タイ・バンコクの中心部で、大林グループのタイ大林が取り組む自社開発プロジェクト「O-NES TOWER」の建設が進んでいる。用地を取得し、タイでは初となる工法を導入して建設する複合施設は、タイの建設・不動産業界から注目を集めている。
タイ大林は、1964年に大林組のバンコク出張所を前身として1974年に設立され、以来、タイに進出する日系企業の工場建設を中心に事業を発展させてきた。1982年にはバンコク銀行本店ビル、2006年にはタイ王宮内のチャクリ王宮ホール、さらに2020年にはマンション、ホテル、商業施設といった9棟の大型プロジェクトLangsuan Villageを建設するなど、多くの実績を築いてきた。
用地取得に5年
「O-NES TOWER PROJECT」は、バンコクのクローントゥーイ区で約7,000m²の用地を取得し、オフィス、商業施設から成る複合施設を建設する開発プロジェクトだ。完成後には大林グループが単独所有する最大の賃貸物件となる。
タイ大林がこのプロジェクトを行うのは、新規事業への取り組みとして不動産開発事業参入の検討を重ねていたこと、また、現在本社を置くナンタワンビル(1991年竣工)の借地契約期限が2022年に到来することが理由だ。タイ大林では、社長(現在は副会長)のソンポン・チンタウォンワニッチ主導のもと、2012年から本格的に体制を整え、不動産開発事業を推進してきた。
まずは用地取得に関する情報収集や不動産業界へのアピールから始め、現地企業との合同プロジェクトへの参画に向けた交渉や数々の土地入札への参加など、具体的な案件への取り組みを進めた。
O-NES TOWERの用地取得となったのは、不動産開発事業への参画から約5年後の2017年12月。借地契約期限を考慮すると、タイ大林本社の移転まで厳しいスケジュールだった。
タイ初となる3つの技術を導入
地震に強い建物を造る
2019年3月に工事がスタート。環境影響評価などの手続きを経て、ウェルネスの観点からさまざまなサービスを提供するビルマネジメントシステムを備えた、最先端の超高層複合施設をめざした。また、タイで2021年9月施行の新たな耐震基準を先行して導入するため、タイでは初となる工法を採用することになった。
その一つが、耐震性や耐火性を高める柱部材で、円・角型の鋼管の中にコンクリートを充てんするCFT(コンクリート充てん鋼管構造)柱だ。日本レベルの品質を確保するには、必要な材料や機材をすべて準備しなければならなかった。柱に充てんするコンクリートは、現地の材料を用いて何度も試験を行い、適切な調合割合を導き出した。
タイで初めての施工となるため、柱のモックアップを製作し、コンクリート圧入の試験施工を繰り返し⾏うことにより、CFT柱の施工を確実に完成させることができた。
2つ目が、建物正面の1階から7階にかけたV字形の鉄骨柱「Vコラム」の組み立てだ。溶接を含め、その難度は高かった。通常、鉄骨柱を構築していく際は、柱と柱のジョイント部に治具を取り付け、鉄骨の傾きやねじれを防止し、レベルを調整しながら固定する。しかし本工事では鉄骨柱を斜めに組み立てていくため、治具に加え、Vコラム全体を支持する高さ10mの仮設鉄骨固定フレームを追加。トータルステーションを用いた3次元計測システムも活用し、組み立ての精度や溶接作業環境の安全性を向上させることができた。
3つ目は、ビルの顔となる外装材を躯体に設置する方法だ。
O-NES TOWER は建物の1階から最上部までの外装に石材を使用する。石材をプレキャストコンクリートに固定する際、モルタルなどを用いた従来の湿式工法では、建物の揺れや経年劣化などにより石材が落下するリスクがある。そこで現場のスタッフは、タイ国内の材料で石材の固定方法の検討、研究を行い、プレキャストコンクリートに石材を埋め込みパネル化した外装材の製作に成功した。
そして、プレキャストコンクリートパネルやガラスカーテンウォールを躯体へ設置するには、可動式ジョイントで固定する方法を採用。地震や台風による外力に対して十分な耐力を持ち、建物の上下階に変位差が生じても、脱落、破損することなく追従するようにした。
いずれもタイ初の試みとなるため、一から知識やノウハウを学び、施工しなければならない。現場のスタッフは、タイ大林に出向中であった大林組社員から生産設計業務の支援を受けた。鉄骨工事では、タイの鉄骨製作会社の作図技術とタイ大林のBIM技術を活用することで、3Dによる鉄骨の配置・詳細の検討や管理ができるようになり、作業の効率化につながった。
