津波を知り、備える
命と暮らしを守るためにできること
津波は、世界各地で度々発生し甚大な被害をもたらします。大規模な地震が頻発する日本において、安全・安心な社会の構築には、地震による津波に対する備えが不可欠です。大林組では津波に粘り強く抵抗する防波堤などのハード面の技術から 、津波減災に役立つシミュレーションなどのソフト面の技術まで、街づくりに合わせて提案します。
津波とは
■津波はなぜ起こるのか
広い範囲の海底の地形が、瞬間的に大きく変化すると、一帯の海水全体が追随して動き、海面の変動となり、四方八方に大規模な津波となって伝わっていきます。典型的なものの一つに、プレート境界型地震に伴って生じる津波があり、次のようなメカニズムで生じます。
- 海のプレートと陸のプレート(※1)の境界では絶えず力が働いており、エネルギーを蓄積しています。
- エネルギーが限界に達するとプレートの端が跳ね返り、地震が発生します。
- 地震発生による海底の上下方向の動きから、海水も上下して津波となります。
プレートの境界で発生する地震に限らず、そのほかの地震(※2)、爆発的な火山噴火、海底地すべりなどにより海底が急激にずれた場合にも津波は起こります。
■津波の接近
震源で発生した津波は、太平洋などの深い所ではジェット機並みの速度(時速700~800km程度)で陸地に近づいてきます。外洋の津波は1~2mにも満たない波高で、波長が10~100kmもある扁平な波のため、通常のうねりに紛れて明瞭ではありません。その速度は水深が浅くなるにつれて遅くなります。深さ100~200mの近海で自動車並み(時速100km程度)のスピードです。
さらに、沿岸部に近づくと速度は低下します。その一方で、波としての性質のため、波高が増します。加えて、沿岸部(海中・陸上に依らない)の地形の特徴によっては、波の屈折・反射・干渉等の作用により,波が集中し局所的に波高が大きくなることがあるため、注意が必要です。
日本周辺で津波が発生した場合は、震源からの距離が近く、津波が襲来するまでの時間が非常に短いため、地震発生後、迅速に高台など安全な場所に避難する必要があります。
巨大津波
■南海トラフ巨大地震による津波
2012年、内閣府は、南海トラフ(※3)で将来起こりうる最大クラスの巨大地震を想定し、それに伴い発生する津波の高さ(※4)を発表しました。11ケースの津波想定の検討結果、その高さは最大で34mになるとされ、東日本大震災を上回る被害が予測されています。
■日本で発生した大津波
津波に関する最古の文献記録は、日本書紀にある西暦684年の白鳳地震による大津波で,その震源は南海トラフと考えられています。それ以前から、繰り返し巨大な津波に襲われてきたことが各地の堆積物により明らかになっています。明治以降だけでも、日本中で大きな津波を伴う地震が発生しています(※5)。
■チリ地震による大津波
また1960年のチリ津波で、地球の裏側のチリで起きた地震によって発生した津波が日本の広い範囲に襲来し、大きな被害をもたらしました。このように、地震の揺れは感じなくても津波が襲ってくることもあります。 チリで発生した津波は、太平洋をジェット機並みのスピードで横断し15時間後にハワイ諸島へ達し、22~23時間後に日本へ到達しています。日本では北海道、三陸地方、志摩半島、沖縄など、広い範囲で甚大な被害を受けました。
ハードで備える
■防波堤と防潮堤
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海の波を防ぐ構造物として防波堤と防潮堤があります。よく似ていますが以下のような違いがあります。
防波堤:海の中にあり外洋からの波(風波、津波)に対して港の内側を波立たせないための堤防
防潮堤:陸上にあり、高潮、高波、津波などの浸入を防ぐための堤防
東日本大震災において、防波堤や防潮堤の多くは津波の浸入を完全に食い止めることはできませんでした。しかし、浸水範囲(※4)の縮減と避難時間の確保から被害の低減に効果があったことが検証されています。
防波堤の効果を計算によりシミュレーションし比較しました。動画でご覧ください。
防波堤があることで浸水範囲が明らかに小さくなり、津波の被害を低減させることが分かります。浸水範囲を減らすことで、被害範囲が減り、避難する距離も短くなります。同時に浸水までの時間を稼いでいます。※シミュレーションは特定の条件を仮定して行っています。
沖側の水位が防波堤や防潮堤の高さに達するまでの数分間は、避難時間を延ばす意味でとても貴重です。巨大津波を完全に食い止めることは難しいとしても、防波堤や防潮堤を整備していくことは大切です。
ソフトで備える
