大林組とバングラデシュの関わりは、1977年に完成したシタラキヤ橋建設工事にさかのぼる。そして現在、大林組は同国で、輸送ネットワークの効率化を図るための鉄道橋新設工事を進めている。暴れ川であるジャムナ川と対峙しながら、日本でも数例しかない特殊な基礎構造を有する鉄道専用の橋脚建設に挑戦している。
輸送ネットワークの強化
鉄道専用橋を新設
バングラデシュでは近隣諸国を含めた経済成長に伴い、鉄道コンテナ輸送が急増し、さらなる効率化への期待が高まっている。しかし、同国の鉄道網は、総延長2,877㎞のほとんどが1947年以前のイギリス統治時代に整備されたもので、設備の老朽化が著しく、新設または更新が必要になっていた。
バングラデシュ中央部を東西に流れるジャムナ川には、現在、鉄道・道路併用橋のジャムナ多目的橋(以下、既設橋)が架けられているが、鉄道部が単線で、さらに速度制限が設定されているため輸送が滞り、物流のボトルネックとなっている。本工事は、既存橋に並行して鉄道専用橋を新設することで輸送をスムーズにし、同国と近隣諸国との輸送ネットワークを効率化する一大プロジェクト。2工区に分割発注され、大林組は東側工区を担当する。
2020年1月から着工準備を進めたが、新型コロナウイルスの感染拡大により、複数の都市や地域がロックダウンされ、同年8月の着工となった。日本人が再入国できた10月末までの約3ヵ月間は、バングラデシュ国籍のJVスタッフ(以下、ナショナルタッフ)に現場立ち上げを任せ、遠隔管理する体制が続いた。大林組は以前、同国で担当したプロジェクト(※1)を通じて、ナショナルスタッフや協力会社と信頼関係を築いており、工程の遅れを回避できたのは彼らの力によるところが大きい。
- ※1 カチプール・メグナ・グムティ第2橋建設工事および既存橋改修事業
巨大橋脚の構築
毎年洪水が発生する暴れ川
ジャムナ川は施工場所の川幅が4.8km、雨季と乾季の水位差が約8mある、バングラデシュの三大河川の一つ。毎年、雨季に氾濫を起こし、この流域は1年当たりの河床変動が最大で±10m程度になる。河川が荒れれば工事の際、作業用台船がガスパイプラインや送電線の通る既設橋に接触して損傷させ、周辺住民の生活に大きな影響を及ぼす。天候に十分注意を払い、水位、流速、河床高を毎日計測して台船作業の可否判断を行うなど工夫を重ねた。
さらに、ジャムナ川は、現場付近のデータで平均流水量が世界5位の2万m³/秒。利根川の254m³/秒と比べ桁違いに大きい流水により、河床洗堀が大きい。そのため、難度の高い橋梁基礎構造が採用されている。杭長約80m、高耐力継手仕様の鋼管矢板を用いた井筒基礎構造は、日本国内でも数例しかなく、大林組では初めての施工となる。
激流の中、約80mの杭を真っすぐに打つ
【橋梁基礎工事の施工ステップ(断面)】
厳しい施工条件のもと、工事を計画通りに進めるには、基礎本体部の鋼管矢板の杭打ち精度が鍵になることを、当初から所長の川崎は想定していた。ポイントは、杭打設時の鉛直性の確保だ。トランシットと呼ばれる測量機器を杭にセットし、上から下まで傾きを確認しながら打設した。
杭長79.2mの杭を真っすぐに打設するのは容易ではないため、まず外周の杭24本を継手で結合させて円形をつくる。そして、中に杭を十字形に配置して外周に結合させた。鉛直性が保てないと、杭を貫入できず、結果的にドライアップがうまくできなくなる。現場を任された副所長の冨永は「3基目の橋脚までは試行錯誤の連続でした。問題点を洗い出し、打設順序を工夫することで、4基目以降は順調に進めることができました」と語る。全部で27基施工する。
鋼管矢板の打設は2022年8月17日、予定通り完了した。現在は下部工橋脚躯体とともに上部トラス桁の架設作業が進められている。
橋梁躯体工事の安全対策
