震動対策工事
場所大阪市住之江区南港北
発注大阪府
設計日建設計
概要SRC造、B3、55F、延14万9,296m2
工期2012年6月~2013年10月
施工大林組

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