外装工事については、仕組みの詳細や材料、工場製造方法を明示してもらい、タイ版施工マニュアルの作成にも助言をもらった。現場のスタッフは、学んだことを基に協力会社を適切に指導し、順調に工事を進めた。
学んだことを次に活かす
現場は、日本の支援担当者がコロナ禍で渡航困難となってからも、オンライン会議を継続し、綿密に連携を取り続けた。「O-NES TOWERをタイ大林のフラッグシップとして今後の営業に活かすとともに、今回の経験を他の物件にも応用していきます」と、現場を率いる所長 アピシット・ロジャナプラディットは語る。
学んだことを確実に実行していく現場のスタッフについて、大林組からタイ大林に出向中の副所長 水上賢治は「新技術に果敢にチャレンジし、それを自分の身に付け、次の世代につなげている。『人のタイ大林』を肌で感じます」と話した。
タイでは珍しい深さ20mの掘削
タイの高層ビルの駐車場は地上階が一般的だが、多くの車利用者が予想されるO-NES TOWERでは、賃貸面積を確保するため地上階のタワーパーキングに加えて地下にも駐車場を構築する。
地下駐車場の設置に必要な深さ20mの掘削は、同国では珍しく、地盤が粘土層のバンコクでは、不適切な工法を用いると周辺地盤の沈下を招く恐れがあり、注意深く監視しなければならない。さらに、近隣への配慮のため夜間や日曜日の工事が制限される中、工程遵守のため、限られた作業エリアに効率的な工事車両などのアクセスルートを計画して実施。最初の難関を乗り切った。
2週間の閉鎖のみで工事再開
希望者全員にワクチンを接種
現場には、タイ大林のスタッフだけでなく、タイの設計者やコンサルタント、デベロッパー、さらに大学の技術系学部関係者なども見学に訪れる。「タイ大林はマーケットリーダーとして、率先して日本の技術をタイに導入しています。新たなノウハウを習得することで、我われ自身の価値が高まることを実感しています」と副所長のジャクラ・ポーンプラシットは話す。
リーディングカンパニーとしての姿勢は、新型コロナウイルス感染症への対応でも発揮された。
2021年4月、タイでコロナ感染症の第3波が拡大し始めた頃、現場では徹底的な感染防止策を講じながら作業を継続していたが、5月のPCR検査で感染者が発生した。タイ大林の宿舎では、3,000人以上の作業員が共同生活を送る。タイの建設作業員の約70%がミャンマーやカンボジア、ラオスなど近隣諸国からの外国人労働者であり、タイ政府のワクチン接種プログラムの対象外で国の支援が期待できなかった。また6月末には、政府からバンコクの建設現場に対して1ヵ月間の閉鎖命令も発出された。
タイ大林では、現場のスタッフや外国人労働者を含む作業員の希望者全員にワクチンを接種。現場の防疫措置対策と1回目のワクチン接種状況が評価され、2週間の閉鎖期間をもって、政府からバンコクで最も早く工事再開の許可を得た。工程の遅れを最小限に抑え、安全性や高い品質を確保するため、労働力を調整しながら工事を継続した。
人材育成への注力
タイ大林は人材育成にも注力している。「トレーニングセンターなどの教育制度や施設が整っていることで、スタッフは継続的に新たな知見を得ることができ、同時に、会社全体も成長できていると感じます」と生産設計マネジャーのはハサウィー・イエンピブンは話す。
約20年前、大林組で研修を受けた所長のアピシットは、正しい施工計画を作成して工期を遵守すること、そして何よりチームワークを大切にすることを学び、このプロジェクトでも貫いている。大現場を指揮する所長の素顔は謙虚そのもの。「O-NES TOWERの工事は、関係者の協力なくしては、順調に遂行することはできませんでした」と感謝の言葉を述べる。
O-NES TOWERの「O-NES」には、タイ大林の信条(正直=HONESTY)と、大林組の基本理念(リーディングカンパニーであること=No.1/ONE)、大林グループが提供する新たな空間=Obayashi New Environmental Spaceという思いが込められている。
タイ大林の新たな一歩となるO-NES TOWER PROJECT。3月に予定されているグランドオープンが待たれる。
(取材2021年11月)
工事概要
名称 | O-NES TOWER PROJECT |
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場所 | タイ・バンコク |
発注 | タイ大林 |
設計 | タイ大林、タイ大林デザイン |
概要 | S造一部RC造、B5、29F、PH2F、延8万5,000m² |
工期 | 2019年3月~2022年2月 |
施工 | タイ大林 |