躯体の鉄筋にはD51(主筋:太さ5.1㎝)、D25(帯筋:太さ2.5㎝)の太径鉄筋が採用されている。特にD51の採用は同国ではほぼ初めてで、1m当たり約16㎏の重量がある太径鉄筋の扱いに現地の作業員は慣れておらず、組み立てに相当な苦戦と事故発生が予見された。高所での作業を減らすため、帯鉄筋を地組みし、一括して複数段挿入組立が可能なNOPキャリイ工法を採用。この作業を現場で技術指導するために、日本から技術者が派遣された。
また、高さ20mを超える橋脚部工事用足場を、完全にシステム化した。鉄筋型枠コンクリート打設作業中の安全性、施工性を考慮した当現場仕様の専用足場を製作して、人や物の落下を防ぐ安全設備を徹底的に追求し、無事故作業を続けている。
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台船上で先組みした複数段の鉄筋をクレーンで吊り、設置済みの鉄筋に預け直す
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鋼管矢板上に当現場仕様の専用足場を設置するなど安全対策を徹底
アジアでの組織力を築く
ナショナルスタッフへの技術の伝承
今回のプロジェクトは、低利で長期返済の条件で開発資金を貸し付け、開発途上国の発展を支援する、日本の円借款ODA工事として行われる。技術移転は主目的ではないが「日本の技術は、協力会社を通して現地作業員や現場管理のナショナルスタッフに伝承しています。大林組が特に伝えるべきは組織力です」と川崎は言う。安全・品質管理や会計処理、文書管理など組織の管理方法を丁寧にナショナルスタッフに教育している。
「開発途上国での仕事は、ナショナルスタッフやグローバルスタッフ、協力会社との強い結び付きによってできる、その国で足場となる組織力が必要」と川崎は語る。大林組のアジアにおける重要拠点であるシンガポールや台湾では、既にそのような組織の強さがあり、バングラデシュでもまたそういう強さを築いていきたいと考えている。
海外プロジェクトだからこその醍醐味もある。それは工事のスケール感だ。「スケールの大きい工事をやりたいなら海外です。仮に本工事と同規模だと、日本では10工区程度に分割発注されます。国内では経験できないやりがいがあります」と冨永は胸を張る。
大林組の信用を積み重ねる
前プロジェクトの成功がメディアで連日取り上げられたことで、バングラデシュの建設業界で、大林組を知らない人はない。今回の発注者からも初対面で、「大林組なら大丈夫」と言われたという。新型コロナウイルス感染症拡大の中、本工事が計画どおり順調に進んでいることで、さらに発注者からの信頼が寄せられている。
川崎は「無事に完工し、さらに信用を積み重ね、次も大林組に任せたいと思ってもらうことが大事です。JVスタッフや協力会社にも、大林組と一緒にやりたいと思ってもらいたい。それが次のプロジェクト獲得につながると思っています。この工事を絶対に成功させます」と熱い思いを語った。
(取材2022年9月)
工事概要
名称 | バンガバンドゥ シェイク ムジブ鉄道橋建設事業東工区パッケージWD1工事 (通称:ジャムナ鉄道橋建設工事) |
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場所 | バングラデシュ人民共和国 |
発注 | バングラデシュ人民共和国鉄道省 |
設計 | オリエンタルコンサルタンツグローバル、長大、Development Design Consultant |
概要 |
下部工総延長6.4㎞、上部工総延長2.6㎞ 河川部 鋼管矢板井筒基礎:27基、鋼トラス橋 アプローチ部 盛土工:14万m³、RC/PC橋:25.8m その他 軌道、既存駅改修、既存河川堤防補強、事務所・宿舎工事 |
工期 | 2020年8月~2024年8月 |
施工 | 大林組、東亜建設工業、JFEエンジニアリング |