プロジェクト最前線

八幡製鐵所の歴史を紡ぎ後世へ

新日鐵住金八幡製鐵所旧本事務所耐震補強工事

2014. 05. 22

東日本大震災から3年が経過した2014年3月、北九州八幡の地で、煉瓦造の歴史的建造物を耐震補強する工事が竣工を迎えた。それは、発注者の原点を守り、伝えていくための仕事。100%煉瓦造という特殊な分野での耐震工事だった。

日本の重工業を支えた由緒ある建物

ここは福岡県北九州市の新日鐵住金八幡製鐵所。東京ドーム210個分の広大な敷地には、鉄鉱石から銑鉄を取り出すための高炉のほか、製造工場などのさまざまな建屋が所狭しと立ち並ぶ。その一角に、ひときわ異彩を放ち佇む建物がある。八幡製鐵所の旧本事務所だ。

官営の製鐵所として生産活動を開始する2年前の1899(明治32)年に竣工。構造は煉瓦造で2階建て、大きさは桁行(建物の幅)約33m、梁間(建物の奥行き)約16m、軒高10.38m、延床面積は1,023m2に及ぶ。

屋根中央部にある鉄板平葺(ひらぶ)きのドーム、正面にある車寄せのアーチ、花こう岩を使用した外壁の直線的なラインや装飾が、近代モダニズム建築の造形を強く印象付ける。

部屋数は24室あり、長官室や技監室、外国人助手室や主計室など中枢部門が入居していたそうだ。1世紀を超えて日本の重工業化の発展を見届けてきたこの建物は、2013年9月、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の一施設として政府から世界文化遺産への推薦を受けている。

一部の壁はボードにしっくい調の塗装を施して簡易復旧まで手がけた
部屋の名前を記した木製のプレート

内壁は鉄板、床下は鉄骨フレーム、外壁は鉄筋で補強

「外観を変えずに、また、室内スペースも大きく損なうことなく一定の耐震性を確保したい」。新日鐵住金八幡製鐵所のプロジェクト担当者蓑星(みのほし)裕治主幹は、コストとのバランスを重視しながら、最適な方法を追い求めたと話す。その結果採用されたのが、内壁は鉄板、床下は鉄骨フレームで補強し、外壁には鉄筋を挿入するという工法だった。

内壁は煉瓦壁を覆うしっくいを除去した後、アンカーを打って鉄板をボルトで緊結。煉瓦壁と鉄板の隙間にグラウトと呼ばれるモルタル系の充てん材を注入して密着させる。ここでは厚さ4.5mm~9.0mmの鉄板を約1200枚も投入し、廊下や間仕切りの壁を両側から挟み込んだ。

各部屋の床下の周囲には鉄骨フレームを架設し、その内側にブレースを入れて強固な骨組みを構築した。一方、外壁の補強では、頂上部にかかる屋根を取り外して、そこから専用のドリルを使って直径7cm程度の穴を地下20cmの深さまで掘り、鉄筋を挿入する。その後、グラウトを流し込んで穴を埋める。このように目に触れない箇所に鋼材を使った補強を施し、耐震性を確保していった。

外壁に約1m間隔で並ぶ鉄筋の通り道
外壁の削孔はレーダー探知機で中心部を確認しながら進めた
薄い鉄板でスペースを損なうことなく壁を補強

ベテラン所長と若手建築職員で挑んだ未知なる世界

「すべてが手探りの工事でした」。所長の三沢は今回の施工をそう振り返った。開けてみなければ分からない天井やしっくい壁の裏側。形や状態を確認してから実測、設計、その後、鋼材の調達と進めざるを得ないので、どうしても施工に着手するまでのロスは大きくなる。迫りくる工期という壁とも戦いながら、一歩ずつ精度の高い仕事を果たしていかなければならない難しさがここにはあった。

着任当初、所長の三沢が施工のポイントになるとみていたのは煉瓦壁と鉄板の付着性だった。凹凸のある壁面に対して、鉄板を確実に固定して、空隙なくグラウトを密着させなければ所定の耐震強度が確保できない。アンカーの径の大きさ、埋め込みの深さ、必要本数、グラウトの充てん性を引っ張り・せん断試験によって探り、強度の裏付けを取りながら施工を進めていった。

グラウトには大林組が開発したフレッシュ性状の安定化が容易な「クリエイトグラウト」を使用。技術研究所の協力のもと、作業員に対して一から配合調整の指導も行った。

新築現場しか経験のなかった主任の迫にとって、作業効率を上げるのが難しい今回の施工は課題の連続だった。約950本にも及ぶ鉄骨の揚重はウインチを使っての作業となり、一本を取り付けるのに1時間はかかる。天井高を左右する鉄骨梁の納まり位置が既存天井・床の撤去後に決定される状況も重なり、それは工程管理の負担が大きい工種だった。

「これまでの経験則をいったん切り捨てる必要がありました。作業員の数、作業日数を定める歩がかりなどは、とにかくやりながら体で覚える日々でした」と語る主任の迫。一つひとつが新築現場と異なる状況の中、体当たりで臨んでいった。若手建築職員にとってそれは、経験値というかけ替えのないものを与えてくれた意義深い施工だった。

煉瓦壁と鉄板の間にはグラウトを注入して付着性を高める

経験は伝えてこそ意味がある

所長の三沢は提唱する。「歴史的建造物の保存工事は、お客様のさまざまなこだわりや思いが色濃く出る分野です。経験した設計、施工面の課題と解決方法をきっちりと記録に残し、貴重な財産として伝えていくことが大事だと思います」。

九州の地で懸命に取り組んだ保存工事が、大林組にとって新たな歴史の1ページを刻む価値ある施工となった。さらなる挑戦が、またここから始まっていく。

私たちの原点を守り、伝えていくために

新日鐵住金株式会社 設備部
土建技術・スラグ管理室 主幹 蓑星裕治さん

もともと地震が少ないといわれている場所で、あえて耐震補強に乗り出したのは、私たちの原点を大切に保存し、後世にしっかりと伝えていきたいと考えたからです。

今回、その重要な役目を大林組に委ねました。私たちの目的と施工方針をしっかりと理解したうえで、残すべきところは残し、必要なところには積極的に手を加えるといっためりはりの利いた補強を設計施工で実現していただきました。安全を最優先に、無事故無災害を達成した点も高く評価しております。

(取材2014年3月)

写真提供、協力:新日鐵住金株式会社八幡製鐵所
新日鐵住金八幡製鐵所旧本事務所は、非公開施設で立ち入ることはできません

工事概要

名称新日鐵住金八幡製鐵所旧本事務所耐震補強工事
場所福岡県北九州市戸畑区飛幡町 八幡製鐵所八幡構内
発注新日鐵住金
設計大林組
概要煉瓦造、2F、小屋組、木造床、延1,023m2
工期2013年3月~2014年3月
施工大林組

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