プロジェクト最前線

明治期の姿によみがえる官営八幡製鐵所旧本事務所

官営八幡製鐵所旧本事務所内装整備建築工事

2020. 03. 02

2014年3月に耐震補強を終えた旧本事務所。現在は建物内部を竣工当時の姿に戻すための工事が進む

2015年7月に世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」(全23資産)の構成資産として、修繕工場、旧鍛冶工場、遠賀川水源地ポンプ室の3施設と共に登録された官営八幡製鐵所旧本事務所。2013年度に耐震補強工事を行った大林組は、今再び、旧本事務所の内装を竣工当時の姿に復原・整備する工事を進めている。

日本の鉄鋼業発展の象徴

福岡県北部の筑豊炭田に近く、洞海湾に面する立地が銑鉄(せんてつ)製造の燃料となる石炭の調達や製品の輸送に便利であったなどの理由から、官営八幡製鐵所は、明治政府によって現在の北九州市八幡東区に設立された。1901(明治34)年に操業を開始して以降、わが国の鉄鋼業発展の中心的役割を担ってきた、日本初の本格的な銑鋼一貫製鉄所(※1)だ。

官営八幡製鐵所の旧本事務所は、高炉などの生産設備より早く、今から約120年前の1899(明治32)年に竣工している。建物は中央にドームを載せた左右対称の2階建てで、国産の赤レンガと白御影石のコントラストが印象的だ。建物は強度を増すために、レンガを段ごとに互い違いに積み上げる「イギリス積み」や1階窓部・基礎などを「アーチ構造」で施工。屋根の構造は洋小屋組みだが、瓦は和瓦を採用するという和洋折衷の特徴を持っている。

現場では、世界遺産となった旧本事務所の内装を竣工当時の姿に復原・整備し、その価値にふさわしい姿を取り戻すことで、後世に受け継ぐ人類共通の宝物を守るという期待を背負い工事を行っている。

  • ※1 銑鋼一貫製鉄所
    鉄鉱石から取り出した鉄を精錬して鋼鉄を作り、これをもとに鋼板、軌条(レール)などの最終製品を作り出す製鉄所
1899(明治32)年の竣工写真(提供:日本製鉄 八幡製鉄所)
2階製図室(1920(大正9)年撮影)(提供:日本製鉄 八幡製鉄所)

耐震補強を活かしつつ内部を再現

着工前の1階廊下。壁、天井は2014年に耐震補強されたままになっていた

今工事では「外観・壁・既存の耐震補強部材は現状維持とする」「内部は残存する古図面、古写真および現物を根拠に原状復原し、納まりが不明な箇所は同時代の建物事例を参考にする」「施設の維持と活用に備えた機能性対策を反映する」を基本方針としている。そのため、仕上げ工事前の構造的な補強工事や部材・色の決定、耐震補強鉄板壁としっくい仕上げ壁との取り合い、熟練しっくい職人の確保、原状復原と機能性のデザイン調和など課題が山積みだった。

さらに工事を進めるには、発注者をはじめ文化財の有識者や専門家、国・地方自治体など多くの関係者と協議を行い、ICOMOS(※2)の審査を経てユネスコの承認を得るなど十分に時間をかけた検討が必要であった。

これらの課題を解決する工夫として、1階東側半分を1期工事として先行施工し、それ以外の部分を2期工事として範囲を分割することで、1期工事での検討・工事の重点化、1期工事で得られるノウハウの蓄積と2期工事への応用など多くの課題を解決することができた。

  • ※2 ICOMOS
    国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites)の略称。国際的なNGOで、ユネスコの諮問機関の一つ

当時の写真や塗装片を元に調査・分析

現在2期工事は順調に進んでいる。しかし建物内部の耐震補強工事により、内装の仕上げは撤去された状態だったため「納まりや部材、色の決定に参考となるものが少なかった」と所長の月野木は語る。

特に調査に当たっては、発注者から提供された幾つかの竣工当時の白黒写真を拡大し、外観や内部の細部を確認して部屋の位置を特定し、装飾やデザインなどの調査、カラー処理された写真からの色合い調査などを実施。加えて、現物で検証するため現存する床、巾木(はばき)、壁、天井、建具、照明器具といった内装の各部位から塗装片などを試料として採取、あるいは発注者が保管していた部材を借用し、詳細な調査・分析を徹底。仕様を決定した。

自動カラー処理された竣工写真(提供:日本製鉄 八幡製鉄所)

