プロジェクト最前線

都市型水害から街を守る巨大水槽を造る

千住関屋ポンプ所建設工事

2014. 02. 25

極端な天候に見舞われた2013年の日本列島。雨の事象に注目すると、春先の急速に発達した低気圧や夏場の突発的、局地的なゲリラ豪雨、台風などが各地に甚大な被害をもたらした。そんな中、東京都内で街の浸水被害の軽減をめざす巨大ポンプ所の建設が進んでいる。

都市に溢れる水への対策

突発的に大雨が降ることで、道路の冠水や家屋の浸水が起こる現象を内水氾濫という。都市化に伴い、アスファルト舗装された地面の増加が一因ともいわれる都市型水害だ。東京都では、水害被害額全体のおよそ9割以上が内水氾濫を要因とするもので(国土交通省 2009年水害統計調査)、治水対策が喫緊の課題となっている。

プール約50杯分の雨水をためる

東京都足立区千住地域。その一角で大林組JVが、千住地域としては三つ目のポンプ所となる千住関屋ポンプ所を建設中だ。

雨水を地下の巨大水槽に一時的に貯留し、隅田川に放流するための施設で、荒川と隅田川で囲まれた流域の7割をカバーする。完成すれば貯留可能容量1万7600m³、標準的な25mプールに換算して約50杯分の雨水に対応できる国内屈指のポンプ所が誕生することになる。

隅田川に面する千住関屋ポンプ所の建設位置

ニューマチックケーソン工法では国内随一の試み

工事は、水槽に当たる東西二つのケーソン(函体:かんたい)を鉄筋コンクリートで構築しながら、その真下で掘削を行い、自重沈下させる特殊な工法が用いられている。函体底部下に設けた掘削作業用の空間に、地下水の浸水を防ぐための圧縮空気を送入することから、「空気の」を意味する「ニューマチック」を付してニューマチックケーソン工法と呼ぶ。

水中に逆さまに沈めたコップ内の空気圧と水圧が均衡し、水が入ってこない原理を応用したもので、地下水のくみ上げを要さないため周辺地盤や井戸への影響を小さくできるメリットがある。

全体の掘削面積は4903m²、沈下深度は約50mと、およそ15階建てのビルを地中に収めてしまうようなダイナミックな工事。所長の甘サ(あまさ)は、「ニューマチックケーソン工法として掘削面積は国内一、大規模ケーソンの2函同時沈設も国内初の試み。世界でも例がないのではないか」と評する。

ニューマチックケーソン工法では、地中の掘削場所を地下水圧と同じ圧力にし、地下水の浸水を防いで作業する
東西二つのケーソンの断面図

設備の配置計画に一工夫

多様な設備を要するニューマチックケーソン工法。掘削を担う潜函工が地上と地中を行き来するマンロック、土砂を地上に運び出す通り道となるマテリアルロック、圧縮空気を送り込む送気設備などを狭い敷地にどう配置するかが課題だった。

そこで考え出されたのが複層階の構台を構築する方法。工事長の小山は「設備を立体的に配置して対処しています。空間の有効活用が工夫の一つ」と強調する。

青い円筒形の設備がマンロック。潜函工が地上と地中を行き来する

有人掘削から遠隔掘削へ

沈下初期段階は潜函工が地中に潜り、天井走行式の掘削機に乗り込んで掘り進める

工事の最大の特徴は、二つの函体をわずか2mの離隔で沈設させる点にある。鉛直方向に真っすぐ沈下させる方法について、工事長の小山は函体の傾きを示すモニターを指差しながら、説明した。

「函体の沈下力と地面の抵抗力のバランスが鍵。函体に取り付けたセンサーから得たデータで傾斜度を可視化し、常時監視しながら1日当たり15~20cmずつ沈めます」。

実はこの掘削、深度20mまでは有人掘削だが、以降は集中管理室からの遠隔操作で行っている。実際に潜っていた20人近い潜函工たちがモニターに映った掘削機を見ながら手元の操縦かんを操る姿。さながらゲームをしているかのような光景だが、これがニューマチックケーソン工法最新の掘削技術だ。高気圧下の作業で体の節々が痛くなるといった潜函病のリスク軽減などに優れた効果を発揮する。

とはいえ、掘削機のメンテナンスなどで入函の機会は残る。作業後の減圧措置の徹底、各人とのコミュニケーションに注力するなど健康管理には細心の注意を払っていると小山は話す。

深度20m以降は、遠隔掘削に移行。掘削機を映すメインモニター、位置情報を示す補助モニター、スピーカーの音を頼りに作業を進める
潜函病の救護措置に利用するホスピタルロック

近隣住民に不安を抱かせない

本工事は住民との協議で着工までにおよそ16年の歳月が費やされたという。現場が住民の生活空間にあまりに近く、反対や不安の声が根強かったからだ。所長の甘サはそういった背景を鑑み、近隣への配慮を徹底している。

例えば、生コン車など工事車両の走行は、時速15kmとし、時間帯や搬入・搬出口などで四つのルートを使い分ける。地域の負担を分散させる工夫だ。走行時の振動計測も住民を招いて行った。

さらに、小学校の全校集会でも工事車両の危険を注意喚起するなどこまやかな対応を見せる。心の距離感の近さが現場周辺の居心地よさに現れていた。

現場見学会では高所作業車やクレーン操作を子どもたちが体験

(取材2013年11月)

工事概要

名称千住関屋ポンプ所建設工事
場所東京都足立区千住関屋町
発注東京都下水道局
設計東京都下水道局
概要雨水ポンプ所、ニューマチックケーソン2函構築工、掘削工
西側ケーソン:平面形状53.9m×48.5m、全体構築高53.8m
東側ケーソン:平面形状39.8m×57.5m、全体構築高50.1m
工期2010年2月~2016年3月
施工大林組、大本組

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