プロジェクト最前線

ヒロシマの平和への思いを未来につなぐ

広島平和記念資料館本館免震改修その他工事

2019. 06. 17

戦後の建築物として初めて国の重要文化財に指定された広島平和記念資料館本館(以下、本館)。被爆者の遺品や被爆の惨状を撮影した写真、資料を展示するとともに広島の歴史を紹介する施設だ。広島市の平和記念公園内にあり、両隣の東館、広島国際会議場とは空中回廊でつながっている。本館の新築工事、過去2回の大規模改修工事に携わってきた大林組は、現在、新たに免震化に伴う改修工事を行っている。

建築家・丹下健三氏が設計し、大林組施工で1955年に完成した本館。経年による老朽化が進み、広島市では建物の保存・管理が問題となっていた。また、本館と東館の被爆関連資料や広島の平和への取り組みを紹介する展示の全面的更新を、1994年以降実施しておらず、高齢化が進む被爆者の体験をどのように継承していくかも課題となっていた。こうしたことから広島市では、本館の耐震化や重要文化財としての保存整備、展示の全面的な更新を行うことにした。

大林組が2016年から着手しているこの工事には、考慮すべき点が二つある。一つは本館が重要文化財であること。もう一つは、免震レトロフィットで施工することだ。免震レトロフィットとは、上部の建物に耐震部材を加えることなく、建物と地盤との間に免震装置を挟み込むことで建物の揺れを小さくする工法だ。歴史的、文化的価値が高い建物の耐震補強を、外観や内装を変えずに行うことができる。

完成当時の本館
1955年の完成時の本館(写真右)。鉄筋コンクリート造、高さ16.8m、東西約82m、南北約18mの横長の建物
地下に設置する免震装置
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今回の本館改修工事で地下に設置する免震装置(3種類、計28基)の配置図

重要文化財指定時の姿を残す

重要文化財の建物の改修は、国から指定を受けた時の形状をそのまま保たなければならない。例えば、ピロティの天井の特殊な仕上げについては、本館が指定を受けた2006年7月の姿を維持するため、1990年の大規模改修工事に携わった協力会社の経験者が若手作業員の指導に当たっている。

外観はもちろん、内観や建物内部の基礎、梁といった普段目に触れることのない部分も原則変更することができない。構造上の安全に問題がある場合などは現状変更が可能だが、事前に文化庁への変更申請が必要であり、受付は年3回で時期も決められている。変更許可が下りるまでは工事を中断することになるため、工程管理を徹底しなければならない。

何より重要文化財の改修工事では、指定された当時のコンクリートの状態などを細かく調査・記録して報告することが重要だ。今回の工事では、大林組が過去に行った重要文化財などの工事記録が大いに役立っている。

「着工当初はとにかく手探り状態でした」と所長 佐々木は振り返る。制約が多く、検討や調整に時間を要するこの現場では、発注者の広島市や監督官庁の文化庁、設計者、協力会社と相談を密にしながら工事を着実に進めている。

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現在では用いられない小石などが混ざった新築当時のコンクリート躯体。重要文化財としてこの状態を維持しなければならない
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表面が木目調になる本館独自の疑似打ち放し調仕上げでピロティの天井を施工

免震レトロフィットに挑む

既存の建物の下に新たな免震装置を設置する免震レトロフィット。最も重要なのは、地下躯体工事における安全確保だ。本館は地下に杭のない直接基礎で、しかも砂地盤に建設されていた。そこで、既存基礎の周囲に鋼管杭を打設し、杭で建物を仮受けしてから基礎下を掘削するという、より安全性を確保した方法で施工した。

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本館を囲むように山留め(写真左)し、既存躯体(写真右)の基礎レベルまで掘削。先に打設した鋼管杭(円柱)が姿を現す

免震レトロフィットの施工ステップ
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    【ステップ1】
    山留めした後、建物の荷重を一時的に受ける鋼管杭(緑)などを打設

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    【ステップ2】
    鋼管杭の上部に、荷重移行のためのサポートジャッキを設置。その後、既存躯体を補強する

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    【ステップ3】
    油圧ジャッキを用いてサポートジャッキの高さを調整。建物を鋼管杭で仮受けする。建物の下を掘削し、耐圧版を構築する