「津波てんでんこ」という言葉があります。これは三陸地方に昔から伝わるもので「地震があったらおのおのが(てんでんに)とにかく高台へ逃げろ」という意味で、津波に対する心構えを示したものです。津波はとにかく避難することが重要です。
■津波避難計画
津波避難計画とは、高台・津波避難ビルなどの避難する目標地点(※6)、方法、経路、高齢者など要援護者の支援方法について、あらかじめ計画しておくことです。計画通り実践できるように日頃から訓練を行う必要があります。
津波の到来と津波からの避難についてシミュレーションを行いました。避難する人(青い丸)は、津波避難計画に基づいた避難訓練などにより避難ビルまでの最短経路をたどります。避難する人が避難ビルに到達する様子を動画でご覧ください。
津波は、地震発生後約9分で海岸線に到達しますが、防潮堤が陸上への遡上(そじょう)までの時間を3分ほど稼いでいます。防潮堤などの整備とともに、避難訓練の有効性を示しています。※シミュレーションは特定の条件を仮定して行っています。
災害を小さくするためには、防波堤や防潮堤などハード面での整備だけでなく、津波を予測し、避難計画を立てて繰り返し訓練するなど事前の備えも大切なことが分かります。
大林組の取り組み
大林組は、津波に抵抗するハード技術から津波減災に役立つソフト技術まで、幅広い技術を通じ、津波被害の低減に向けた様々な取り組みを行っています。
■異常時にだけ浮上する「直立浮上式防波堤」
湾や港の防波堤には船の出入り口(航路)が設けられ、そこから津波が浸入することで被害が大きくなります。そこで、平常時は船の航行が自由にでき、津波・高波が襲来したときだけ海底から鋼管が浮上する可動式防波堤を開発しました。
海底に設置された下部鋼管と、その内側に挿入された上部鋼管との二重構造になっています。津波・高波のときには、陸上の送気設備から送気管を通して上部鋼管内部に空気が送り込まれます。浮力により海面に上がった上部鋼管が防波堤を形成します。
■水理模型実験による防波堤の性能確認
水理模型実験により、実際のスケールにすると約7.5m相当の津波を発生させ、そのときの防波堤の性能を確認しました。
※直立浮上式防波堤は、大林組、三菱重工鉄構エンジニアリング、東亜建設工業、新日鉄住金エンジニアリングの民間4社と、(独)港湾空港技術研究所で共同開発したものです。
■あらかじめ挙動を予測する「津波シミュレーション」
津波の対策を講じる際には、津波の挙動を計算によって予測する津波シミュレーションが効果を発揮します。防波堤や防潮堤の位置や規模の検討をはじめ、津波避難ビルの設計や津波避難計画などに活用できます。 津波の源となる波源域(※8)の位置とその波源域の海底が、どれだけどのように動くかを決めれば、おおむね「どこ(津波の浸水範囲)」が「いつ(津波の到達時間)」、「どれだけの高さ(※4)」まで浸水するかが計算で分かります。
■避難計画を支援する「津波避難シミュレーション」
マルチエージェントモデル(※7)を用いて、津波避難の開始から避難完了までの避難性状を予測します。津波避難ビルや津波避難タワー(※6)などの施設のレイアウト、収容人数などの計画や避難経路の整備計画に活かせます。
■アンケートで簡易診断「津波リスク評価システム」
簡単なアンケートから、海岸沿いに立つ工場などの津波に対する弱点が分かるシステムです。 建物を対象に、海岸からの距離、構造、避難施設の有無、施設の防水対策などに関するアンケートを行うことで診断できます。 診断結果として、7項目(建築被害、人的被害、生産設備被害、資産の喪失、営業停止、機能低下、外部への影響)に対する影響度を、レーダーチャートで出力します。
自然災害に強い街へ
津波の発生を避けることはできません。しかし、津波が襲来してもその勢いを抑える仕組みや、避難しやすい街づくり、迷わず避難できる知恵と心構えがあれば、尊い命と暮らしを守ることができます。
大林組は、これからも地震や津波などの自然災害による被害や影響を、最小限に抑える防災、減災の技術や予測技術の開発に努め、安全で安心して暮らせる街づくりに貢献できるよう取り組んでまいります。
※1 海のプレートと陸のプレート
地球の表面は、十数枚に分かれた厚さ数十kmの岩石で覆われています。それぞれの岩石層のことをプレートと呼びます。プレートはそれぞれ絶えず異なる方向に動いており、その結果プレート間で圧縮力や引っ張り力が生じています。プレートには、密度の違いにより重いプレートと軽いプレートがあります。2つがぶつかると、重いプレートは沈み込み、軽いプレートは浮き上がります。その結果生じたものが陸と海です。重いプレートを海のプレート(海洋プレート)、軽いプレートを陸のプレート(大陸プレート)と呼びます。プレートが移動しているという学説はプレートテクトニクスと呼ばれます。プレートテクトニクスは、1912年にドイツの気象学者アルフレート・ヴェーゲナーが提唱したものですが、当時はほとんど信用されませんでした。着目されだしたのは、1950年代、ヴェーゲナーの没後20年以上経ってからでした。プレートテクトニクスは、現在ではあらゆる方面から科学的に証明されています。
