プロジェクト最前線

地下鉄駅の真上に世界一美しい芸術作品をつくる

(仮称)名古屋造形大学移転新築工事

2022. 01. 07

愛知県の美術・芸術系大学である名古屋造形大学は、2022年春にキャンパスを小牧市から名古屋市に移転する。建設地の直下に地下鉄の駅があるというさまざまな制約がある場所で、大林組は新キャンパスの建設工事を進めている。

名城公園駅をまたぐ4本の脚

名古屋造形大学の移転先は、学生が落ち着いて学ぶのに最適な環境となる公園に近接し、かつ名古屋経済圏の中心地だ。名古屋造形大学は、移転を契機に「都市美」を芸術活動の新たな中心理念に据え、地域社会の人々の生活を快適にし、美しい環境をつくることに積極的に関わり貢献する人材の育成をめざす。

理念実現のため、大学改革の一環として建設される新キャンパス。設計は建築家である山本理顕学長が実施した。芸術系の大学にふさわしい美しさを確保し、学生と地域住民がつながるための開放された「空間」を大切にした建物が計画された。

しかし、建設地は、直下に名古屋市営地下鉄の名城公園駅があることで、杭が打てない。また、地上部分に荷重制限が課せられるなど制約のある敷地となっている。このため新キャンパスは、4本の脚が地下鉄の駅をまたぎ、1辺104mの巨大な盤を支える特徴ある建物として計画された。さらにこの脚は内と外をつなぐため、格子状の壁を採用することになった。

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完成予想図
敷地の荷重制限状況図
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建物断面イメージ。山本理顕学長は「世界一美しい芸術作品を創りたい」と着工時に宣言

経験のない「格子壁」に挑む

構造体としての格子壁

通常、地震に対する建物の水平力は耐震壁に負担させ、格子壁のような装飾壁には負担させない。ところが、4本脚の内側空間は、それぞれアリーナや図書館、ギャラリー、事務・ホールなどの施設になり、人目に付く所には耐震壁を使用しないという意匠設計上の制約があったため、本工事の耐震壁の配置では必要な水平力の75%しか負担できなかった。

そこで、1ピースが幅2m、高さ11.5m、最大重量9.4tの複合穴あきPC版の格子壁合計300ピースに、残り25%の水平力を負担させる構造設計が行われた。 施工に当たり、実際に力を加えた時、計算上の挙動と一致するか、どのくらいの力でどのようなひび割れが発生するか、どこまで耐力があるのかといった確認をするため、実物大の試験体を製作して大林組技術研究所で試験を実施した。

その結果、地震力を受けた際の格子壁の応力や損傷状況などから、設計者の解析数値と乖離がなく、想定よりも良い結果が得られ、設計図通りに施工が可能であると確認できた。副所長の相原は「実験までが一番不安でした。結果次第では現場が止まってしまう。製品納期から逆算して、2020年8月の実験で良い結果が得られたので安心しました」と話す。

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内側空間を囲むように配置された格子壁
技術研究所で行われた実物大格子壁の耐震実験。鉛直方向に2台、水平方向に1台のアクチュエーターを使用

美しく見える格子壁の形へのこだわり

格子壁は構造面だけでなく、完成時に最も美しく見える形状が求められた。工場製作前に検討が必要となったのが、格子の穴を形成する型枠のテーパー(勾配)角度の決定だった。

テーパーは厚さ200mmに対して10%の角度、20mmが一般的である。しかし、当初の設計では角度0mmの垂直。これではコンクリートを流し込んだ後、鋼製型枠を抜くことができない。労力をかけて何とか抜いたとしても、きれいな仕上がりにならない。「穴の外側を内側より広くすれば、脱型は容易で、通常の20mm設定ならばPC工場も経験があります。意匠設計者が意図する美しさと施工の実現性を両立させるために、試行錯誤を重ねました」と副所長の相原は言う。

角度を0mm、10mm、15mm、20mmのパターンでモックアップを製作し、実物大の形状を設計者に確認してもらい、最終的に15mmに決定。製品製作に着手することができた。

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格子壁のモックアップ(実物大)
試行錯誤の結果、格子壁の穴を形成する型枠の勾配角度(断面)は15mmに決定

格子壁300ピースを連結

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全部で約6,300ヵ所になる格子壁の現場ジョイント部分。打設前には連結箇所から突出している鋼板と鉄筋を溶接