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    【ステップ4】
    免震装置を設置。油圧ジャッキを用いて建物の荷重を鋼管杭から免震装置へ移行させる

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    【ステップ5】
    サポートジャッキを撤去し、鋼管杭を切断。建物の周囲に伸縮可能なエキスパンションジョイントを設置

総重量8,500tとなる本館建物。地盤にかかっているこの建物の荷重を、仮受け鋼管杭、免震装置へと移行させていく。施工手順はこうだ。

まず、建物の崩壊を防ぐため、掘削前に既存躯体の下に長さ約25mの仮受け用の鋼管杭を打設する

次に地盤にかかっている躯体の荷重を杭に置き換えるため、サポートジャッキを杭の上部に設置。既存躯体の基礎を補強する。工事中の地震を考慮し、建物は水平拘束スラブで固定する

その後、油圧ジャッキで建物を1~2mmジャッキアップしてサポートジャッキの高さを調整。鋼管杭で建物の荷重を仮受けする。こうして安全を確保した後、免震装置を設置する空間をつくるため既存躯体の下部をさらに掘削。建物の新たな基礎となる耐圧版を構築し、免震装置を設置する。

いよいよ建物の荷重を鋼管杭から免震装置へ移す。油圧ジャッキで今度はジャッキダウンし、免震装置に既存躯体を載せる。こうして建物と地盤の間に免震装置を挟み込むことで、地震の揺れが免震装置に吸収され、建物へ伝わりにくくなるのだ

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杭上部に設置したジャッキ。油圧ジャッキを加圧して建物を持ち上げ、サポートジャッキの高さを調整する
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建物を鋼管杭で仮受けした後、基礎下の掘削を行った
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新たな基礎となる厚さ1.6mの耐圧版の上に免震装置の土台・装置(写真中央)を設置する

工事をスムーズに行うために、免震レトロフィットなどの特殊工法を扱う専門の部署と共に何度も事前検証を実施した。「山留め後の掘削から既存躯体の基礎補強完了までが建物の一番不安定な時期であり、計算上は大丈夫だと分かっていても大きな地震が起こらないことを祈っていました」と所長の佐々木は語る。

公園利用者への配慮

毎年、広島市では平和記念公園がメーン会場となる大きなイベントが3回開催される。1月の「天皇盃全国都道府県対抗男子駅伝競走大会」、5月の「ひろしまフラワーフェスティバル」、8月の「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(以下、平和記念式典)だ。中でもひろしまフラワーフェスティバルは、3日間の期間中に約160万人が来場する。

イベント時の事故を未然に防ぐため、来場者の動線の確保や催事関係者の要望に配慮し、仮囲いの高さや設置範囲を変更している。高さは当初計画の3mを2mに下げ、範囲はイベント開催時に工事の施工性を妨げない程度に縮小した。通路幅が広くなり、来場者はもちろん、車両の安全な通行が可能となった。

さらに、平和記念式典時に必要となる多くの大規模テントの設営時には、工事エリア内を架設業者の搬出入ルートとして使用できるよう工程を調整。日々の作業でも、騒音や振動、粉じん対策を実施し、第三者災害の防止に努めている。

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大規模テントが設営された平和記念式典の会場

ヒロシマを伝える建物を後世に

既存躯体の地下全面掘削から耐圧版の構築、免震装置の設置へと、社員や協力会社の奮闘により工程は順調に進む。「初めて経験することが多い現場ですが、『力を合わせ、明るく、誠実に』をモットーに、大林組に頼んで良かったと言ってもらえるよう、一丸となって完成をめざします」。所長の佐々木が最後に思いを語る。

単に建物改修だけではない、ヒロシマが発信し続ける恒久平和への思いを未来につなぐために、工事はいよいよラストスパートに入る。

(取材2019年1月)

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工事概要

名称 広島平和記念資料館本館免震改修その他工事
場所 広島市
発注 広島市
設計 文化財建造物保存技術協会
概要 RC造、免震レトロフィット、3F、延1,614m²、内装・外装全面改修、東渡り廊下拡幅
工期 2016年12月~2019年10月
施工 大林組

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