※2 地震発生のメカニズム
地震発生のメカニズムは、大きく分けて以下の4つに分類されます。
(1)ブレート境界型地震
ブレートとブレートの境界で発生する地震です。ブレート同士で押し合ったり擦れ違ったりすることにより発生します。東日本大震災はこのタイプです。
(2)断層型地震
ブレート同士が押し合う力が内陸部まで及び、内陸部にある断層(ブレートの傷)が震源となる地震です。阪神大震災はこのタイプです。
(3)海洋ブレート内地震
ブレート同士が押し合う力が海のブレート内部に及んで発生する地震です。1933年の昭和三陸地震はこのタイプで、津波を伴う場合も多くあります。
(4)火山性地震
火山の活動に伴って発生する地震です。桜島、三宅島などで多く発生しています。
※3 南海トラフ
駿河湾から紀伊半島沖、四国の南を通って日向灘に延びる水深4,000m級の「トラフ(海底の溝)」です。トラフとは細長い底地で水深が6,000mより浅いものを呼びます。また、「トラフ軸」とは満の中で一番深い所を連ねた線を指します。一方、水深6,000mを超える海底の溝は「海溝」と呼びます。例えば、関東地方から東北地方の沖の太平洋にある海溝は「日本海」と呼ばれ、この日本海溝に沿って東日本大震災の震源がありました。このように世界中のトラフや海溝では大きな地震がしばしば起きています
※4 津波の高さ、浸水深、浸水範囲
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津波用語の定義はあいまいなところが多くあります。 「津波高」というと、「津波の高さ」、「痕跡高」、「遡上(そじょう)高」を包含するため、非常に分かりにくいのが現状です。工学分野(設計)では気象庁の定義にない「津波高さ」という言葉が用いられています。このようなことからさまざまなメディアにおいても用語が混同されているケースは少なくありません
※5 明治以降に日本に襲来した大きな津波
発生年 | 名称(地震名称) | 被害を受けた地方 |
1896年 | 明治三陸津波(明治三陸地震) | 東北地方太平洋側 |
1923年 | 関東大震災(関東地震) | 関東地方・東海地方 |
1933年 | 昭和三陸津波(昭和三陸地震) | 東北地方太平洋側・北海道太平洋側 |
1944年 | 昭和東南海地震 | 東海地方・中部地方・近畿地方 |
1946年 | 昭和南海地震 | 近畿地方・四国地方・中部地方・九州地方 |
1952年 | 十勝沖地震 | 北海道太平洋側 |
1960年 | チリ地震 | 北海道・三陸地方・志摩半島・沖縄 |
1964年 | 新潟地震 | 北陸地方 |
1968年 | 日向灘地震 | 九州地方・四国地方 |
1983年 | 日本海中部地震 | 東北地方日本海側・北陸地方 |
1993年 | 北海道南西沖地震 | 北海道日本海側 |
2011年 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震) | 東北地方太平洋側・関東地方・北海道太平洋側 |
2024年 | 能登半島地震 | 北陸地方 |
※6 津波避難の目標地点、津波避難ビル、津波避難タワー
避難目標地点は、高台、津波避難ビル、津波避難タワーなど、地域によって自治体などが定めています。自宅、職場、学校にある地域の津波避難所を、あらかじめ自治体のウェブサイトや広報誌などで調べておくことが大切です。
津波避難ビル:通常は普通のビルとして使われています。津波に耐えられる構造と高さを持っていることから、自治体などから災害時の避難先として指定されているビル
津波避難タワー:津波の避難先とすることを目的に建てられた塔状の構造
※7 マルチエージェントモデル
マルチエージェントモデルとは、複数の「エージェント」と呼ばれる要素を人間などに見立てたモデルです。個々の「エージェント」は、あらかじめ与えられたルール(例えば、火災が発生したら火元から離れる方向に移動するなど)に従って、自分の状況や周りの状況を自主的に判断して、あたかも本当に人が考えて行動しているかのように振る舞います。マルチエージェントモデルは、火災時の避難行動や車の渋滞の様子など、さまざまな人間行動の予測や分析に利用されています。
※8 波源域
海底で地盤が動いたときに、最初に水面が上下する領域