東京都江東区の海上公園・辰巳の森海浜公園にある東京アクアティクスセンターは、国際基準のプールを3つ有する施設です。2021年に開催された東京2020大会において、約1万5,000席の観客席を有する水泳競技会場として利用されました。その後、席数を3分の1に減らすなどの改修工事を経て、現在は国内外のトップレベルの大会から市民利用まで幅広く利用できる「水泳の聖地」として利用されています。
「最高の競技環境」「最高の観覧環境」を目指した東京アクアティクスセンターの設計や、施工効率を上げるために挑戦した大屋根の建設方法をご紹介します。


東京2020大会から国内大会規模へ、そしてまた将来の国際大会を見据えた計画
東京2020大会開催時には約1万5,000 席の客席を設け、多くの観客を収容して盛り上がりを見せた東京アクアティクスセンター。計画当初から、大会終了後には国内の通常大会に必要な約5,000 席に改修(※1)する前提で設計しました。
- ※1 東京2020大会時は多くの観客来場を見込み、仮設席と合わせて計画。大会後は実用面や維持管理面を考慮し、日常的な利用や国内大会開催時に適した水泳場の規模である約5,000席とした
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2020年の竣工時には仮設席含めて15,000席を有する -
仮設席を撤去して生まれたスペースは、選手の待機スペースなどとして有効活用
改修時に撤去された仮設観客席約10,000席は、再利用されています。改修後のスタンド上部は、通常の国内大会では選手待機エリアとして利用できる計画としています。
また、国際基準に適合したこの競技用プールは、利用者層に応じて最適な使い方ができるよう、水深や水路の長さが調整可能な仕様になっています。
最新の技術と知見を結集し、最高の競技環境・観戦環境を実現
国内外トップレベル大会に出場するアスリートが最高のパフォーマンスを発揮でき、観客は興奮し、放送を通して世界中が熱狂する――そのような環境を実現するため、照明・音響計画に知力を尽くしました。
アスリートのパフォーマンスを世界に届ける照明計画
照明のエイミング(照射する向き)をシミュレーションし、照明器具を分散配置したことで、どの部分を切り取っても国際放送の高い基準に対応できる十分な明るさを確保しました。トップアスリートが集中力を阻害されずに最高のパフォーマンスを発揮できる、まぶしさを抑制した照明計画となっています。

「迫力」と「明瞭さ」を両立する競技音響計画
競技運営で重要なアナウンスや音楽をアスリートと観客に確実に届けるためには、明瞭な音環境が重要です。
天井や壁などに吸音性能の高い仕上げ材を選定したことで、アリーナ内の残響時間(音が鳴った後にその音が消えるまでの時間)を、国際水泳連盟が定める基準である3秒以内に収めました。さらに、優れた性能のスピーカーの選定と配置、照明と同様にエイミングシミュレーションを行うことで、高い明瞭度を確保した音響環境を実現しました。

安全性・デザイン性・合理性を兼ね備えた構造計画
アスリートと観客が一体となる無柱の大空間と施設を守る大屋根

メインアリーナを覆う大屋根は、4隅のメガ柱(約5m×5m)のみで支持し、無柱の大空間を実現しています。メガ柱の上部で大屋根を免震化し、地震時には下部構造に対して大屋根がマスダンパー(制振装置)として機能することで、施設全体の安全性を向上させました。


大屋根には競技用の照明や音響設備などのさまざまな吊り物が設置されていますが、免震化によって横方向の揺れを低減し、オイルダンパーが風や地震による上下方向の揺れを抑制することで、吊り物の安全性を高めています。
観客席スタンドを支持しつつ、外装に奥行きと繊細さを与える外周の斜め柱

観客席スタンドを支える外周の斜め柱は、周辺景観への圧迫感の低減を図るため、幅の細い被覆コンクリート鉄骨柱を採用しました。外周柱は、大屋根を支える機能を外すことで、繊細な外装表現を可能にしました。

多湿空間における耐久性と上部歩行者の歩行振動に配慮したサブプール屋根架構

サブアリーナ屋根上部の歩行振動に配慮し、鉄骨造ではなく剛性の大きなコンクリート梁を採用しました。また、プールならではの湿気や塩素に対する耐久性、上部のメンテナンス性に配慮し、内装材や塗装仕上げがなく、構造体を見せる設計としています。


建設時の作業環境を確保した大屋根リフトアップ工法

メインアリーナの大屋根は、地上部で組み立てた後、4 本のメガ柱の上から油圧ジャッキで吊り上げて所定の高さに据え付ける「リフトアップ工法」で施工しました。
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リフトアップ後に自重でたわむことを計算して上に反った形とし、地上で安全に組み立て -
リフトアップする途中で大型映像装置を設置し、装置ごとリフトアップする -
約25mリフトアップした後、免震装置を設置して定着させる
大屋根設置時には4 本のメガ柱上の免震積層ゴムに均等に荷重をかける繊細な施工が求められました。
屋根架構のたわみによって生じる傾きを設置時に調整・解消できるよう、屋根と免震積層ゴムとの接続部は「球座」型を採用し、慎重に計測・監視しながら施工しました。

省エネルギー・創エネルギー技術を採用し、環境に配慮した水泳場
屋内水泳場は、多くの観客とアスリートが集まる競技大会時と観客のいない一般利用時とで熱負荷の差が大きく、なおかつ、一年を通してプール加温・床暖房・給湯などの加熱要求があり、特に暖房を使用する冬季は熱負荷が大きい施設です。
東京アクアティクスセンターでは、地中熱や太陽熱、CGS (ガスコージェネレーションシステム:発電時に発生する排熱を活用し、エネルギーを有効利用するシステム)排熱といった再生可能エネルギーや未利用エネルギーを積極的に活用し、電気やガスと組み合わせたシステムを採用することで、合理的にエネルギーを利用できる計画としました。

観客席は、冷房・暖房の切り替えに合わせて2階・3階の吹き出しと吸い込みを切り替える、合理的な床吹き出し空調を採用しました。
一方プールサイドは、均一な気流とするため、壁から吹き出してプール際の排水側溝から還気を吸い込む方式を採用しています。プールの水に含まれる塩素を排水する側溝から効率的に回収することで、アスリートファーストに配慮するとともに、金属部の腐食を抑制する計画です。
世界中に日本らしさを発信する「和」のモチーフを展開
東京2020大会をはじめとする国際大会において日本らしさを世界に発信するため、外観やメインアリーナ天井、エントランスなどの各所には、「和」を意識したデザインモチーフを採用しました。