木部の調査

1899年竣工から今日までの120年の間、建具、巾木、窓台などには下地となる木の上に時代に応じた塗料が何度も塗り重ねられ、層をなしている。そこで、建物内5ヵ所から木片を採取し、塗装部分(試料の断面)の構成をデジタルマイクロスコープにより観察した。窓台においては、木材の直上にある最も古い塗装は黄白色だった。これは油性塗膜の変色によるもので、元々は白地だったと判断された。窓台の塗装は20層で構成されていた。

塗装が幾重にも重なる木部の断面イメージ
  • project60_19_3.jpg

    木片採取箇所(窓台)

  • 切断後の木部(表面)。復原前は赤茶色に塗られていた

  • デジタルマイクロスコープで観察した窓台木部の断面。竣工当時の塗装は最下層「1」

鉄板の上にしっくい壁を仕上げる

今回見せ場となる壁のしっくい仕上げは、工場生産のボードを取り付けるだけの乾式ではなく、左官職人が現地で塗り上げる本格的な湿式が発注者の希望だった。そこでまずはしっくい工事の熟練職人を集め、十分な養生日数の確保と鉄板上でのしっくい仕上げの方法を検討した。

既存の補強鉄板に定着ボルトを取り付けた後、ラス網を貼り、モルタルを塗って下地を作る
 

例えば内壁のしっくい工事は、作業を担当する熟練職人らの意見も踏まえて、補強鉄板に定着ボルトを200mmピッチで取り付け、ラス網(モルタルのはく落を防ぐ金網)を貼りモルタルで下地を作り、しっくい仕上げを行うことにした。これには、空気層を設けて壁・床・天井仕上げと縁を切ることで、振動の伝達と結露の浸透防止を図るとともに、しっくいのひび割れ防止、さらに断熱の効果もある。

外壁からの漏水対策では、外側はレンガ目地の補修、内側は防水モルタルを塗り付けた上に断熱を兼ねたウレタンを吹き付けて水の浸入を防ぐ納まりとした。窓は内開きで隙間が多かったため、格子ごとに分かれていたガラスを大判の一枚ガラスに変更。パッキンゴム、水切りなど内部のしっくい仕上げを守る止水対策を工夫した。

また床と小屋組みには木材が多く使用されており、世界遺産を火災から守るため火気を使用しない工法が求められた。鉄板への2万4,000本もの定着用ボルトの施工では、穿孔(せんこう)機で穴を開けてネジ切り後にボルトを取り付ける繊細な作業や、既存耐震鉄骨のかさ上げでH形鋼の切り離しに電動鉄ノコを使用するなど、火の粉が出ないよう火災防止対策にも工夫を凝らした。

内壁側のしっくい工事

ICTを活用し点群データを図面化

壁は鉄板、天井は水平フレームで耐震補強しているため、窓の高さ保持のため天井をかさ上げ 

2階会議室は、官営八幡製鐵所での重要な決定が行われる場として他の部屋とは異なる装飾が施された特別な部屋という位置付け。建設当初への復原が強く望まれ、天井の高さを確保するために、施工済みの耐震鉄骨のかさ上げが必要となった。しかし、現状の小屋組み図がなかったため、点群データ(※3)を活用して図面化。天井との隙間に新設の耐震鉄骨を納め、点検歩廊とダクト配管が干渉しないように検証し、施工している。

測量で収集した点群データは、プレゼンテーション用のBIM動画にも活用。発注者や行政関係者から分かりやすいと好評を得られるなど、現場では積極的にICTを導入している。

  • ※3 点群データ
    建物の外観、内部などを3Dレーザースキャナーによって計測した無数の3D座標点
既存小屋組みと点検歩廊、配管の設置状況

50年、100年後を思う

木部の試料調査により、窓枠は白色に塗装した  

「世界遺産は人類共通の宝物です。今回の内装復原工事に携わる者として後世に恥ずかしくないしっかりとした仕事をし、美しさが長く保たれるよう仕上げたい」と所長 月野木は工事への熱い思いを語る。

現場では、発注者、文化財有識者や専門家、行政機関などの多岐にわたる要望に最大限応え、2020年の完成に向けて工事を進めている。

(取材2019年9月)

1期工事完了後の1階廊下

協力:日本製鉄八幡製鉄所
官営八幡製鐵所旧本事務所内部は、非公開施設で立ち入ることはできません(外観は眺望スペースから見学可能)

工事概要

名称 官営八幡製鐵所旧本事務所内装整備建築工事
場所 福岡県北九州市八幡東区
発注 日本製鉄
設計 大林組
概要 レンガ造、2F、延998m²
工期 1期 2018年5月1日~2019年7月31日
2期 2018年5月1日~2020年9月30日(予定)
施工 大林組

ページトップへ