構造、意匠の検証の次に必要になったのが、格子壁300ピースの連結で、現場ジョイント部分約6,300ヵ所の施工をどう行うかだった。

1ピースの高さが11.5mある格子壁には、格子が23段あり、連結の際には各段の継手部に少量のコンクリートを打設する。しかし、コンクリートを打設するために、ポンプ車の圧送では効率が悪く、バケツリレーでも大変な手間と時間がかかることが想定された。

そこで、構造設計者に、コンクリートは鋼板を保護するものなので所定の強度を満足するモルタル打設への変更を提案し、採用された。モルタルであれば、左官工事で使用するモルタルポンプの利用が可能となり、大幅に業務改善ができる。

連結された格子壁は、ひび割れが発生しないよう、保管方法だけでなく専用治具の製作、吊り方、建て方などで多くの工夫、改善を行っている。協力会社も加わり、皆で考え実施した事前検証や業務改善により、本施工着手以降、順調に工事が進んでいる。

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狭い作業スペースで行う格子壁の連結作業の効率は、モルタルポンプの使用で大幅に改善
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納品された格子壁の建て方は、ひびが入らないよう慎重に行わなければならない。バランスを保つため揚重の際には3点吊りを行った

1辺104mの巨大なトラス構造

建物のもう一つの特徴は、4本の脚で支えられる巨大な1フロア(盤)にある。通常の2階建て分の高さ8mとなる巨大な盤はトラス構造で構成されている。地下鉄駅をまたいだ柱のない部分をカバーして空間を造るために採用された。しかし、盤は最終的に非常に重くなる。そこで設計者はトラス構造の鉄骨を可能な限り軽量化するとともに、意匠的に細く、美しく見せるため、梁と柱の間に100mm角の鉄の塊のブレースを斜材として導入した。

施工では、斜め方向の力を最大限発揮させるため、仕口部分で厚みを増し、梁と柱を貫通するようにブレースを溶接しなければならないが、このような100mm角の溶接は通常の現場では経験が少なく、難度も高いため溶接できる者が限られた。これを受けて現場では、格子壁の検証と同様、半年をかけて溶接工の確保、養成を行い、現在工事を進めている。

工場で製作されたトラス鉄骨の柱と梁の仕口部
高さ8mの巨大な盤を構成するトラス構造のブレース。細く美しく見せるために工夫した
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地下鉄の通気口に荷重をかけないよう、鉄骨トラスを受けるベント(仮受け支保工)をプレガーダー橋の上に組み立てる

強さと美しさのポイント「ブレース」

柱を設けられないために採用した鉄骨トラス。意匠に配慮し、細く美しく見せる仕掛けがブレースだ。ただし、100mm角超えの無垢の鉄を溶接したことのある溶接工の確保が問題だった。ブレースは600N/mm²級と国内建築では最高級の固さで、それゆえもろく溶接の難度が高い。東京スカイツリー®クラスの鉄骨溶接作業の経験者は限られるため、全国から集められたトップクラスの溶接工、しかも事前の技量付加試験に合格した者だけが入場している。

現場一丸となって創り出す芸術

業務改善への取り組み

現場では社員の自主性に任せ、ICT、BIM、3次元点群データの活用を導入するなど、積極的な業務改善に取り組んでいる。働き方改革では、4週6閉所の完全実施、土曜出勤の代休100%取得から、現在は一歩進めて班ごとに勤務時間をスライドさせる「スライド勤務」の導入へつなげている。中でも目覚ましい活躍を見せるのが6人の女性社員で結成した、けんせつ小町工事チーム「造る系★金しゃち娘。」だ。次々とアイデアを出し、社員だけでなく協力会社も含めて現場の全員を巻き込み、改善を進めている。

竣工まであと一歩、工事は最終仕上げへと進んでいる。全員で、後世に残る芸術作品、魂を込めた世界一美しい建物の完成をめざす。

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    2020.05.24

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    2021.02.20

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    2021.08.26

(取材2021年7月)

工事概要

名称 (仮称)名古屋造形大学移転新築工事
場所 名古屋市
発注 同朋学園
設計 山本理顕設計工場(構造・設備:ARUP)
概要 RC造、S造、PCa造、B1、4F、延20,953m²
工期 2020年5月~2022年1月
施工 大林組

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